第三十五話
あれから散々だった。涙が止まらなくて、幼児のようにわんわん泣いた。緒方が離れていくかもしれない不安や、また一人で寂しさを感じる恐怖。緒方は、自分とは違い素晴らしい家族がいる。ずっと小さい頃から愛に溢れていたから。この奥の寂しさや悲しさはきっとわからないだろう。そして、自分は得られなかった包み込まれるような、受け入れられるような温かさを緒方に求め続けてしまう。人よりも何倍も甘えて、人よりも何倍も疑って、本当にこの心の奥にあるありのままの苦しさや寂しさをぶつけて緒方を試すんじゃないか。それを受け入れるように緒方に求めるんじゃないか。そんな不安が一気に溢れてきて。涙が止まらなくて。何度も緒方には伝えた。たくさん甘えるし、たくさん我が儘を言うし、たくさん拗ねるし。この想いをぶつけたら、緒方は愛想を尽かして離れていくはずだと。耐えられなくなって自分なんて放っていくだろうと。そんな神埼の申し出を緒方はただ黙って聞き強く抱き締めていた。「そんなこと。。もうわかっていますよ。」笑いながら、嬉しそうに頭を撫でるから。神埼は自分の涙腺が壊れてしまったのではないかと思った。それくらい涙は止まってはくれない。「ごめ。。こんな。。みっともな。。い。。」情けなくて。苦しくて。もう涙なんて止まってほしい。緒方が困ってしまう。だが、緒方はそんな神埼を優しく叱った。「涙は流れたいと言っているのです。たくさん、我慢させたのですね。。自分を甘やかすとあの時私と約束したではありませんか。。さあ、涙が自然に流れ終わるまでのんびりこの温かさを楽しみましょう。」そしてまた強く神埼を抱き締めた。温かいですねぇ。。。神埼のおでこに唇を寄せて暢気に呟いている。緒方の息が熱くて、くすぐったい。「。。もう!。。他人事だと思って。。!泣くところを見られるのは恥ずかしいんだからな!」緒方のその身長差が悔しい。温かさも、包み込んでしまう腕も、安心する鼓動も。何もかもが悔しい。いつか絶対追い抜いて、この温かさをたくさん緒方に返すんだ。そんな憎まれ口を叩きなから神埼は目を閉じた。涙はいつまでも流れていて、止まるにはまだ時間がかかりそうだ。神埼のアパートへと行く。やっと涙も止まり、神埼は緒方からそっと離れようとした。もぞもぞと動き、もう大丈夫だと伝えたのに。緒方はなかなか離してくれなくて、神埼は緒方を見上げてみる。寒い中ずっと同じ格好だったから固まってしまったのではないか。そんな心配が湧いてきて様子を伺った。「。。。。緒方。。いい加減離せよ。」「。。いたっ!!痛いです。神埼くん!!ここはとてもロマンチックな場面ですから!もう少し!」が、神埼は緒方の鼻を摘まんでやった。なんてにやけた顔をしているのだ。「何がロマンチックだ!!もう涙も止まったし。早くアパートに帰るぞ!お腹も空いたし。」無理矢理その腕から離れてやった。こいつは。。アホなのか優しいのか、よくわからない。そうだ。こんな奴に気を使ったことが間違いだった。「ほら、もう帰るぞ。」あまりにも鼻を撫でながら動かないので心配になる。声をかけて手を伸ばした。今日のお礼に帰るまで手を繋いでやる。そんな神埼の手にさっと何がやってきてがっしりと掴む。何かはすぐにわかるけれど。「神埼くん、今日は何が食べたいですか?神埼くんのお肉もちゃんと残していますよ。」繋いだ手から緒方の温もりが伝わってくる。心が軽い。体も軽い。スッキリしている。今日は俺が作るよ。緩みっぱなしの緒方の頬を神埼は容赦なくつねった。




