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ホテルに戻って部屋に入った。鈴佳が風呂に入っている間に、俺はスマホを取り出し、どん亀に連絡する。
「捕まえて尋問したって言ったな。今はどうなってる?」
気の毒な侵入者君が今どうしているか、気がかりだ。まさか死んじゃあいないだろうな?
「未ダ生キテイマス。只今地下壕内デ調整中デス」
「えっと、どんな奴?」
『調整中』って、何してんだ?
「日本国籍、身長一七三㎝、サイズB九八・W六一・H一〇〇、山城智音、二十九歳デス」
「えっ、女かよ!」
「日本国ノ領域内デハ肉体的暴力ノりすくハ低ク、目撃サレテモ男性ヨリ脅威度評価ガ低イトミナサレマス。調査員トシテ、女性ヲ現場ニ派遣スルノハ妥当デス」
「はー、そうかよ。で、調整中って?」
「侵入者ノ抵抗値ヲ下ゲルタメ、宮村賢治ニ投与シタなの・ましん群ト類似ノゆにっとヲ編成シテ投与、尋問シマシタ。外部ノ人間デハナク、とらいでんと日本支社ノ調査部ニ属スル人員デアルコトガ判明シタノデ、コチラノ協力者トナルヨウ調整中デス」
会席料理の店で宮村に渡した資料の冊子には、どん亀が調整したナノ・マシンが仕込まれていた。宮村が資料を読み進めているうちに奴の体内に侵攻した一群のナノ・マシンの働きは、俺の都合の良いように意識を誘導するという、比較的単純なものだった。
多少手間はかかるが、薬物と暗示を利用した同様の手法は、各国の情報機関でも使われている。要するに被験者がこちらに好意的になるというだけのことだが、ナノ・マシンを使った方が早いし確実だ。
だが『調整中』ということになると、多分あの昆虫みたいな動きをする多関節ボットの出番だろう。鈴佳に続いて犠牲者第二号か。
トライデントもまさか、こちらが身内の人間を強制的に寝返らせるなんて予想していないだろう。奴らにとっては獅子身中の虫ということになる。
ただ宮村に使ったナノ・マシン群も今回の侵入者に使う方法も、何でもできるわけではない。いずれも周到な準備が必要だ。さらに件の女や鈴佳には、物理的な侵襲が必要だった訳だし。
うん、地球征服の前途は遠いな。
侵入者の女は、処置が終わり次第解放することになった。トライデント本社には、番犬に吠えられ、付近にいたハンターらしき男に誰何されたので、家屋に侵入して調べることはできなかったと、女に報告させよう。
「お風呂空いたよー」
鈴佳がタオルを頭と身体に巻いて出てきた。こいつは何時も平常運転だ。
「ああ、じゃあまた」とスマホを切る。
「誰? 猟師のお友達?」
「ああ、犬たちに餌をやってくれるように頼んだ」
「えーっ、大丈夫なの?」
「あの犬たちのブリーダーを紹介してくれたのは奴だし、犬たちとも顔見知りだ。犬小屋と納屋の鍵も渡してある」
「そーなんだぁ。じゃ、お風呂早く入って」
「ああ」
何のかんのと言っても、俺もこいつとの会話を楽しんでいるのかもしれない。山の中に引き籠もって二年近く、まずどん亀と出会い、それから鈴佳がやって来た。「人生何があるか分からないから面白い」、そう俺に言ったのは誠次叔父だった。
あれはいつ言われた言葉だったろう? いじけた俺を励ますためだったろうが、直ぐには胸にストンと落ちなかったように記憶している。その後鈴佳の母親との結婚は成らなかった訳だし、叔父の人生もずっと順調だった訳ではないだろう。
あの言葉を俺にくれた当時の叔父は、自分の人生をどう考えていたんだろうか?
「早くお風呂入ってね。そ・の・あ・と・は」
鈴佳がニヤニヤ笑っている。俺の現在の人生は、……順調かも知れない。




