第九十五話
離れない三人を大塚は見回した。体を後ろに動かして背中にくっついていた神埼の方を向く。次に緒方、林を見つめて両手を左右に大きく広げた。ありがとう。出会えてよかった。笑いながら三人をまとめて抱き締める。不格好でバランスが悪い。不意な強い力に緒方と林がよろけている。神埼の肩に緒方の頭がぶつかり、林の腕には神埼の頭がぶつかった。大塚は気にせず三人を抱き締めたまま強く力を込めるので、ぶつかっている場所が痛くて敵わない。三人はそれぞれ、痛いだの、苦しいだの言いながら笑った。机の上には鍋があって、ほったらかしにしていたうどんを忘れていた。きっとのびて冷たくなっているだろう。神埼は笑いながら立ち上がった。「さて、お腹が空いたな。泣くと何かを食べたくなるんだな。知らなかったよ」先程まで涙が溢れていて止まらなかったくせに、大塚はケロッとしている。机の上にあった炒飯をれんげですくって食べていた。その変わり身の早さに緒方は嬉しそうに感心している。林は呆れながら見つめていた。「早すぎるだろ。。。やっぱ、緒方と大塚、似てるわ。。。ルックスに騙される」はあと大きなため息をついて、俺も、と炒飯をほおばる。なるほど、炒飯を食べる手が止まらずどんどん進んでいく。本当だなぁとぼやきながら林は食べていた。緒方は夢中で炒飯をほおばる二人をぼんやり見ていたが、不意に視線を変えた。鍋を台所へ持っていった神埼の所へと席を立つ。神埼はずっとご飯の準備をしていたので疲れているかもしれない。手伝おうと神埼を追いかけた。「緒方?大丈夫だよ。温めるだけだから。お前はゆっくりしてろ」優しく笑いながら鍋に火をかけていて、鍋をかき混ぜている。緒方はそっとそばに寄り添い、頭を撫でた。家族なんて仲が良いことが当たり前だと思っていた。自分の父も母も兄たちも、お互いを思いやって大切に思っている。家族から愛し、愛されることが普通で、他の家庭でもみんなそうだと思っていた。神埼の両親は神埼を置いていったけれど、まさかずっとそばにいた大塚がこんなに家族のことで悩んでいるとは思わなかった。弟のことは聞いたことがあるし、ぽつぽつと話してくれたこともある。自閉症のことを林と大塚と三人で調べたことも、これからどうすればいいか話し合ったこともある。でも、両親のことは全く知らなかった。自分の子供に無関心な親なんて想像できない。神埼の両親は特殊だと思ったが、親は子供のことを想っていて、離れていても何があっても親が子を想う心は変わらないのだと思っていた。大塚が嘘をついているとは思えないし、思わない。緒方は大塚の家にたびたび遊びに行き、大塚の両親に会ったことがあるが、大塚が言うような人物には到底見えなかった。近所の人たちが言うように、子供思いの親だという印象を受けた。大塚でなかったら、おそらく信じていない。これでは大塚がどんなに周りの大人に訴えても相手にされないだろう。外からは全く見えないのだから。余りにも見かけと中身が違いすぎる。緒方は神埼を後ろから抱き締めた。神埼は首を傾げながら緒方を見上げている。大塚が心の奥の気持ちを打ち明けてくれてとても嬉しかった。それと同時に苦い、気持ちの悪いものが心にこびりついて無くならない。大塚の両親が見せていたあの笑顔や自分への気配りはなんだったのだろう。あれも見せかけだったのか。だとしたら全く気づかなかった。見抜けなかった自分が悔しいし、見抜いていればもっと早く大塚の苦しみに気づけただろうに。緒方は神埼を抱き締めている手にぎゅっと強く力を込めた。神埼は自分の両親のことをどう思っているだろう。恨み言や泣き言は聞いたことはないが、実際はどうなのだろうか。大塚が両親に対して反発し、キレたのは、両親への想いがあるからだ。もしかしたらわかってくれるんじゃないか。心の奥で願い、まだ両親への期待がある。でも、神埼は自分の両親へ想いを言わない。諦めているのだろうか。「緒方?」素直な真っ直ぐな目で自分を見ている。神埼に両親のことを聞いたら神埼を傷つけてしまうだろうか。家族の愛を知っている緒方にとって、踏み込んではいけないなと思いながらも、どこかで両親のことを想っていてほしいという願望がある。家族は何があっても繋がっていて、お互いを思いやっているという考えを証明してほしい。そうであってほしい。そんな思いが緒方の中から溢れてきて困ってしまった。大塚の涙と神埼があれだけ一人でいたのを見ていたはずなのに。こんなに心が痛んで悲しいのに。勝手なものだなと思う。苦しくなって緒方は神埼の温もりを感じようと、強く抱き締めながら目を閉じた。「。。。神埼くんは辛くないですか?ご両親のことを。。思い出しますか?」神埼の答えが急に怖くなってさらに強く抱き締める。もそもそと頭が動く感触があり、うーん、と唸っている。神埼は鍋の火を止めながら緒方を見上げた。「たまに思い出すよ。今は、俺を生んでくれてありがとう。。。かな。両親のお陰で緒方とも会えたし。俺、今、生きていられるからね。感謝してるよ」そっと目を開けた緒方の前には優しく見上げる神埼の笑顔だった。あ!でも急に一緒に暮らそうと言われても嫌だな。距離はあった方がいい。いい両親とは思えないからね。悪戯っ子のように笑って緒方を見つめている。「こうして緒方と一緒にいられないし、大塚くんや林くんともお泊まりができないだろ。それは嫌だな。適度な距離ってやつだよ」お前も俺と離れるの嫌だろ?穏やかに笑って緒方の頭を撫でた。なぜだろう。その笑顔を見ていると泣きそうになる。緒方は神埼の肩に自分の顎を乗せて、当たり前です!!と力説する。私と神埼くんはいつも一緒にいるのです!!緒方が話すたびに顎が強く当たって痛い。わかったから!と神埼は緒方の頭をくしゃくしゃに撫でた。神埼でよかった。神埼のこの環境にいる人物が神埼でよかった。そして自分は神埼に出会えてよかった。いかに自分が一緒にいるかを強く主張しながら緒方は頭の片隅で、ありがとうございますと神埼に伝えていた。
皆様、おはようございます(*^^*)あと一話投稿しますね!




