ファントム、見守る2
きっと、春になれば素晴らしい桜が生徒を見守るのだろう。今は緑の葉をつけた桜並木を歩き、名門私立中学の壮麗な門を二人はくぐった。
真新しい制服に、まだどこか着慣れない様子で緊張気味に歩く少女。 そして、その半歩後ろを濃いグレーの完璧なスーツに身を包み、まるで要人警護のような隙のない動きでついていく男。 あまりにも異質な「親子」の姿に、すれ違う生徒たちが、奇妙なものを見るように振り返っていた。
校長室の重厚な扉をノックする。 中に通されると、そこには柔和な笑みを浮かべた白髪の品の良い老紳士と、少し緊張した面持ちの若い女性教師が立っていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。私が、ここの理事長と校長を兼任しております、青柳と申します」
青柳はそう言うと、まず灰島に深々と頭を下げた。
「音無さんからは、かねがね伺っております。この度はお嬢様のご入学、誠におめでとうございます」
「こちらこそ、娘がお世話になります。保護者の灰島です」
慣れない状況ではあるが、諜報員として過ごしてきた日々は無駄ではなく、灰島は柔和な笑みを浮かべ、軽く頭を下げ挨拶を返した。
「私がユキさんの担任を務めさせていただきます、藤崎です。よろしくお願いいたします」 若い女性教師が、それに続く。
「神崎 ユキです。よろしくお願いします」
ユキもまた、完璧なお辞儀と挨拶をこなす。
青柳校長は、ソファを勧めながら話を続けた。
「事情は伺っております。家庭の事情で、これまであまり学校という場所に通えなかった、と。ご安心ください。本校は生徒一人一人の個性を尊重します。焦らずゆっくりと学校生活に慣れていってください」
「……はい」
「神崎さんは、何か興味のある部活動などはありますか? もしよければ見学からでも」
藤崎先生の親切な問いに、ユキは少しだけ考え込んだ後答えた。
「……いえ。まずは、学業に専念します」
あまりにも大人びた、どこか人間味のない完璧な答えに、藤崎先生は少しだけ戸惑ったような顔を見せた。
「そう……。勉強でも何でも、困ったことがあったら相談してください。私は国語担当ですが、他の教科でも構いません。何でも相談に乗りますので」
「……はい」
実際、勉強に関して問題はない。問題があるとすれば人間関係だが、通わないという選択肢もあるから相談する必要はない。そんなことよりも、と灰島は聞きながら周囲を観察していた。
ここにくるまでの玄関や廊下には監視カメラがあったが、この部屋にはない。恐らく、教室にも監視カメラの設置はないだろう。セキュリティは専門業者にも委託しているらしいが、十分とはいいがたい。
そこまで考えて、頭の中で否定する。そこまで考える必要はもう無いはずだ。
「では、神崎さん。あなたの新しい教室へ案内しますね」
藤崎先生に促され、ユキは立ち上がると、一度だけ不安そうに灰島を振り返った。 灰島は、ただ黙って小さく頷くと、彼女も前を向いて藤崎先生のあとを歩いて行った。
「ご安心ください。きっと彼女も学校生活に慣れるはずです。そのお手伝いもしっかりさせていただきますので」
「……えぇ、よろしくお願いします」
彼女の学校生活など、灰島にとってはどうでもいい案件だ。だが、きっと彼女の人生においてそれは大きな意味を成すのだろう。だから、彼は頭を下げ学校を後にした。




