ファントム、見守る4
その後、ユキに話しかける生徒はいなくなった。これでいい、と思いつつも、この状況をマスターや玲奈にどう報告すればいいのだろうか。彼らのことを考えると、これでいいとは言い切れない。
かといって、今から彼女たちの輪に馴染むのは無理だとも感じていた。
「ユキちゃん!」
帰りは玲奈と帰ることにしていたんだった、とその時になってようやく思い出した。
「あ……ごめん、連絡するの忘れてたわ」
「いいのいいの、今日は大変だったでしょう?」
そう言いながら玲奈はあたりを見回す。きっと、新しくできたはずの友達を探しているのだろう。
「……そうでもないわ」
「そっか。まぁ初日だし、ゆっくり慣れるといいよ」
こんな環境に、慣れる日なんて来るのだろうか。かかわいいペンケースも、最新の文具も――誰にも見せることなく、一日が終わった。
「うーん、やっぱ、難しいかなぁ」
そう呟いたのは瀬尾だった。彼はあらかじめ学校の監視カメラに侵入し、教室と食堂にも小型カメラを仕込んでいた。
「いきなり中学生と仲良くしろ、なんて無理だよなぁ。ずっと大人と接してきたんだし」
ユキは子供の時からラボから出たことがない。姿は子供のままで精神だけ大人になったのだ。中学生と同じ目線に、ということすら難しいのは分かっていた。
灰島は、無言でコーヒー豆を挽いていたその手を止める。 彼の眉間に深い皺が刻まれた。
どうするべきなのか? このまま通わせることに意味があるのか? いっそ、彼女の言う通りスキルの生かせるラボにでも行った方が、彼女にとってもいいのではないか?
「……瀬尾くん。そのまま監視を続けてください。ですが決して手は出してはいけませんよ」
マスターの声に、灰島の思考も止められてしまう。
「まぁ言いたいことはわかるけどさ、マスター。これはさすがに彼女が不憫というか……」
今まで、子供らしい子供時代を送っていないのだ。それがいきなり中学生と同級生、というのもきついし、それでも中学生にもなれば相手を値踏みもするし、嫌がることを知っていながら、あえてすることも覚えていく。だからと言って、精神的に大人であるユキが反撃するのは大人げないと考えるだろう。そこまで考えて、瀬尾はそう言ったが、マスターは首を振る。
「ええ。ですが、これは、彼女自身の問題です。我々は、ただ見守ることしかできません。勿論、逃げることを彼女が決めたのなら、それもいい。それを自分で決めるのも成長です。我々はそれを見守ることにしましょう」
マスターにそう言われては、もう何も言えない。
しばらくして、ユキはセグレトに帰ってきたが、「退屈だったわ」という感想を口にしただけだった。




