ファントム、見守る6
新しく描かれているからなのか? 古いから輪郭がぼやけているのか? ユキの目には佐々木の模写の方が、技術的には巧みに見えた。 だが本物の肖像画は、拙い筆致にもかかわらず、心をざわつかせる何かがあった。その理由は分からない。――けれど、芸術とはそういうものかもしれない。
「……そうね、なんだか目が引き寄せられるというか」
「でしょう? 俺にもその理由が分からないんだけどね、とりあえず、その理由が分かるまで描いてみたいなって」
フフッと笑う佐々木につられて、ユキの頬の筋肉まで緩んでしまう。
「楽しそうね」
「うん、楽しいよ。だから神崎さんもやってみない?」
「……はい?」
笑顔でそう聞き返せば、佐々木も笑顔で「はい」とユキに手渡す。
「これ、入部届ね。名前だけ書いてくれたらいいから」
「ちょっ、待って! 私、絵なんて描いたことっ」
「子供のころ描いたでしょう? 幼稚園や小学校でだって描いてるんだから大丈夫。「楽しんで描ければそれでいいから」
「……」
記憶にないだけで、他の子どもと同じように絵を描いて楽しんだことがあるんだろうか?
彼が差し出しているのは、ただの一枚の紙ではない。 自分とは違う世界への『招待状』のように思えた。
「私、本当に絵なんて描けないから」
「うん、いいよ。道具はそろってるし、問題ないから」
「うまくなんて描けないわよ?」
「上手になんて俺も無理だから気にしないで。でも、描くことが苦痛に感じたら、すぐ辞めればいいだけだよ」
「……分かった」
ユキはあっさりとそう言って、差し出された紙に『神崎ユキ』と名前を書いた。
「ようこそ、美術部へ! さっそく何か書いてみる? あ、道具は俺の使っていいし、そうだ、文化祭に間に合うか分かんないけど、ルノアールとかミュシャとかの模写してみる? 何がいいかなぁ」
彼はそう言いながら、模写の題材となりうる絵を探し始めた。
「私、佐々木くんの絵を模写するわ」
そう言って見たのは、先ほど見せてもらった『夜空』のキャンバス。
「……うん、凄く照れるけどいいよ」
こうして、二人は椅子を並べてキャンバスに向かった。
ユキの鉛筆が、それほど大きくはないキャンバスを流れる。その音に戸惑いは無く、リズミカルなそれに佐々木もひそかに期待しながら、自分の絵に集中していた。
「今日はここまでにしよう、神崎さん、描けたかな?」
「えぇ」と即答する声に、佐々木の期待度も上がる。
「見せてもらっても?」
「勿論よ」とこれまた即答で、ユキはドンと彼の前に自分の作品を見せた。
「……これ? えと、夜空、だよね?」
そう彼が聞き返すのも無理はない。何故ならそれは模写ではなく、完璧な『天体図』だったから。
「あなたが描いた日の夜空を再現してみたの。流星が見えた日なら、この絵から観測値を予想してカシオペア座はここに、北斗七星はここ、それから等級を再現するなら──」
それはまるで天文学のレポートのような説明だった。それでも、佐々木は楽しそうに聞いていた。




