第六十一話
大塚と三人で鍋を囲んだ。肉と野菜と麺と。キノコ類が好きだと言う大塚に買っておいた分のキノコも皿にのせる。昨日は味噌味だったので、今日はキムチ鍋にした。「食べたいものを入れて、食べたいだけ食べよう。」神埼はすぐに肉を入れた。緒方はもやしを、大塚はえのきを入れている。どんどんうまっていく鍋を見ながら神埼は首を傾げた。緒方が野菜ばかり入れている。「緒方。お前、肉食べないのか?野菜ばかりじゃないか。」緒方が野菜を入れるので、神埼は肉をたくさん入れていた。そういえばと大塚も不思議がっている。「うふふふ。神埼くんは肉を食べたいのだなぁと。しかし、バランスが大事ですから。神埼くんが野菜を食べたくなったときのためです。」言いながら野菜をどんどん入れている。大塚は緒方の言葉を聞いて、なるほどなぁ。と感心したように頷いている。神埼の目が光った。「。。そんな言葉には引っ掛からないぞ。お前、俺の入れた肉を食べる気だろ。肉を入れる手間を省いただろ。」長い間一緒にいるのだ。企んでいることくらい想像できる。じろりと緒方を見やった。何を!?私は神埼くんの美容を考えてですね!!緒方が反抗する。野菜とお肉をバランスよく食べることが健康と美容に良いのですよ!!手を止めて力説し出した。「どうだかな。そんな屁理屈言ってないで、ほら、肉たくさん食べろよ。」よく煮えた肉をがばっと箸でつかみ、緒方の受け皿に入れる。ああ!!神埼のお肉なのに。野菜も食べてくださいね。今度は緒方が神埼の受け皿に入れている。大塚はその光景をぼんやりと見ていた。「。。。二人とも、仲がいいよなぁ。。」お互いに好きあってるんだな。納得したように言う。神埼は吹き出し、緒方は、大塚くんならわかってくれると思っていました、と満足に笑った。神埼はまだ、げほげほと咳き込んでいる。二人の反応を見ながら大塚は大きく笑った。「良いことだぜ。お互いに好きあってるってさ。」えのきとしめじがたくさん入っている自分の受け皿を見ながら大塚はしみじみと言った。噛み締めるようにえのきを食べている。ふと思い出したように大塚は呟く。「お前ら見てるとさ。ああ、こいつら二人とも無条件に好きなんだなって伝わるんだ。何があっても思い合ってるんだなって。」大塚は神埼と緒方を見ながら穏やかに微笑む。良いよな。なんか安心するんだ。ほっとする。箸を受け皿に置いて、遠くを見るように視線を上へと向けた。「。。俺の弟、自閉症でさ。。もう、俺たち家族じゃ手に負えなくて。母さんもノイローゼみたいになったし、父さんも疲れ果てて。。そんな状況だから、親の期待が俺にかかってくるんだよ。無意識にさ。」家に居づらくなんの。自分の家なのに。大塚は力なく笑っている。せめてもの作り笑いのような笑顔だった。「親の期待もあるし、弟の分まで頑張りたいってがむしゃらに勉強してたけど、一人で家に帰ってたら、何のために頑張ってるのか、虚しくなった。」自分のためだって言い聞かせても虚しさがとれなくて。苦しい。大塚は息を大きく吐く。「一度だけ成績が下がったことがあって。その時、親からめちゃくちゃ怒られた。お前まで俺たちを苦しめるのかって。」大塚は息を大きく吐いた。弟のことで疲れているからしょうがないんだけど。諦めたように笑う。「役立たずならいらないって言ってたのを聞いて。怖くなったよ。成績が戻って、さらに良くなったら優しくなった。それが逆に怖くて。」親の期待が大きい。自分たちや弟の面倒を見てほしいと言われている気がする。成績が落ちたら自分はどうなるのだろう。またあの冷たい視線や居場所がないような居たたまれない苦しみを味わうのか。自分は成績が良くないと存在している意味がないのか。役に立たないと愛されないのか。怖くなる。答えが見つからない。見つかっても納得できない。苦しい。いくら心に言い聞かせても虚しさがなくなることはない。一人でさまよっていた自分と重なる。神埼はそっと大塚の背中をさすった。この背中に大きな苦しみを背負っているのだ。知らぬ間に自分で。大塚の背中を何度もさする。大塚は目を閉じてそのまま下を向いてしまった。キムチ鍋のぐつぐつと煮込んでいる音だけが周りを包む。「大丈夫です。私たちはここにいますから。大塚くんが来たいときにいつでも。扉は開いてますから。」緒方が座っていた席を移動して大塚のそばにやってきた。大塚の肩にそっと手を置く。何もしなくても大塚がいてくれて嬉しい。そのままで十分与えてもらっている。そのことが伝わればいい。神埼は想いを込めて背中をさする。やがて、すすり泣きが聞こえてきた。大塚は手で目元を抑えている。神埼は思わず大塚の手を握った。すると、緒方も反対の手を握っている。あまりのタイミングのよさに神埼は緒方を軽く睨んだ。「俺が先に握ったんだぞ。真似するなよな。」「えー?私が早かったですよ。神埼くんが真似したんでしょう。嘘はいけません。」「な!誰が嘘ついたんだよ!ごまかしてるのはお前だろ!」「。。ふぅ。。まあ、負け惜しみを言っている神埼くんも可愛いですから、しょうがないですねぇ。」「なんだよ!その言いぐさ!」小声で痴話喧嘩を始めてしまった。泣いていた大塚があきれたように顔を上げて見ている。「お前ら、仲良すぎ。」泣くのがあほらしくなるわ。ぼそっと呟き、静かに笑った。泣きたいときは泣いたほうがいい。泣きたくても泣けなかった時期がある。自分の両親の前では絶対に泣けない。今も泣くことができるのは緒方の前だけだ。だから、大塚が自分たちの前で泣けることはとてもいいことだと神埼は思った。「いっぱい泣いて、いっぱい話してさ。鍋、食べよう。」強く手を握る。緒方は頷き、大塚は笑っている。今日は徹夜したって構わない。大塚が寂しくなくなるまでこの手を握っていよう。再び下を向いて泣き出した大塚を見守りながら神埼は強く思った。




