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コード・スピリット  作者: カツ丼王
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34.会遇

 プラント内は静香の能力によって変わり果てた姿になっていた。壁にはいたる所に大穴が作られ、床はその威力の強大さを表すほどに存在を抉り取られていた。一方でその元凶たる少女は気を失って倒れ、海斗の敵は宇佐美ただ一人になっていた。


 風通しが良くなった建物内は、霧が晴れるように少しずつ鮮明なものとなり、海斗は自身の眼前に、宿敵の存在を認識していた。


「……宇佐美、もう終わりだ」


 輪郭だけを視界に捉え、海斗はそう宣告した。


 すでに勝敗は決している。


 宇佐美は研究者としては優れているが、能力者としての適性は高くない。静香と連携を取っていたのも、それが原因と言えた。


「……ほう、ではお前は私をどうする気だ?」


 抑揚のない声が返ってきた。宇佐美は恐れることも、焦ることもなく、場を俯瞰しているかのような態度だった。


 海斗はその姿に何か危険なモノを感じ取った。


「全ての決着をつけて、警察に引き渡す。……そこからのことはお前次第だ」

 その言葉に宇佐美は、体のすべての活動を止めたかのように動かなくなった。


 その後、目を細めて海斗を眺める。


「……なんだそれは?」


 その声には、何かしらの感情が込められているようだった。怒りが、憎しみが、悲しみが、複雑に織り交ざっている。


 宇佐美は途端に、狂ったように笑い出した。


「……何を言っているんだ貴様は!? 自分を殺した人間を、みすみす生かすような真似を!? お前には私を殺す権利があるというのに!」


 両手で顔を覆いつくし、必死に愉悦を抑えようとしている。


 海斗はその姿に苛立ちを感じずにはいられなかった。


「宇佐美! お前の事情は知っている! だから、これ以上余計な罪を重ねるな! あの事件はお前のせいじゃない!」


 海斗はその笑い声を遮ろうと声を張り上げる。


「宇佐美さんのせいじゃない? 一体どういうこと?」


 海斗の発言に、有紗は驚きを禁じ得ない様子だった。


「有紗……お前の父親、二階堂新蔵は、襲撃が来るのを宇佐美から聞いていたんだ。……そしてそれが分かっていながら、何もせずに――死んだんだ」


「――そ、そんな……何で!?」


 有紗は信じられないといった表情を浮かべる。自分の父親が、死が迫っているのにも関わらず、何の抵抗もせずに殺された。彼女には到底、理解も納得も出来ない。


「……二階堂新蔵は死にたかったんだ。……先生は、生きている意味がないと……。そう思って、死に場所を探していた。……五年前の出来事は、先生にとって、丁度いい契機だったんだ」


 海斗は申し訳なさそうに、そう告げた。彼女がどんな気持ちになるか、彼には想像がつかない。


「……」


 無言の有紗から背を向け、海斗は目線を宇佐美に戻した。


 宇佐美は再び機械仕掛けのように無感情な表情を浮かべている。


「……お前が事情を把握したというのは理解できた……」


 宇佐美のその言葉に、海斗は一瞬安堵した。


「だったら――」


「――だから、何だ?」


 だが、宇佐美の声は容易くそれを破壊した。


「な、何って――」


 そんな答えが返って来るとは思いもしていなかった海斗。


 宇佐美は言葉を続ける。


「どうやら、お前は勘違いしているようだな。……お前は、私が襲撃事件のことで、罪悪感を感じている……とでも思ったのか? だとしたら、それは見当違いだ。私はお前たちの死など、どうとも思っていない。……そもそも、罪の意識に耐えられなくなったのなら、すでに自首しているはずだろう?」


 海斗は宇佐美の発言が理解できなかった。


「それなら、どうして俺を助けるような真似をしたんだ?」


 宇佐美の不可解な行動に、疑問を抱く海斗。


「わからないか、竜崎。――それが、私だからだ」


 宇佐美ははっきりとした口調で断言した。その出で立ちには威圧感があり、迫力と覚悟を海斗は感じ取った。


「確かに、引き起こされた現実は、私の意志とは反する予想外なものだった。しかし、逆にそれが私の存在を定義したのだ。……貴様達の敵であるという、確固たる役割――今の私を……形作った」


 宇佐美の思考は、常人のそれからかけ離れていた。


「う、宇佐美さん、あなた……」


 その様相に狼狽する有紗。


「有紗君、私に同情する必要などない。君には感謝している。私に意味を与え、娯楽まで提供してくれた。……君が私を信頼していたのは、非常に滑稽だったぞ。あの時ほど、自分の能面のような顔と性分を有り難く思ったことはない」


「……何を……!?」


 動揺する有紗を挑発するかのように、宇佐美は語りかける。


「君にはもっと私の敵対者として、私を恨んでもらわねばならない。……もしや、君の中から怒りと憎しみはなくなってしまったのか? 君は竜崎に恋慕していたと思っていたのだが……。いや、すまないな、多感なお年頃であろうことを忘れていた。おそらくは、その辺で代わりの男でも見つけたのであろう。怪物の血を引き継いでいようと、一人の小娘にすぎないのだから」


 その言葉を聞いた有紗の顔は憤怒に染まった。彼女のこの五年間を考えれば、致し方ない、それほどの暴言だった。


 海斗はその間に割っていはいるようにして、有紗を留めさせた。


「やめろ、宇佐美。それ以上口を開くな」


 海斗は憮然とした態度を取りながらも、内心焦っていた。


 このままでは宇佐美を止められない。警察に身柄を引き渡せば、この場を収めることは可能だろう。だが、それでは宇佐美の在り様は変わらない。彼は死ぬまで、その役を演じ続けることになる。


 彼は今、自分を見失っているのである。


(……どうすれば!)


 海斗には宇佐美を変えることなどできない。


 ならば――。



「……お、お父さんは、そんな人じゃない……」



 その声には場の雰囲気を一蹴してしまうほどの力があった。


「……静香!」


 海斗が声の方に見やると、そこにはよろよろと立ち上がった静香の姿があった。


「お前の役目は終わった。もう寝ていろ」


 宇佐美は静香から背を向け続けている。


「お父さん、もう止めて。自分を傷つけるのは……」


 静香は、か細い声を振り絞るようにして言葉を掛ける。


 宇佐美は、その彼女の様子に不快そうに眉を吊り上げた


「……どうやら、お前も全く持って理解してないようだな?」


 静香の方へ向き直り、厳しい相貌を露わにする。


「私はお前の事など道具としか思っていない。……使い終われば廃棄する。敗れ去った今のお前は、人間ではない。……そして価値も、存在すらない……」


「――ッ!?」


 宇佐美の発言を聞き、静香は硬直してしまった。


「宇佐美さん! いい加減に――!」


「……待て!」


 我慢ならない様子の有紗を、海斗は片手で制する。


「海斗!? 何で!?」


 彼がなぜ止めるのか、分からない様子の有紗。


 その彼女の抗議を無視して、海斗は宇佐美と静香を二人の姿を見続ける。


 宇佐美は尚も話を続ける。


「お前は私に、何か期待していたのか? ……父親などと、そんなモノ、お前には存在しない。お前の行動は、どれも道化そのものだったぞ」


「……」


 静香は下を向いてしまい、わずかに体を震わせている。


「……お前の本質を教えてやろう。……それは〈無〉だ。お前の中には何も存在しない。その点だけは、私と同じか。……お前も私も、中身が空の箱のようなものだ。……どれだけ自分を探しても、内に何も見つけられない」


 宇佐美は自嘲しながら、最後通告を叩き付ける。


「それ故に、他人から足りない物を与えられることを渇望している。……だが、それが虚構だとすれば、もはや存在していないのと同義だ。……分かるな? お前という人間は始めからいないのだ」


 その眼光の先にいる少女は、固まったままだ。ボロボロになった洋服を両手で握りしめ、嗚咽を必死に堪えているように見えた。


 終わったと思ったのか、宇佐美は彼女に背を向けようとする。


「……わ……」


 しかし、嗚咽交じりの声が。


「――分かってないのは、お互い様だよ!」


 空間を切り裂くように響き渡った。


「あなたの考えてることなんて、最初から分かんないよ! 無表情で、ロボットみたいで、初めてあった時なんて、ただの根暗だとしか思ってなかった!」


 顔を真っ赤にして、涙で頬を濡らしながら、挑むように叫び続ける。


「大体、この洋服、もらって喜ぶと思ったの!? こんなフリフリで、目立つ服、普通に考えて有り得ないよ! 私は今、思春期なんだよ!? こんなの……恥ずかしくて、まともな女の子なら着れるわけないよ!」


 宇佐美は静止したまま動かない。


「……でも、大事に大事に、大切に、毎日着てたんだよ。……それがどうしてだか、分かる?」


 宇佐美は答えない。


 それとも、答えることが出来ないのか。


「……それはね、嬉しかったから……」


 泣きじゃくりながら、静香は宇佐美に気持ちを伝える。先ほどまでの張り裂けるような声ではなく、弱々しく、か細い声だった。


「初めて、外に連れ出してもらったとき時、嬉しかった。……約束を守ってもらえて、嬉しかった。『お父さん』って呼んでも良いって言われて、嬉しかった。……一緒にいる事ができて、――幸せだった」


 涙を流し続け、鼻からは鼻水が出ている。無理やり笑おうとして、整った顔立ちは不細工になってしまっている。不器用なこと、この上ない。


「私が、本当に大切にしているのは、……その時の自分の気持ち。本当に大事にしているのは、自分の中から湧き出した、初めての、温かい感情。……それが……」


 宇佐美はいつの間にか彼女の方を振り返っていた。その表情は、いつも通り、何を考えているのか分からない、全くの無。


 発言の主旨を理解するためか、宇佐美は口を開く。


「……つまり、私が何を言おうと、お前は何も思わないということか?」


 それを聞き、静香の目に再び力が宿った。


「そんなわけないじゃん! ……悲しくて、悔しくて、辛くて、どうにかなっちゃいそうだよ!? ……なんでそれが分からないの!? ……私の事、人間じゃないって言うけど、お父さんの方が、人間失格だよ!? ――この、分からず屋!」


 再び声を荒げて、憤慨する。


 その様子に、宇佐美は初めて、驚いた様な顔つきになった。


「宇佐美、お前の負けだな」


 海斗は宇佐美に裁定を下す。


 宇佐美は憎々しげに、海斗のほうへと向き直った。


「お前は、二階堂の研究所に居たあの時間、楽しかったか?」


「……何?」


 質問の意図が分からないのか、宇佐美は不可解な物を見るような表情になった。


「俺は楽しかったぞ! お前に、良太に、亜紀に、ついでに二階堂先生も……それ以外の、死んだ奴等だって。……あそこは、毎日が新しい発見に満ちていて、それを一緒に探究する仲間が居て、……最高だった!」


 海斗は晴れやかな笑顔を見せる。研究所で一緒に過ごした日々は、海斗にとってかけがえのない物だった。


 それは宇佐美にとっても、そうであったに違いない。


「その時に、分かったんだ。人は誰かと関わって、初めて自分を見つけられるんだよ。誰かと話し、触れ合い、そうして自分を作っていく。お前の言うように、与えられるんじゃない。……自分で作っていくものなんだよ」


 海斗の言葉に、宇佐美は微動だにしない。ただただ、呆然としていた。


 海斗の傍らに居た有紗が一歩前に出た。


「宇佐美さん。あなたを……許します。だから、もう……」


 有紗は泣き出しそうなのを堪えているようだった。


 宇佐美は何も答えない。


 ――長い沈黙が流れた。


「……そうか、私は、また、空っぽになったということか……」


 有紗が許すと言った以上、彼女の悪でいることは出来ない。それは、この五年間の鬱積したはずの感情が、消えたことを意味した。


「有紗お姉ちゃんは、海斗の事で頭がいっぱいだから……」


 静香の言葉に有紗は顔を背け、頬を染める。


 海斗はそれに気づかない振りをすることにした。


「……なるほど、お前には、自分を形作る存在が居るのか……」


 宇佐美が脱力したまま、海斗にそう告げた。


「……何言っている? お前にも居るだろ?」


 海斗は分かりきったことを口にする。


 宇佐美の視線はゆっくりと静香の元へと移った。


 それを感じたのか、静香は身を強張らせる。


「……」


 しばらく、両者はそのまま無言を貫いた。


 やがて、宇佐美は静香の傍らにまでその足を進めた。


 それによって、彼女は更に硬度を増した。


 静香は不安そうな顔で、近寄って来た宇佐美を見上げる。


「……私は、お前の父親か?」


「――ッ!?」


 静香は下を向いて、必死に嗚咽を堪え、大きく、何度も何度も頷いた。


「……そうか」


 そう言って、宇佐美は彼女の頭を撫でまわした。力加減も要領も分かっていない、不器用な運動を繰り返す。


 静香はその手つきの不器用さに、体を震わせていた。


 海斗はその姿にホッと胸をなでおろす。


「どんな気分だ、宇佐美?」


 宇佐美の心境が気になった海斗は、尋ねてみることにした。


「……最悪な気分と言える」


 相も変わらず抑揚のない、機械のような返答だった。


「どうしてだ?」


 海斗はいつかの議論のように、結論の根拠を問いかける。


「……代わりの服を買うのに、再び調査が必要になる」


 海斗は、宇佐美が女の子用の服を選ぶ姿を想像して、思わず笑みがこぼれてしまった。

 


 長い長い自分探しの旅は、こうして終幕を迎えた。


 彼らはようやく、自分に出会った。


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