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宮村は結局、第一著者にという話には二の足を踏んだ。俺が理工系出身の反社、いわゆる経済ヤクザか半グレではないかと疑ったのだ。
最終著者を選んだのは、いざとなったら言い逃れるためだ。名目上は共同執筆者ではあるが、実際には論文の構成上の監修をしただけだと、しらばっくれるつもりだろう。
甘いな。これが万一、数億ドルの信用詐欺だった場合、たとえ未遂だったとしてもトライデントは徹底的に追及しないではおかないだろう。合衆国で企業競争を戦う一員として、舐められる訳にはいかないからだ。
まあ真実を知ったら驚愕するどころでは済まないのだが、俺たちは舎弟企業や裏稼業とかでは全くない。宮村には、俺たちの活動の表向きの説明に一役買って貰う。その代わり、ちょっとだけ甘い汁を吸わせてやる。
食事の途中で覚え書き(?)に署名してしまった宮村は、酔っていた自覚があったろうか? 赤い顔で『お車代』の二十万を受け取り、表情を崩して帰って行った。
「お金やっちゃって、良かったの?」
鈴佳が納得できないって顔で、そう尋ねた。何か? 俺の懐の心配か? それともお前の貰ったお小遣い(?)の倍だってのが気に入らないのか?
「大丈夫だ。今も俺の預金は増え続けているから、あんなのは端金さ」
「えー、こっち来て、投資の仕事してないじゃん」
「俺の組んだプログラムが稼いでる最中だ。無くならないから心配するな」
実際に働いてるのはどん亀なんだけどね。俺たちは店を出て、ホテルへ帰る。タクシーの中でスマホの呼び出し音が、小さく鳴った。
「誰から?」
「知り合いだ」
画面を見てそう答えた。本当はどん亀からだ。
「留守宅ニ侵入シヨウトシタ者ガ、アリマシタ」
「?」
無言で鈴佳の顔を見て、それからどん亀に「また熊か?」と尋ねる。
「尋問ノ結果、とらいでんとノ調査員ト判明シマシタ」
「クソッ、人間か!」
「えっ? 何?」と、鈴佳。側に座ってるこいつには、俺の声しか聞こえてないからな。
「私有地の見回りを頼んでいた知り合いから連絡だ。家に泥棒が入り込んだらしい」
「えーっ、大変じゃん。警察には連絡したの?」
どう見ても大変なんて思ってない顔だ。興味本位なだけだろう、鈴佳。
「家の犬たちが騒いだんで、見回りを引き受けてくれた奴も気がついたそうだ。それで泥棒も逃げたって言ってる」
「大変ですね、お客さん」
耳を澄ましていたらしい運転手も声を掛けてくる。こっちは隣の家まで何キロもあることなど知らないから、不思議には思っていない。
「英次さんの知り合いなんて、いたの?」
「そりゃあ俺にだって、知り合いぐらいいるさ」
「そうなの?」
鈴佳は当然疑問符付きだ。
「モシモシ」
「あ、悪い悪い、一応警察に連絡だけはしといてくれ」
「了解デス」
どん亀が警察に通報することなどあり得ないから、これは嘘の指示だ。鈴佳や運転手の手前もあるからね。
それにしてもトライデントは仕事が早い。さすが合衆国の一流企業だ。多分俺が書き添えた連絡先から、家までたどり着いたのだろう。この分だと俺の経歴から何から、表立って調べられることはもう掴んでいるに違いない。
「事後処理の細かい内容は、後でもう一度連絡するからその時な。あ、も一度泥棒をみつけても、熊と間違って撃つなんてことするなよ。後がめんどくさいからな」
「後ホド連絡シマス」
「ああ、じゃ、また」
俺がスマホを切ると鈴佳が、「熊と間違えて撃つなんて、本気じゃないんでしょうね!」と、真顔で聞く。
「冗談、冗談。猟友会で知り合ったセミプロのハンターなんだ」
「猟師さん?」
「兼業だよ。フルタイムの猟師なんて、今時いないさ。割に合わないからな」
「お客さん、鉄砲持ってられるんですか?」
運転手が又話に乗ってくる。鈴佳も興味津々だ。
「いや猟友会と言っても、俺、罠猟だったから。それに登録も一年だけで流しちゃった。免許は三年で失効だし」
「そう言えば、銃なんて、家に無かったね。でも、銃、持ったらどう? 泥棒が入るなんて、不用心だよ!」
「おいおい、猟銃ってのはな、人間を撃つための物じゃないんだぞ!」
侵入者を確保した後、どん亀がそいつをどう処理したのか、後で確認しなければならない。それによって明後日の交渉にも影響が出てきかねない。
この国で自社の調査員を一個人の私有地に不法侵入させたなんて、トライデントが自ら認めることはありそうも無い。しかしこちらが下手を打つと奴らがそれを逆手に取って、こっちを責めてくることも無いとは限らなかった。




