第六十三話
緒方がぐっすりと寝ている横で大塚とテレビを見ていた。何かを話すわけでもなく二人でのんびりと過ごしている。こんな何気ない時間が神埼は嬉しい。穏やかで平凡で、誰かと時間を共有している。一人でいたときは誰かと居たら緊張して早く一人になりたいと思っていた。「変わったなぁ。。」頭で考えていたことが言葉で口から外に出てしまったらしい。テレビを見ていた大塚が神埼の方を見た。その顔は、何が?と伝えている。「いや。。こうやって誰かと穏やかに過ごせるようになるのが憧れだったからさ。」いつも何かに怯えて、何かに苛立って心が落ち着かなかった。優しくなりたかったのに、安心したいのに、そうなれなかった。相手に警戒して、相手の様子を伺って息を潜めてそばにいた。「。。ふーん。。?」大塚はよくわからなかったようだ。神埼を静かに見つめている。しばらく考えたあと呟くように言った。「それって、人にも因るんじゃないか?今まで心が危険だと感じる所にいたんだろ?危険だと感じているのに、離れなかったから。」心を無視したから。大塚は言わなかったが神埼にはそう聞こえた。うーん。と神埼は唸り、一人だったときのことを思い出す。あの時自分のことを考える余裕はなかった。目の前のこと、両親のこと、学校のことがすべてだった。「心を無視した。。か。。」自分の心と向き合う時間。ゆっくりと自分でいられる時間。自分は自分でいいと思える時間。それを自分から求めて行動すべきだったのだろうか。何もかもを捨てて、自分の心を優先すればよかったのだろうか。わからない。「。。。また謎が増えた。。。」神埼の言葉に隣の大塚は、ええ!?と声を上げている。神埼はテレビを見ながらミステリーを解いているのか、と感心したように笑っている。「なぁ。大塚。両親から振り向いてもらえなくて、責められ続けてもさ。両親や学校や、いろんなことを捨てて自分の行きたい所にいくって逃げかな。自分の心と向き合って、大切にしてくれる場所を求めることって現実から逃げてるっていうのかな。?」とてもきつかったけど、今改めて考えると回避できる道もあったのではないかと思ってきた。周りの状況や考えを聞かずに、自分の心を守るように行動することもできた。未来を考えず、今だけを考えて自分が落ち着く人たちのもとへ行くこともできた。それは逃げだろうか。「。。本来、家族や家庭が心を落ち着かせる場所なんだけどな。。。自分と向き合えるようなゆっくりと安心できる場所。」大塚はふと遠くを見て、そう感じることができればなぁ、とぼやいている。「でも、そうでない状況で家庭にいることを続けて心が壊れていたら。家庭を危険な場所だと判断して距離を置くことは逃げでもなんでもないと思うぜ。つーか、どう思われても関係なく勇気のある行動だと思うけど。」勇気?問いかける神埼に大塚は考えながら伝える。「だって、自分の状況や周りの状況を判断した上で自分の気持ちを信じて行動してるだろ。自分で考えて結論をだし、その答えを信じて行動している。勇気じゃん。」それで間違いって言われても本望だと思うけど。精一杯やったし。大塚はテレビのリモコンを操作して音量を下げている。テレビの画面から出演している人たちの笑顔が見えた。軌道修正ならいくらでもできるだろ。そう判断したらそうすればいい。大塚はチャンネルを変えている。今度はドラマのようだ。人と人が向き合って話していた。「後悔してるのか?昔の自分の判断に。」大塚を見ると、いつの間にか大塚は神埼の正面に体ごと向かい合っていた。その目は幾ばくか真剣で、静かに神埼の答えを待っている。大塚から神埼の考えを大切にいたい、という気持ちが伝わってきて神埼は兄がいたらこんな感じなのかなとふと思った。「。。後悔してるかも。。もっと自分の気持ちを大切にすればよかった。。」自分の心を見つめてその通り行動すればよかった。もっと心を優先して大切にすればよかった。両親に認められることよりも、自分を優先してしたいようにすればよかった。「。。我が儘になればよかった。。いい子になるんじゃなかったよ。」その言葉を言ったとき、ふぅと大きな息が神埼の口から自然に出て、体がふわりと軽くなる。きっと、昔の自分が一番言いたかったことなんだろうと思った。両親に、自分が一番言いたかったことだ。いい子になんかなりたくない。認めてもらわなくてもいい。自分は自分の好きなように生きるから。「すっげースッキリした顔してる。いいな、それ。俺もそうしようかな。」好きなように生きるかー。大塚は神埼の肩をたたきながら、よく言った!と笑っている。「。。俺も。。親の期待なんか気にしないで、好きなように生きるわ。なんか気にしてんのバカバカしくなったし。」勉強楽しいからやろっかな~と呟いている。その横顔が楽しそうで神埼はとても嬉しくなった。大塚が頼もしく見える。そうか。もっと自分を大切に、好きなようにやればよかった。なんだかわくわくしてきた。これからいっぱい好きなように生きてやる~。とのんびり宣言すれば隣で大塚が、いいぞ~。と笑っている。穏やかで優しい時間だなと神埼は思う。夜中まではもう少し。静かで温かい夜は続いている。




