第百七話
台所である程度準備が終わり、神埼はほっと一息ついた。朝御飯のおかずに卵焼きでも焼こうかなと思っているとピンポーンとインターホンが鳴る。鍵は開けてあるので帰ってきた人物を待っていた。「おはよう。もう朝御飯出来ているのか?早いな」帰ってきたのは林だった。一度家に帰ってシャワーを浴びてきたらしい。そういえば昨日も一旦家に帰って荷物を持ってきた。ここでシャワーを浴びることを遠慮したのかもしれない。林は新聞配達で生計を支えている。気を遣ったのだろう。水臭いなと思った。林は後片付けやご飯の準備など何も言わずに手伝ってくれるが、いつも自分のしたいことを遠慮する。どうすれば林が気兼ねなく自分たちに頼ってくれるかなと神埼はあれこれ考えていた。「林くん。あなたは今、シャワーを浴びることを遠慮しましたね。私にはわかりますよ。林くんは遠慮ペナルティを犯しました。よって、これから私の講義を30分聞いてもらいます」遠慮ペナルティ?神埼は首を傾げた。何だろうと思っていると同じくぼんやりしていた林の腕をぐっと掴んで居間に連れていく。強引に机の前に座らせると緒方はノートを取り出した。パラパラと捲りながら、では注目されているミドリムシの生態と驚異的な生命力を、と呟いている。林は勘づいたようで、げ!!と短い声を上げながら逃げようとする。それに気づいた緒方がむんずと腕を掴んだ。「林くん、遠慮しないで。さあ、ミドリムシの講義です。この話を聞けば私たちに遠慮することがいかに不要であるかがわかると思いますよ。ミドリムシはですね。どんな時でも住みかを探して。。」夢中で緒方が話している。こうなっては長い。林の目が細く薄くなる。体は逃げることを諦めたのかぐったりとしてきて、目の前の緒方をぼんやり見ていた。「あーあ。遠慮ペナルティかー。大変かも。緒方ってああなると動かないし。30分で終わるかなぁ。タイマーかけておこーっと」林は緒方の講義を聞いているのかいないのか。ただ自分たちに遠慮したことは後悔しているようで、緒方に気づかれないようにため息をついている。うんざりとした林の顔を見ながら神埼はこっそり笑った。「ただいまー!川、昨日よりは穏やかだったぞ。って林はまだか?あー、道がぬかるんでて足がいつもより疲れてるな、こりゃ」って!何!?説教!?玄関からのんびりと入ってきた大塚は居間で向かい合っている緒方と林を見つけて驚いている。台所にいた神埼に、どうした?と聞いてきた。神埼は笑ってシャワーのことを話す。なるほどなぁ。。と大塚は呟いている。「林って変な所で遠慮するからな。慣れてないんだろ、頼るの。一人でやってきたって感じだし、それを指摘する人もいなかったしなぁ。緒方ってそういうとこ鋭いから」でも遠慮ペナルティって何だよ。遠慮って日本人の特徴じゃないのか?笑いながら、シャワー借りるわと風呂場へと消えていった。人と距離を取るのは難しい。探りながら確認しながら、少しずつ心地よい距離を見つけていく。ミドリムシを熱く語る緒方と意外に興味を示している林を神埼は穏やかに見守っていた。大塚が風呂場からやって来てマッサージをし始める。緒方と林はいつの間にか話し合っていて、それに自然と大塚も加わっている。なんだかんだと楽しそうな三人に気づかれないように神埼は朝御飯を運ぶ。温かい湯気がたっていて美味しそうだ。そろそろお腹も空いてきた。話に夢中な三人をそばで見ながら、いただきます、と手を合わせる。大塚が気づいた。「おっと!神埼、ありがとう。お前ら朝御飯!ミドリムシはその後だ」朝御飯を食べ終わり食器を台所へと持っていく。神埼は味噌汁をおかわりしてほっと息を吐いた。のんびり味噌汁を味わっている神埼を居間に残して三人は食器を洗っていた。その間にもミドリムシの話は続いている。林くんも緒方の話が好きなんだなぁと神埼は幸せな気持ちになった。大塚の話では川はとても穏やかでよく見ると魚が優雅に泳いでいたという。温かくなって比較的浅い所でも移動してきた魚が増えているのだろう。神埼はわくわくした。「野菜や魚を焼くための串が足りません。スーパーに寄りたいのですが、そこでマシュマロとチーズも買いたいです。他に買うものはありませんか?」串は枝を削って作ってもいいけどな。あるならちゃんとしたものを買った方がいいだろうし。林は荷物の中から彫刻刀を取り出した。美術の授業で使っているものだ。大塚は感心したように見ている。「お前ってほんと逞しいよなぁ。そのうち何でも手作りで作り出しそうだよ」しみじみ言う大塚を林は笑っている。生きてりゃ何とかなんだよ。お前もできるようになるさ。リュックに彫刻刀を入れながら忘れ物がないか確認していた。「川は近くだし、すぐ戻ってこれるから、そんなに過敏になることもないか。受け皿とか用意してるか?」林の問いに他の三人は、はーい!と答えている。川へ行くのが楽しみだ。戸締まりをしてアパートを出る。川への道を四人で歩いていた。思ったよりも早い時間に出発して、神埼がよく行くスーパーが見える。今日は珍しく店の店長がスーパーの入り口で煙草をふかしていた。その姿が様になる。格好いいなぁと思った。「おはようございます。あの、これから魚を捕って焼くのですが、串とかありますか?」こうやって話すのはこれが初めてだ。少し怖かったが思い切って聞いてみた。店に並ぶ商品をよく見ていたが、串は見当たらなかった気がする。聞いた方が早い。恐る恐る見てみると、ふぅと煙を吐き出し立ち上がった。店の奥へと入っていき神埼は慌てて後を追う。店長はさらに奥へと行き、そこは店の裏側のような所なので神埼は入っていいものか迷っていた。「ほれ。これを持っていきな」立派な串だ。鉄製なのか少し重い。手元の部分はゴムのようで弾力がある。10本セットのようだ。これだけあれば大丈夫。ありがたい。すばやく頭を下げながらお礼を言う神埼に店長はぼそっと呟いた。「いいか。魚はこちらが捕まえようとするとその気を感じて逃げようと構える。無心で魚を叩け。捕まえようとせず、魚の心を感じるんだ。そうすりゃ魚の動きを予測できる」いいな。神埼の肩をがっしり掴み励ますように叩いた。驚いて顔を見つめていると、早く行け!と少し乱暴に言い放った。やっぱり好きだなぁと思いながら神埼は心を込めて頭を下げる。嬉しさが顔に出ていたのだろう。店長は少し照れたように煙草をふかしていた。「神埼くん。やっぱり串は無いようですよ。。!?その立派な串はどうしたのですか!?どこにあったのです!?」マシュマロとチーズをカゴに入れた緒方に、内緒と言いながら店内を回る。自然と頬が緩んでいる。自分は上機嫌で笑っているのだろうなと思いなながら店の品物を見ていた。店長は格好いい人だった。嬉しい。気になりますね。と言った緒方だが楽しそうに笑って聞こうとはしなかった。「あとはポテチと。帰りにお肉を買いましょうね。うどんの玉に、林くんは唐揚げが好きだと言ってましたよ」鶏肉も買いましょうか。穏やかに笑ってレジへと向かう。今日もにこやかな店長の奥さんがレジで待っていた。なんだか嬉しい。うん。と笑いながら神埼はいつものように財布を準備した。
皆様、おはようございます(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
出会えた皆様が幸せな気持ちになって元気になるように、温かいものに包まれるように、祈りを込めてこの小説を送り出しております。一日一話、小説を書ける喜びと感謝を込めて。今日も楽しみながらやっていきましょう(*^^*)ではではこれからも素敵な時間をお過ごしくださいね。




