第百九話
石で囲まれた川の中で神埼は目の前を泳いでいる魚をじっと見つめる。スーパーの店長から教えてもらったことを頭の中で何度も繰り返していた。確か店長は魚の心を感じろと言っていて、その意味を必死で考える。魚の心を自分なりに感じてみようとするのだが、どうしても捕まえたい気持ちが溢れてきて逃げる魚に苛立っていた。神埼の心をわかっているかのようにすっと抜けていく。思わず大きく息を吐く。魚にも心があるのだと思う。現に自分を見上げて近づこうとすれば逃げてしまう。心を落ち着かせよう。神埼は一旦空を見上げた。澄みわたるような青空に太陽が堂々と輝いている。足から伝わってくる水の冷たさと顔や腕がじりじりと焼けるような暑さ。体全体で川の空気を感じながら、もう一度神埼は川の水面に向き合った。魚たちはそばを泳いでいて気持ち良さそうだ。「こんなに暑いんだし、水の中は気持ちがいいだろうね。泳ぐの楽しいだろうな」冬の寒い厳しさを乗り越えて温かい春を迎える。泳いでいる魚たちを見ていると嬉しさや泳ぐ喜びを感じているような気がした。いつの間にか抱えていた苛立ちが無くなり、嬉しくなって自然に笑っていた。ここにいる魚たちに出会えたことがとても嬉しくて泳ぐ姿が愛しい。魚たちをじっと見つめる。優雅に泳ぐ様に無理がないのは、川の流れに委ねながらどこか体をしならせ自分の泳ぐ方向を決めているからだろうか。大きな力と生きる場所には逆らわず、自分の行き先はちゃんと主張している。見事だなぁと神埼は思った。数匹で固まって泳ぐ魚と、一匹のみで泳ぐ魚、様々だ。魚にも性格があるのか。魚を捕ることよりも観察することが楽しくなった神埼はしばらく魚を見ていた。「。。?。。」この魚、右に行く。不意にそう思っていると神埼の読み通りその魚は右へと方向を変えた。あれ?と思いながらさらに見続けると今度は別の魚の行き先がわかる。この魚は流れに逆らいながらも自由に泳ぎたいのだろうなと感じた。案の定他の魚とは別方向へと泳いでいく。店長は魚を叩けと言っていた。叩く?魚を川の外へと出せということなのか。試しに神埼は魚が次の瞬間、移動するだろうなと感じる場所を叩いてみた。手が魚に触れる。びっくりして手を引いた。「。。さ、触っちゃった!!」触れた魚の感触を確かめるように手を握ってみる。川の外へと出すためにはもっと強く叩かなければならない。神埼はまた魚を観察し始めた。魚の動きを読めるようになったが、どんなに叩いても触るだけで川の外に出すことはできない。叩く瞬間、もし、読みが外れていたら、という気持ちが過り叩くことをためらってしまう。神埼は大きく息を吐いた。躊躇してしまう理由は、自分の感じた読みを信じられないことだ。迷いが生じて手が鈍くなる。魚を押し出す力も出ず中途半端になって魚に触るだけ。これではいけないと神埼は考えた。迷ったり信じられなかったりするのは、読みが外れることを恐れているからだ。自分が感じたことが外れていることを認めるのが怖い。外れていても読みを信じなければ失敗することはない。結局自分は失敗することを恐れていた。神埼はもう一度大きく息を吐く。「間違えたっていいじゃないか。ちゃんと自分は失敗したんだってわかるんだから。なぜ外したか教えてもらえるんだ。そして何度でも挑戦できる」外れてもいい。自分の読みを信じよう。怖いけれど感じたことを真っ直ぐ信じて全身全霊で叩くんだ。神埼は川の中の魚をじっと見つめた。しばらくしてもこれだ!という読みは感じない。不思議だが全く読めなくなってしまった。長い間見つめて何度も水面を叩いていたので、疲れてしまったのかもしれない。でも神埼は諦めなかった。あのふと魚の動きを感じる瞬間はきっと来る。だからそれまでずっと待っていようと思った。水面を魚が泳いで揺らしている。周りの魚と比べて一回り大きな魚が一匹、目の前を通り過ぎた。神埼はその魚に釘付けになる。なぜか自分の目がその魚から離れない。じっと動きを見つめていた。川の水面が白く輝いている。その場所に今まで見ていた魚が吸い寄せられるように向かっていく。あそこだ!もう迷わない。自分の読みを信じる。白く輝く場所を神埼は真っ直ぐ叩いた。はっとして辺りを見回す。川の近くの石の上で何かがピチピチと跳ねている。不思議に思って川から上がった。林が驚いたように神埼の方にやってくる。「神埼!!凄いな!見てたよ!捕れた魚を網の中に入れようか」林と一緒に元気に跳ねている魚を掴まえた。勢いよく跳ねる魚の力が強くて神埼はなかなか持つことができなかった。林が力強く魚を押さえている。それでも魚は暴れてその手から逃れようと必死だ。あまりの力強さに林は驚いていた。「凄いな!!神埼!!こんな大きな魚、釣りでも捕ったことないよ!この強さ!よく手掴みで捕れたよ。ほら、やっと大人しくなった。網に入れるのもいつもより慎重になるな」林が両手でしっかりと掴んでいる。神埼は網を広げてその魚が放たれるのを見送った。網の中でも元気に跳ねている。魚を捕ることができた。じわじわと実感が湧いてきて嬉しくなった。どうやって捕ったんだ?驚いた顔で尋ねる林に笑いながら伝える。「川が教えてくれたんだ!あと、他の魚たちの動きから学んで。。店長からも教えてもらった!」凄いなぁと嬉しそうに笑いながら神埼の肩をポンポンと優しく叩く。遠くから勢いよく緒方がやってきて、神埼くん!捕ったのですか!?と駆け寄ってきた。網の中でも自由に泳ぎ回る魚を見つけてこれだと伝える。ほー!大きくて元気ですねぇと緒方はその魚の動きを見つめていた。「なんという。。この魚を捕ったのだと思うと素晴らしいです。はあ、嬉しくてため息が出てしまいます。この魚を神埼くんが。。ほお。。」何度も緒方がしみじみと誉めるので神埼は照れてしまう。林と大塚が2匹、緒方と自分が1匹、合計6匹の魚が網の中で泳いでいる。一人2匹くらい食べるのであともう少しだ。神埼は両手を上へ突き上げて大きく背伸びをした。「あと少しか。時間ももうすぐ昼だし焚き火の準備をしておくよ。魚は任せた」穏やかに笑って林は川から上がる。川の近くで集めていた石を持って歩いていった。遠ざかる林を見送って川へと入る。魚を捕っていた大塚が大きく手を振っていた。「魚捕れたのか!?おめでとう!!」優しく笑う大塚に神埼は手を振り返した。緒方は神埼を見つめて、ふふふと嬉しそに笑う。二人のそばを魚たちが泳いでいく。あと2匹だ。「神埼くん。頑張りましょうね。焼いてみんなで食べましょう」穏やかに笑う緒方に大きく頷く。お腹が空いてきた気もするが頑張ろう。神埼は再び川の中の魚に意識を集中させた。
皆様、おはようございます(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
温かくなりましたねぇ。至るところでお花が咲いていて美しいなぁとうっとりしております。春だなぁ。。春ボケです。
ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)




