ファントム、見守る7
「――美術部に、入部したの」
その日、セグレトの閉店後。 ユキはカウンター席でマスターの淹れたココアを飲みながら、今日の出来事を報告していた。
「それは素晴らしいことですな。それでどんな活動を?」
マスターの優しい問いに、ユキは今日の出来事を淡々と説明していく。 文化祭のテーマが、『巨匠への挑戦』であること。顧問の三枝先生の所蔵品である『名もなき貴族』という奇妙な絵のこと。そして、自分が佐々木の夜空の絵を模写することにしたこと。
「それでその絵は?」
興味津々な玲奈の質問に、ユキは無言でその絵を見せた。
「……模写した、って言ったよね?」
その絵には正確な等級やミリ単位の位置関係、角度まで示されてあり、絵画の部類ではない。
「彼の空気の淀みなんて模写できないわ。だから私なりにその日の夜空を再現してみたんだけど……、変?」
そう聞き返すユキに、「ぷはっ」と笑いをこらえられず吹き出したのは瀬尾だった。
「いやいや、ユキちゃんらしいね。それをちゃんと受け止められた佐々木くんも、なかなかの人物だよ」
どう解釈しても、これは完全な誉め言葉ではなく、ユキは少しムッとしながらも自分のスマホを瀬尾の前に差し出した。
「ん?」
「これ、どう思う?」
ユキのスマホにあったのは、佐々木が模写すべき作品『名もなき貴族』だった。
「どうって……、普通に古い絵にしか見えないけど?」
そう言いながら、瀬尾は慣れた手つきでユキのスマートフォンから、その画像をパソコンに移動させ大きな画面に表示させた。それから膨大なデータとの照合をしていく。その画面には『照合なし』と表示される。
「とりあえず、有名な絵ではないみたいだねぇ」
「そうなのね……。顧問の先生が佐々木君に模写しなさいって言うくらいだし、今日の帰りも先生にちゃんと預けて帰るくらい大切にしてるから、私には理解できない美術品かと思ったんだけど」
玲奈も横から覗いて、「……芸術はわかんないね」と呟いて、ユキの描いた天体図に視線を戻した。
ユキも瀬尾も、興味をなくしその画像を消そうとしたのを、「待て」と制止したのは灰島だった。
「その画像を、拡大しろ」
「えー? 世界中の絵画データと照合してダメなのに、この絵になんかあるわけ?」
「絵じゃない。額縁だ」
彼の有無を言わさぬ言葉の響きに、瀬尾は面倒そうに画像を操作する。 画面には古びてはいるが、豪華な装飾が施された額縁が大きく写しだされた。
「……まあ、古くて歴史だけはありそうだけど」
「違う。右下隅、傷のような模様を鮮明化しろ」
灰島のあまりにも具体的な指示に、瀬尾はただ事ではない雰囲気を察し、表情を真剣なものへと変えた。 彼は専門の画像解析ソフトを起動させると、灰島の指示した一点を極限まで拡大し、ノイズを除去していく。
画面に映し出されていたただの「傷」が、徐々にその本来の姿を現していく。 それは、複雑な幾何学模様で構成された、一つの「紋章」だった。
「……なんだ、これ……?」
瀬尾の指が、キーボードの上を嵐のように駆け巡る。 彼はその紋章の画像をコピーすると、自らが構築した世界のあらゆるデータベースに、瞬時にアクセスできる検索エンジンにかけた。 数秒の沈黙。 そして、画面に弾き出された検索結果に、その場にいた全員が息を飲んだ。




