第百十話
透明でキラキラ光る水面を魚が気持ちよさそうに泳いでいく。大塚は魚に悟らせないように視線を動かさず自分の横にいる魚を掴んだ。掴んだ魚は思ったよりも小さかったのでそのまま川の中へ放す。魚の気配は感じるが大きさまでは視界に入らないのでわからなかった。「あんまり小さい魚を食べるのもなぁ。。もう少し育った魚がいいんだけど」ほどよく育った魚は小さな魚に比べてある一定の距離を持って泳いでいる。無邪気で軽やかな幼い魚とは対照的に動きがしなやかでうまい具合に自分が捕ることのできる範囲を避けていた。動かずにチャンスを待つのは隙をつかないとできない。「だんだん魚がこの囲まれた場所に慣れてきている。慌てていた魚が落ち着き始めた。林が言ってたのはこれだったんだな」魚は素早く目の前を通り過ぎていくので、一つ一つの動きを見ていても追い付かない。気配を感じて隙をつく。それができれば。大塚は目を閉じてしばらく考えることを止めた。視界が暗くなって様々な音が聞こえてくる。川の音、風の音、魚の動く気配。「。。はあ、気持ちがいいなぁ!この自然に囲まれた感じ!!この空気が好きで走ってるのかもしんないけど」毎朝走っていると感じるその日その日の空気。自分が存在していてたくさんの命の呼吸が聞こえる。純粋で本能のままに動く気配を感じるのが大塚は好きだった。両親からの過度な期待とは違う自分をありのまま包み込む優しい空気。外見でも、能力でもない。自分の心にある本質を真っ直ぐ見てくれるような。何も言葉はないのに受け入れてくれるような。受け止めているような。命の営みを見守り育んでいるこの大きな大地、空、自然。その中で体を動かしていると自分もこの大きな世界で生きているのだなと感じる。「一つ一つの命はこんなに小さいのにな。ちゃんと自我がある」自然は自分に何かを強制することはなかった。何かになれとも言わないし、なるなとも言わない。目を開けると視線の先に大きな太陽が燦々と輝いている。下を向いて川を見ても太陽は変わらず水面上で輝いていた。お前ら絶対居心地がいいだろ。近づいてきた小さな魚をからかうように言ってみた。大塚の前で方向を変えて楽しそうに泳いでいる。何かが近づいてくる。ここにいる小さな魚のように軽い感じではなく、ゆったりと尾びれを揺らして少し重い。きっとこの川で大きく育った魚だろうなと大塚は思った。水面の揺らぎ方が違う気がする。(もうちょい、近くに。俺が手を伸ばせる範囲に近づいてこい)なぜ自分のそばに泳いでこようとしているのかわからなかったが、こちらに来る気配がする。魚に迷いはない。すり抜けるつもりだ。自分を避けるコースをあの魚は本能で選んでいる。大塚は身近な魚を目で追いながらその魚の動きを探っていた。魚のリズムが変わった。しなやかな動きがスピードを増してこちらにやって来た。魚が選ぶだろうと思ったラインを大塚は掴んだ。「。。っと!やっと捕れた。すげぇ楽しかったぜ!!」間合いを感じる瞬間や相手の呼吸が伝わってくる瞬間。魚は本能のまま身一本で殉ずる。潔さが美しい。この魚が大塚のそばをすり抜けようとしてくれたことが嬉しくて心が熱くなった。飾らず、揺るがず、真っ直ぐに向かっていく。「お前ってさ、格好いいよ。これから俺たちに食われるから、お前の格好よさって俺にしかわからないけど。俺、お前から教わったこと絶対忘れない。ありがとうな」ピチピチと跳ねる魚に話しかけるなんて変なのかもしれないけれど。こうやって命を頂いて自分は生きているのだなと感じた。自分は一人ではなかった。両親への反発や何もできない無力感で辛かったし、家族から離れたら一人だと思っていたけれど違った。命は繋がっている。意見が食い違って、心が届かなくて、諦めらめ切れない思いもあるがもうそろそろ手放せそうだ。「生きてるって大きいんだな。お前の命もらって明日もきっと生きていく。一人じゃないよな」掴まえた魚を大切に持ちながら川の中の網へ放った。網の中で泳いでいる魚を見送って大塚はまた先程の場所へと戻る。あと1匹、捕りたい。林は焚き火の準備で川から上がっているので三人で捕まえる。顔を上げて二人の様子を見ると神埼は少しフラフラしていて疲れているようだ。緒方は何度も顔を左右に振って魚に話しかけている。講義でもやっているのだろうか。「。。緒方なら、あり得る。やばい!頑張ろうっと」なんとかして魚を捕ろうと川の中を泳ぐ魚を見つめた。太陽が反射して眩しい。先程よりも光が強い気がする。目が疲れてきた。自然と瞼が下がってきて視界がゆっくり閉じていく。腕も疲れているのか重い。まずいなぁと思っていると足も重くなってきた。「あーあ。どうしようかなぁ」力が抜けて脱力感が襲ってくる。意識して疲れを吹き飛ばすこともできたが止めた。体が自分にサインを送ってきている。この状態は慣れないことをして緊張した筋肉の疲れだ。力を入れ過ぎて無理がきている。気づかなかった。「休みたいんだろ?じゃあ休むか。あと一匹捕りたいんだけど、今までの捕り方を変えないとな」自分の体が一番リラックスするのは真っ直ぐ立っている時だった。なぜかはわからないがストレッチをしたりマッサージをしたり。いろんな方法を試したが、結局一番自分に合っているのは普通の直立不動。そのわかりやすさに大塚は笑ってしまった。全体の力を抜くようにゆったりと呼吸を整える。心にあるものをすべて手放して呼吸だけに集中する。今はいつもと違って川の音が近くに聞こえる。時々魚の跳ねる音も聞こえた。何か来るなという予感がする。大塚は静かに下を向いた。キラキラ輝く水面にぼんやりと影が見える。泳いでいる魚の中で遠くからこちらにやってくる影が見えた。(こっちに来る。。もう掴む力はないから、川の外に叩くか)瞬時にそう思い、魚の向かっている方向に従ってその影を叩いた。川の外で元気よく跳ねる魚に気づいた神埼と緒方がはしゃぎながら捕まえている。二人で仲良く話しながら掴めたようでこちらに手を振っていた。大塚は手を大きく振って答えながら、あんな遠くに飛んだんだなぁとぼんやりしていた。適当に叩いたがどこへ飛ばそうとは考えておらず、しまったなと思っていた所だ。「そんなに強く叩いたか?俺、軽く叩いたよな。飛んでったの魚の力だろ?俺じゃねーよ」川の中で自分を見上げていた魚に思わず弁解をする。魚の見る目が少し冷たいのはきっと気のせいだろう。とりあえず魚が捕れてよかった。ほっとしたら疲れがどっと体にのし掛かってきた気がする。大塚は自分を呼んでいる三人の方へとのんびり歩いていった。
皆様、おはようございます(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
眠いですー!春眠。。。流石です。お見それしました!体操でもするかなぁ。。
ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)




