第四十七話
神埼の笑顔が眩しい。自分の視界のなかで神埼だけが中心にあって光って見える。ずっと見ていたい。歩きながら隣にある神埼の横顔を緒方は見ていた。ずっと見ていると神埼に気づかれるので、さりげなく見ていたけれど。この頃の神埼は前と少し違う気がする。何が違うのか、具体的に挙げようとしても何もないが、どこかが違うように感じる。一人でいたときとは全然違うが、人を受け入れるようになってからも、前とは少し違うようだ。笑顔も、拗ねた顔も、穏やかな眼差しも。造作は同じなのに、感じるものが少し違う。時々、ドキッとするほど色っぽくて心臓の奥の部分がドクンと大きく波をうつときがある。苦しいがドキドキして心地よい。神埼は底が深いと思う。笑って自分をからかったりするが、ふっとした瞬間になんとも言えない優しい目をする。どこか自分の奥の部分をそっと見つめているようで底が知れない。そんな時の神埼は緒方の知らないところから自分を見ているようで。ミステリアスで優しくて。ずっと見ていたい。「緒方。この辺なんだろ?そのレストラン。」相当ぼんやりしていたようだ。地図を持たない神埼が方向を示した。少し人だかりができている。「そのようですね。人が並んでいます。予約しておいたので大丈夫だと思いますよ。」その言葉に神埼は穏やかに笑った。自分を見つめる目。気がつけば緑がキラキラ輝いている。見上げると空も。なんだろう。この澄んだ優しい気持ちは。緒方は大きく息を吸い込んだ。愛しい。好きだ。大切にしたい。この気持ちを言葉にして心の中で感じてみる。そうではあるが、そうではない。言葉の通りなのに、何かが足りない。もっとこの気持ちをわかりやすく神埼に伝えられないだろうか。もっとしっくりくる表現方法はないのだろうか。緒方は大きく吸い込んだ息を、また大きく吐いた。レストランに入って席につく。テーブルにはグラスとナイフ、フォークが置いてあってとてもシンプルでスッキリしていた。一応、神埼と二人でマナーの本を読みアパートで練習してみたのだが、そんなに堅くならなくてもいいようだ。気楽にいこう。神埼もそう思ったらしい。楽しそうに笑っている。やってくる料理にわくわくしているのだろう。無邪気な目だ。「美味しいな。。。野菜がみずみずしくて、なんかのびのび育ってるって感じがする。」ここは自家栽培で野菜を作り、そばの畑から収穫してすぐ調理する。その時の旬の野菜でメニューが変わるので食べれないものを伝えれば、あとはおまかせで料理がやってくる。「食べていると元気になりますね。お腹が喜んでいるようです。」神埼に見とれていた、とは言うまい。どうしてこの目の前の人物は自分の心をわしづかみにするのだろうか。緒方は自分が神埼を大好きだということは何度も自覚している。自分の心の奥から溢れてくる感情を緒方は冷静に受け止めようとすら思うことがある。それくらい客観的に見ようとしても、意味もわからずに溢れてくる。愛しい。好きだ。大切にしたい。そのどれにも当てはまるし、それでは足りない気がして当てはまらない気もする。この溢れてくる神埼への感情はどうなるのだろう。伝えても伝えても足りない気がして。時々怖くなる。「緒方。」不意に神埼が声をかけてきた。にっこり笑って、緒方の口元にフォークを寄せてくる。それは緒方の好きなプチトマトだ。以前神埼は言っていた。自分にもわからない感情があって、押さえても押さえてもどうしようもなかったと。自分ではこう思いたいのに、何をしても思えない。どうしても溢れる想いがあって、どうしていいか、どう表現していいかわからない。それが苦しいと。神埼が経験したもの、感じたもの、それは神埼だけのものだ。でも、こうやって神埼が経験したことが自分も状況が違っていたとしても、似たようなものだったら。緒方が溢れてくる自分の思いをどう対処していいのかわからず、自分の止まることを知らないような大きな感情に怖くて怯えているとしたら。神埼くん、あなたの苦しみはわかりませんが、訳もわからず溢れてくる想いにどうしていいか、わからない気持ちは今、私も経験していますよ。神埼からのプチトマトに大きく口を開ける。わからなくてもいい。心を開いて感じてみたい。このまま。怖さも苦しみも。そばにいたい。プチトマトを食べながら、美味しいです、と呟けば、目の前の神埼は声をたてて笑った。




