↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/227

◆62◆

 のけ反って倒れたのは、橘光一だった。


 走り寄ったが、直ぐにもう手遅れだと分かった。仰向けに倒れた身体の下から、赤い血が地面に漏れ出し、生えた草の間に吸い込まれていく。


 声も出さずしばらく痙攣していた光一は、やがて動かなくなった。唇に触れてみたが、もう息をしていない。


 遮る間も無い抜き撃ちだった。ランドグレンに銃口を向けた光一の胸を、手練の技で撃ち抜いたのは護衛の一人である。その手にはまだ黒い拳銃があり、目は周囲を警戒していた。


 まあ、責めることはできないな。護衛対象の上司が、今にも撃たれると見えた場合、当然の判断だ。


『拙いことになったな、ハンス』


『うむ』


 ランドグレンは冷静だ。撃った護衛の男の方が、蒼い顔をしている。さすがに合衆国《ステイツ》でも、人を撃ち殺すというのは、日常の出来事では無いのだろう。


『ほぼ、即死だ。手の打ちようが無かった』


『そうだな』


 顔をしかめて俺の言葉に同意する。弾丸で人が打ち倒され、死んでゆくのを何度も見てきた眼だ。


『それでだが』


『ん?』


 念のため、少しでもこちらが有利になるよう、追い討ちを掛けておこう。


『あいつの銃には十中八九、弾丸《たま》が込められて無いだろう』


『何だと!』


 ランドグレンと護衛たちの間に緊張が走る。


『あの銃を見ろ。主にクレー射撃に使う、上下二連の散弾銃だ。わかるか?』


『ああ』


『殺すと脅しながら俺に向けた銃を、なかなか撃たないので疑問に思った。さっき撃たれる時も反撃しなかったろう。それで確信した。日本の射撃場では、撃つ直前まで装填しないのが基本ルールになっている』


『暴発を避けるため、合衆国《ステイツ》でも同じだ。散弾銃は危ないからな。つまりこの男は、空の銃を私に向けたと言うことか! おい!』


 ランドグレンに声を掛けられた護衛の一人が、光一の散弾銃を拾い上げ、調べた。


『ボス、装填されてません!』


『クソッ!』


 結果としては、殺さなくてもいい人間を殺してしまったことになる。装填されていなかったとは言え、銃口をランドグレンに向けた橘光一が一番悪いのだ。だが、余計に面倒なことになってしまった。


『英次、この男は何者なんだ? さっきは君に銃を向けていたようだが』


『俺の昔の職場のことは、調べて知っているだろう。Kリケンというその会社の、今は販売部長の役職に就いている、橘光一という男だ。東京でジェニファーと俺が会っているのを見掛け、トライデントと関わっていることを知ったようだ。ホテルから跡を付けてきたらしく、この前の会食の後にも現れた。今回はあなたの情報を俺から引き出そうと、銃で脅してきた。昔の部下だから、脅せば何とかなると思ったんだろう。俺も甘く見られたものだ』


 どこまで本当のことを言っている、という疑いの目でランドグレンは俺をにらんだ。まあ、嘘は言ってないぞ。説明不足の点はあるかもしれないが。おや、今追求するのは諦めたか。


『そうか。ところでさっき英次も言った通り、いろいろと拙いことになっている』


『例えば、銃の問題か?』


『そうだ。日本国内で使用する許可は受けてない』


 使用どころか、持ち込むこと自体が違法だったはずだ。


『その銃で、人間一人射殺したということになると?』


『今後の取引に差し支えが出る』


『なるほど』


 合衆国から持ち込み所持していた拳銃で、トライデントの人間が日本の会社員を射殺した。これが公になれば、とんでもないスキャンダルだ。正当防衛を主張しても、マスコミは容赦しないだろう。弾が装填されていなかったことを声高に言い立て、橘光一は自業自得の馬鹿者ではなく、悲劇の主人公に祭り上げられるのが目に見えるようだった。


『私の社内での立場も悪くなるから、君のためにも良くない』


 ほー、そう来たか。


『で、どうしたい?』


『さっきの銃声を聞いた人間はどの位いると思う?』


『我々以外なら、鈴佳と山城さんかな。だが、ここから家まで四・五百メーターはある。あの二人だって、気付いていない可能性は強い。あとは遠過ぎて、聞こえるはずが無いな』


『では、この男は我々と出会わなかったのだ』


『なるほど……ハンス』


『何だ?』


『これは貸しだぞ』


『分かった』


『では、屍体の後始末はこちらでやろう』


『できるのか?』


『ああ、亀甲博士にたのんで跡形も残らないよう、処理して貰う。直ぐに来てもらうから、屍体《それ》は動かさなくていい』


『むむむ、なるほど』


 ランドグレンの表情が強張った。あえて火中の栗を拾おうとする俺が、対価に何を求めるのかと考えているのだろう。


 俺は犬たちを呼び集めると言い、彼らを残して林に分け入った。


 ランドグレンの護衛が持っていた拳銃は『H&K mk23』という設定です。

 前の◆61◆の「後書き」に書いたように、前話文末の銃声を「ズッキューン!」から「ターン!」に書き直しました。

 YouTube等で調べますと、屋内の射撃練習場のような閉鎖空間では「ダーン!」、屋外の射撃場等の開放空間では「ターン!」と聞こえるようです。護衛ですので、当然「+P」程度の強装弾を使用してると思います。

  2020.06.15. 07:05   野乃

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] オープンフィールドでの9ミリパラべラムのピストルの発射音は本当にショボく山では50m離れたら木や木の葉に遮られショットガンも100mでノイズに紛れます!熊よけで爆竹鳴らしても目立ちませんバッ…
[一言] ズキューンだったらそこで読むの辞めてたわw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。