第七話 冒険者という仕事
腹が痛かった。
ものすごく痛かった。
異世界に来て三日目の朝。
俺はベッドの上で目を覚ますなり、自分の腹を押さえていた。
「やばい……」
ゴロゴロと嫌な音がする。
嫌な予感しかしない。
そして嫌な予感は大体当たる。
俺は慌てて部屋を飛び出した。
◇◇◇
数分後。
俺は宿のトイレで現実と向き合っていた。
異世界転移。
ドラゴンとの遭遇。
レベル80の魔物からの逃走。
そんな壮大な出来事の後に待っていたのは腹痛だった。
人生とは分からないものである。
「はぁ……」
どうにか落ち着き、ふと下を見る。
そして固まった。
「うわっ!?」
便槽の中で何かが動いていた。
ぷるぷるしている。
半透明だ。
丸い。
どう見てもスライムだった。
しかも俺が見ている前で、もぞもぞと動いている。
「なにこれ……」
「トイレスライムだよ」
衝立の向こうから声がした。
宿のおばちゃんがいた。
「トイレ……スライム?」
「掃除してくれるんだよ」
「掃除」
「便利だろ?」
確かに便利かもしれない。
便利かもしれないが見たくなかった。
俺はそっと蓋を閉めた。
◇◇◇
結局その日は散々だった。
朝食を食べては腹を下し。
水を飲んでは腹を下し。
寝ては起きてトイレへ走る。
を繰り返した。
宿のおばちゃん曰く、
「この地域の食べ物に慣れてない旅人はたまにこうなるんだよねぇ」
らしい。
どうやら俺はその『たまに』を引いたようだ。
夕方。
腹痛で死にそうになっていた俺の部屋へ宿のおばちゃんが入ってきた。
「ほら」
木のコップを差し出される。
茶色い液体。
見た目は正直飲みたくない。
「なんですかこれ」
「効く薬だよ」
「雑!」
飲む。
苦い。
死ぬほど苦い。
「うげぇ……」
その後、腹痛が少し落ち着いたが、まともに動ける状態ではなかった。
仕方なくもう一泊する。
銀貨4枚と銅貨5枚。
財布から消えていく金。
残金は銀貨11枚。
俺は真剣に焦り始めていた。
「まずいな……」
異世界に来てまだ数日。
このままでは働く前に無一文になる。
◇◇◇
翌朝。
腹はかなり落ち着いていた。
まだ少し不安はあるが、昨日とは比べ物にならない。
俺は宿の食堂で朝食を取っていた。
その時だった。
「おう」
聞き覚えのある声がした。
顔を上げる。
そこにいたのは商人ガレスさんの護衛だった剣士の男だった。
ゲランと呼ばれていた気がする。
一緒にいた槍使いもいる。
「あ」
思わず声が出る。
剣士が笑った。
「腹下し野郎」
「やめてください」
「治ったのか?」
「だいぶマシです」
槍使いの方が黙って木のコップを差し出してきた。
中には茶色い液体。
嫌な予感しかしない。
「なんですか?」
「薬草茶」
初めて声を聞いた。
低くて太い声だった。
「腹に効く」
「ああ、昨日飲ませたやつだ」
剣士が言う。
俺は固まった。
「昨日の?」
「ああ」
「これだったんですか?」
「そうだ」
「先に言ってくださいよ!」
槍使い――ゴッソは不思議そうな顔をした。
「効いただろう」
「効きましたけど!」
なんだこの人。
◇◇◇
朝食を食べながら話しているうちに、自然と今後の話になった。
「で、お前これからどうするんだ?」
剣士が聞く。
「正直まだ何も……」
「金は?」
「銀貨11枚です」
剣士と槍使いが顔を見合わせた。
「思ったよりまずいな」
「まずい」
ゴッソが頷く。
俺もそう思う。
宿代だけでかなり飛ぶ。
働かないと本当にまずい。
「仕事なら冒険者ギルドに行けばいい」
剣士が言った。
「冒険者ギルド?」
「なんだ、知らないのか」
「名前だけなら」
正直ゲームの知識しかない。
ドラゴン討伐とか魔王討伐とか、そういうイメージだ。
「そんな顔するな」
「え?」
「最初は荷物運びだぞ」
「荷物運び」
「掃除とか薬草採取とか」
「急に現実的ですね」
「現実だからな」
ごもっともだった。
◇◇◇
食事を終えた後、二人はギルドまで案内してくれることになった。
町の中心部へ向かう。
人通りが増える。
露店も多い。
「しかしお前」
ゲランが歩きながら言った。
「はい?」
「その敬語やめろ」
「え?」
俺は思わず立ち止まった。
「いや、でも……」
「年もそんな変わらねぇだろ」
「そうかもしれませんけど」
「堅苦しいんだよ」
ゲランは面倒そうに頭を掻く。
「俺そういうの苦手なんだ」
ゴッソも横で頷いた。
「苦手」
「じゃあ……」
俺は少し考える。
「ゲランさん?」
「さんもいらねぇ」
「えぇ……じゃあゲラン」
「それでいい」
やがて大きな建物が見えてきた。
入口の上には剣と盾を交差させた看板。
出入りする人間も多い。
「あれが冒険者ギルドだ」
「おお……」
少しだけ感動した。
異世界といえばやはりこれだろう。
◇◇◇
受付で登録手続きを行う。
名前。
年齢。
出身地。
名前はダイスケとだけ書いた。
どうやら名字があるのは基本的に貴族か、騎士などの家系らしいからだ。
出身地は少し困った。適当に遠くの村ということにしておく。
身分証はないが、ガレスさんの保証とゲランたちの証言で何とか通った。
その後、簡単な説明を受ける。
「冒険者ランクはGから始まります」
受付嬢が説明する。
「上からS、A、B、C、D、E、F、Gです」
なるほど。
分かりやすい。
「護衛依頼を受けられるのは最低でもEランクからですね」
「そんなに難しいんですか?」
「命が掛かりますので」
確かに。
「ちなみに俺はDだ」
隣でゲランが言う。
「おお」
思ったより高い。
「つい最近まで薬草採取してたけどな」
「夢がないですね」
「現実だからな」
またその返しだった。
◇◇◇
登録が終わると、ゲランは依頼掲示板の前へ連れて行ってくれた。
大量の依頼書が貼られている。
討伐。
護衛。
探索。
採集。
色々ある。
だが俺が受けられるのは限られていた。
「これだな」
ゲランが一枚を指差す。
【ヒール草採取】
報酬:1本銅貨1枚
「薬草ですか」
「新人の定番だ」
ゴッソはポーチから一株の草を取り出した。
葉は鮮やかな緑色。
どこにでも生えていそうな見た目だった。
「これがヒール草」
「普通の草にしか見えないな」
「最初はみんなそう言う」
ゲランは笑う。
「これだけ覚えろ」
「一種類だけ?」
「十分だ」
そして少し懐かしそうな顔になった。
「俺も最初はこれだけだった」
「そうなのか?」
「ああ」
ゲランは頭を掻いた。
「間違えて毒草採って三日寝込んだ」
俺は思わず吹き出した。
「参考になる」
「だろ?」
横でゴッソが頷く。
「ゲランは馬鹿だった」
「うるせぇ」
二人のやり取りを見ていると、少しだけ肩の力が抜けた。
異世界に来てからずっと死ぬことばかり考えていた気がする。
でも。
薬草採取なら俺にもできるかもしれない。
「町の周辺に生えてるぞ。採ってこい」
ゴッソがヒール草を俺に渡した。
「最初はそれでいい」
俺は小さく頷いた。
異世界に来て数日。
俺の最初の仕事は、魔王討伐でもドラゴン退治でもない。
薬草採取だった。
だが今は、それが妙にありがたかった。
ゲラン
年齢:26歳
種族:人間
職業:冒険者
身長:182cm
体重:83kg
髪:赤銅色
瞳:琥珀色
利き手:右
武器:ロングソード
愛剣名:ブレイブエッジ※本人が付けた※少し恥ずかしい
趣味:武器屋通い
好きなこと:武器屋店主との雑談
好きな食べ物:肉
嫌いな食べ物:野菜
性格:面倒見がいい兄貴肌、勢いで生きてる
ゴッソ
年齢:25歳
種族:人間
職業:冒険者
身長:194cm
体重:112kg
髪:深緑色
瞳:灰色
利き手:右
武器:戦槍
名称:グランボア
趣味:薬草茶の研究、薬草栽培、乾燥薬草収集
好きな食べ物:薬膳スープ
嫌いな食べ物:特になし
性格:無口、冷静、意外と優しい




