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どん亀がランドグレンを改造し、従属IDを与えた。これで三人目だ。
彼が回復して普通に話せるようになるまで、トライデント本社との間は智音が取り繕う。
『すみません、グリーンさん。彼は今、外でドクター亀甲と話しています。外と言っても家の側ではなく、かなり離れた林の中です。あー、この付近の地形については、グー○ル・アースで調べれば分かります。山陰は電波状態が悪いです。繋がらないかもしれません……はい、戻り次第連絡を入れるよう伝えます』
ランドグレンが外の林の中にいるなんて、真っ赤な嘘だ。現に今、俺の前にひざまずいている。
『マスター、命を掛け忠誠を誓います』
おい、どん亀、これはどうなってんだ?!
「彼ノ成人人格ハ非常ニ強固デ、女タチノヨウニ”ぷれじゃー・ぺいん・しすてむ”ヲ用イテ動機付ケスルノハ困難デシタ。ソコデ、幼少期ヨリ彼ノ人格ノ根幹ニ条件付ケラレタ、信仰ノしすてむヲ利用シマシタ」
はー、要するに大人になってから形成されたランドグレンの人格が頑固で言うことを聞かないから、その内側にある幼児期の人格が持つ信仰心を利用したってことね。そんな、いたいけない子どもを騙すような真似を……心が痛むわ。
それから小一時間かけて俺は、ランドグレンを「説得」し、今までのランドグレンと同じ態度で話すようにさせた。ランドグレンの中の「幼くて純真なランドグレン」に、それを「信仰を悪い心を持つ奴らから守るための演技」と考えさせたのだ。
これは昔から心の中の自由を守るため、多くの信心深い人間たちがとった選択である。マタイ福音書にある「カエサルの物はカエサルに」は、自己の安寧という心理学的な面でも、また現実で生き残るためにも、非常に有効な戦略なのだ。
どん亀と俺との共同作業によるそうした説得で、ランドグレンの表向きの人格は、何とか元のランドグレンに近い状態で安定した。
これからは表向きの人格である「大人のランドグレン」を強化しつつ、それを強固な殻として身を守りながら、内側で「大人ランドグレン」を操縦する「幼いランドグレン」を(どん亀の望む方向に)育てていかねばならない。
「面倒臭い!」と言ったら、どん亀に「人格ハ一日ニシテナラズ、デス」と切り返されてしまった。お前は、ローマかよ!
全ての元凶であるどん亀は今、裏山の地下に作った大空間の中で、ステルス・カーゴなる物を建造中だ。何に使うのかって?
金星の衛星軌道にどん亀が建設した工場の製品を、地球まで輸送するんだ。
前に説明したような気もするが、地球から直接見えないという点では月の裏側でもいいんだけど、十分な原材料が得られないからね。だから金星だ。
月までの距離は三十八万キロ、金星までは一億五千万キロだが、どん亀に言わせると、「月デハ人類ガヤッテ来ル可能性ガアリマス。ソレニ最接近時デアレバ、金星マデ四千二百万きろデス」だってさ。
どん亀にとっては、隣のコンビニに歩いて行くか、駅前の大型店舗まで自転車で買い物に行くかぐらいの違いしかないみたいだ。
この輸送機の大きさは、全長四十二メートル、全幅十八メートル、全高二十メートルだ。裏山の地下にある組み立てスペースに出来上がりつつある機体を見ると、全体が直線と平面で構成されたデザインで、無骨でズングリとした巨大な動物が伏せているような印象を受ける。
垂直離着陸が運用の基本で、離陸可能重量二千四百トン、巡行積載量は一千二百トンだ。離陸時の運用負荷に備えてこいつの基本構造は、十四族元素が蜂の巣格子状に結晶を組んだグラフェン状物質の複合材料でできている。でなければ強力なエンジンを搭載していても、そのパワーに機体の方が耐えられるわけがない。
普通の航空機のことを考えると、一千二百トンなどという搭載量は冗談のように聞こえるだろう。だが、こいつには長さ二十メートル、幅十二メートル、高さ五メートルの貨物スペースが、上下に積み重ねたように二つ取られていて、合計すれば二千四百立方メートルの積載容量がある。前部の航法や防御関係の装置が詰まっている部分と船尾の推進機構を除けば、機体の中はほとんど貨物室だね。
「積載容量ノ半分ダケ水ヲ積メバ、モウ一千二百とんデス」と言うのがどん亀の説明である。
これは、満積載時の航続距離を三十億キロとしての計算だそうだ。
「三十億キロって何でだ?」
「地球カラ土星マデノ平均的ナ往復距離デス。宇宙空間デノ最大速度ハ秒速三千きろデ、コノ速度ナラ、加速時間モ含メ、百八十時間デ土星ニ到達デキマス。タダシ、ソレヲヤルト、コノ機体デハ地球ニ戻ッテコラレマセン」
あー、多分オールト雲の彼方に放逐された何かのお仲間入りをすることになるわけね。
大気圏内での最高速度はマッハ十八,つまり時速二万二千キロほどで、これでいくと二時間以内に地球一周できる計算になる。
「ソンナ無茶ナコトハ、シマセン」
先端部での断熱圧縮などによる高温や衝撃波層が発生する問題は機体の側で解決できるそうだが、周囲へ広がる衝撃波やソニックブームについては対処が難しいのだそうだ。(難しいだけで、できないわけでは無い。現にどん亀はやっている)
要はコストが掛かり過ぎるので、それぐらいなら一度大気圏外に出て移動した方が効率も良いし、早い、というわけだ。そもそも人類に探知されないことが条件のステルス・カーゴなんだし、大規模な環境破壊は避けなくっちゃね。だから性能的にはできても、必要も無いのに極超音速飛行はしないと……単にこんなこともできるんだと、自慢したいだけ?
で、トライデント関係の段取りは、だいたい目途が付いた。これからはこのプロジェクトを通じて、莫大な金銭が入って来るはずだ。それこそ金塊とかコインを、こそこそ隠れて売りさばく場合の何百倍何千倍も。でも多分、どん亀の目的は金銭じゃあ無い。
大人ランドグレンを通じてトライデント社との関係を詰め、金星の工場から運んだカーボン・ナノ素材を世界に流通させる。トライデントは一部の素材を加工して販売するだろうが、ほとんどトンネル会社だ。
他企業の追従を許さない種類と量、それに機能を考えれば低価格である製品の流通を、水源の所でどん亀が押さえることになる。今までの人類にとって鉄が果たして来た役割を、今後を担うであろう素材だ。炭素は非常に豊富で入手しやすい元素である。しかもカーボン・ナノ素材は軽くて強靭なだけではない。種類によって半導体や超伝導物資になるなど多様な機能を発現することから、例えば電気回路を印刷するインクとしても利用することができる。
将来はこの素材の重要性から、独占寡占を問題視されかねない。だからあまり間を置かずに、どん亀製品を他の企業にも供給しなければならない。
安西が今回のトラブルを上手く切り抜けることができたら、あいつに少しは甘い汁を吸わせてやってもいい。まあ、埋め合わせと言ったところだ。
最近のことを振り返ると、どう見ても俺、働き過ぎだ。仕事で生ずる人間関係のストレスが嫌で、辞表を出して田舎に引っ越したはずだ。この半年ぐらい、どんどん俺が俺でなくなっている気がする。
もう、やめだやめだ。俺は突然そう思った。
だが、どん亀は俺が怠けるのを許してくれるだろうか?
何でそんなに水を積むのかって? 高加速を必要とする場合の、反動用質量です。必要無い場合は積みません。
この貨物船は、どん亀にしてみれば即席で組み立てたかなりいい加減な代物です。反慣性・反重力エンジンは補助的なもので、主な推進力はプラズマ状態まで加熱した水の噴射で得ています。
それって蒸気になるのか? 蒸気! スチーム・パンクか!




