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ランドグレンの護衛に射殺された橘光一の遺体の処分を引き受けた。と言っても、どん亀に丸投げだ。
その代わり、下の県道に駐車してあった光一の乗用車の移動や、その他諸々の後処理はランドグレンの護衛たちにやらせることにした。
ナンバープレートを外した車を、彼らが都合してきた車両運搬車に乗せて関西に運ばせ、六甲山中に隠させた。無論その際車の中はきれいに拭き取り、指紋その他の痕跡を可能な限り消し去ってある。散弾銃は京都駅のコインロッカーに入れ、使用期限が来て管理会社に回収されるまで放置だ。
ランドグレンにも説明したが、自走して移動させないのは、途中の道路にあるNシステムのカメラに、記録が残るのを避けるためである。
これで橘光一は自分で運転して車が発見される関西へ行き、そこで行方不明になったことになる。少し経ったら、安西と橘夫婦が三角関係で揉めていたという情報を、匿名でマスコミに流してやろう。気の毒だが火遊びをした報いだ。諦めろ。
キャンピングカーを運転してきた日本国籍の男が、大型免許を持っていたのでローダーを運転していった。キャンピングカーも県外に移動させ、護衛は山城智音を残して帰らせた。橘光一を撃った男は既に日本から出ている。トライデント日本支社の調査部には、少し注意が必要な橘優奈と安西所長の動向をトレースして貰っていた。
撤収した護衛の男たちの内、日本に残った五人は何をしているかと言えば、トライデント社内に対する隠蔽工作だ。この護衛たちはランドグレンを『ボス』と呼んでいることでも分かるように、彼の直属の部下たちである。日頃から海外を飛び回るランドグレンのセキュリティを担当しているらしく、彼に対する個人的な忠誠心を持っていた。
今回の事件とその処理についての情報が社内に知られれば、ランドグレンと彼らは当然査問の対象となる。そうなれば企業倫理を建前に、ランドグレンを今の地位から引きずり下ろそうとする人間が必ず出てくるだろう。それは彼の子飼いである彼らにも、絶対阻止するべき展開だった。
家に残ったのがランドグレンと山城智音の二人だけという、予定通りの状況になった。トライデント本社には、俺たちが盗聴された状態での交渉を拒否し、「様子を知りたければ日本に来い」と主張していると伝えて貰う。
その結果ランドグレンは、強気な俺たちから可能な限りの情報を引き出し、契約を取り交わす場合は必ず一度戻って重役たちの合意を取ってからにするという条件で、CEOであるグリーン氏と財務のトップであるCFOから、モニター無しでの交渉をすることの了承を得た。
今日の朝飯は、ベーコンと目玉焼き、トーストと生野菜、コーン・スープに珈琲かオレンジジュースと、いたってシンプルだ。本人は知らないが、この後ランドグレンの人体改造を予定している。
『ハンス』
『何だ、英次?』
『本国でも今回のようなことは度々あるのか?』
『ふむ、大企業の幹部の地位に就くまでには、大なり小なり危ない橋を渡って来るはずだ。そうでないという希少な例を、私は知らない。何しろ、金という物は人を殺すからな。もっとも、本人にその自覚が無いという場合は、間々ある。鼻持ちならない話だが、一見善良そうで、自分自身も清廉潔白で後ろめたいことが無いと信じ込んでいる奴の背後に死屍累々というのが、あの国の上流階級の歴史だし、現実だ』
『人間が作った国だ、どこの国も同じだよ』
『神の国は地上には無い』
『どんな神の国なんだ、そこは?』
『知らんな。それより商売の話をしよう』
『「商売は商売に、神は神に」か、あんたはどっちの僕なんだ、ハンス?』
これから「改造」を施す上で、俺はランドグレンというこの人格の、少なくとも一部を殺すわけだ。自分の運命には気付かず、処刑台の渡り板の上に立っている彼を、俺は哀れむべきなのだろうか? それともこんなことをしようとしている自分の方を、哀れむべきなのだろうか?
『書斎へ行こう、ハンス』
『そこに何があるんです?』
俺が意を決して声を掛けると、ランドグレンの側に控えていた智音が尋ねる。お前は経験済みだろうに。あれ、記憶に無いのか?
『君たちが知りたがっていたものさ』
俺はそう言って、ダイニングから書斎へ入る扉を開けた。二人を連れて中へ入る。
『ふむ、これは興味深いが、我々が知りたがっていたものかね?』
デスクの上のデュアル・ディスプレイに表示されるどん亀証券のチャートを見ながら、ランドグレンが言う。いや違うとも。
俺は念のため窓のカーテンを閉め、ベッド・サイドにあるクローゼットの戸を開けた。
『こっちだ』
まだランドグレンの意識を失わせないのかって? 自分より四十キロ以上重い男を、お姫様抱っこするなんて、俺は嫌だよ! 普通に中に案内する。
ウォークイン・クローゼットの戸を閉めると明かりが点き、床がスライドして地下への階段が姿を現した。
『レディ・ファーストだ』
俺がそう智音に言うと、肩をすくめた彼女は階段を降りる。直ぐに下から、『何もありませんよー』という声。そう言えば智音は、前回別の入り口から入れられたんだった。
螺旋階段への入り口は、クローゼットからの階段が地下一階の天井に収納されるまで開かない。下へ降りる螺旋階段の周りはガラス張りなので、そこからは照明された地下壕の中が俯瞰できた。
『何と、これは! コミック・ヒーローの秘密基地みたいじゃないか! ○ット・モービルはどこかね?』
興奮気味に小走りで、ランドグレンが階段を降りる。
『こっちだ』と、先に進みながら俺は同じ言葉を繰り返した。
『本当にあるのか?』
あるわけ無いけどね。あるのは他の物だ。
『な、何だ! あれは!?』
高いアーチ状の天井にある光源が、空調されひんやりとした空間を照らし出していた。奥の方から、多関節の脚が付いた移動式の台座に載って、大小六本の多関節腕と半球状の頭部を具えたボットが、音も無く近寄ってくる。
『おい、英次! あれはまさか……』
シューッ。俺は隠し持ったチューブから、ランドグレンの顔にガスを吹き付け、失神させた。頭を打たないように、一瞬だけ支える。ドサッ! 音を立てて彼の身体が倒れた。
随分図体のでかい、眠りの森の美女だな。こりゃあ。
So Jesus said, "Well, then, pay to the Emperor what belongs to the Emperor, and pay to God what belongs to God." (Matthew 22:21) これを「遊びは遊び、仕事は仕事」と訳した人がいたそうな。出典は分からんけど、けだし名訳(迷訳?)だと思う。 野乃




