第六話 異世界の金と初めての宿
俺は馬車の荷台に揺られていた。
正確には、乗せられているというより監視されている。
向かいには剣士の護衛。
隣には槍使いの護衛。
逃げるつもりはないのだが、どうにも信用されていないらしい。
まあ当然か。
レベル1。
身元不明。
森から突然現れた怪しい男。
俺でも警戒する。
「町まであとどれくらいですか?」
「もう見える」
ぶっきらぼうな返事だった。
言われて前を見る。
すると確かに見えた。
高い城壁。
大きな門。
その周囲に広がる建物。
ようやく人の住む場所らしい場所だった。
「おお……」
思わず声が漏れる。
異世界に来て初めて見る町。
ゲームや映画でしか見たことのない景色が目の前にあった。
◇◇◇
町の名前はアルトベルクというらしい。
城塞都市と商業都市を兼ねた中規模の町。
門を通る時も少し騒ぎになったが、町まで連れて(連行?)きてくれた商人のガレスさんが一旦保証人になってくれたおかげで無事に入ることができた。
町の中は活気に溢れていた。
石畳の道。
行き交う人々。
露店。
馬車。
鎧姿の男たち。
ローブ姿の女性。
本当に異世界なんだな、と改めて実感する。
「さて」
ガレスが振り返る。
「まずはダイスケ君と言ったね、お金はあるのかい?」
「やっぱり日本円は使えませんよね」
「ニホンエン?」
「こっちの話です」
使えないことは聞かなくても分かる。
俺は財布を取り出した。
ガレスは興味深そうに中身を覗く。
「ほう」
500円玉。
100円玉。
10円玉。
5円玉。
そして紙幣。
「見たことのない貨幣だね」
「俺もそう思います」
「それはおかしいだろう」
ごもっともだった。
◇◇◇
連れて来られたのは質屋だった。
店の奥から現れたのは白髪の老人。
片目に小さなレンズを付けている。
いかにも鑑定士という雰囲気だ。
「これか」
老人は500円玉を手に取った。
じっと眺める。
ひっくり返す。
叩く。
また眺める。
そして眉をひそめた。
「なんだこれは」
「俺も詳しくは」
「聞いておらん」
ですよね。
老人は次々と硬貨を確認していく。
やがて怪訝な表情を浮かべた。
「妙だな」
「何がです?」
「どれも見たことのない合金だ」
ガレスが興味深そうに身を乗り出す。
「そんなに珍しいのか?」
「珍しいどころではない」
老人は500円玉を光にかざした。
「加工精度が異常に高い」
「ほう」
「しかも腐食耐性がある」
「ほう」
俺だけ会話についていけていなかった。
老人はしばらく考え込む。
そして。
「買い取ろう」
「え?」
思わず聞き返した。
「価値があるんですか?」
「通貨としては使えん」
ですよね。
「だが金属としては興味深い」
老人は机の上に硬貨を並べた。
500円玉一枚。
100円玉四枚。
10円玉四枚。
5円玉一枚。
全部で十枚。
しばらく計算した後、老人は言った。
「銀貨20枚」
「え?」
今度はガレスさんが驚いた。
「そんなにかい?」
「未知の合金だからな」
老人は肩をすくめる。
「研究材料としてなら安いくらいだ」
俺は必死に計算する。
銀貨20枚。
価値はまだよく分からない。
だがガレスさんの反応を見る限り、それなりの金額らしい。
「売ります」
即答だった。
◇◇◇
問題は紙幣だった。
老人は一万円札を手に取る。
裏返す。
透かす。
触る。
そして。
「紙だな」
「紙ですね」
「紙だ」
「紙です」
終わった。
完全に終わった。
二万円以上あったはずなのに。
ただの紙になった。
「記念に持っておくといい」
ガレスさんが慰めるように言った。
俺もそう思った。
この世界で唯一、元の世界を証明できるものかもしれない。
財布の中へ戻しておく。
◇◇◇
店を出た後聞いてみた。
「ちなみに銀貨一枚で何ができますか?」
「ふむ、まぁだいたい町人が着ているシャツが1枚だね」
「銀貨以外にもあるのですか?」
「銀貨100枚で金貨だね。銅貨10枚で銀貨。鉄貨10枚で銅貨となる」
分かりやすい。
つまり俺の所持金は二万円ほどだろう。たぶん。
異世界生活の初期資金としては悪くない。
むしろありがたい。
「宿はどうする?」
「泊まります」
即答だった。
昨日ほとんど寝ていない。
もう限界である。
ガレスさんが紹介してくれた宿へ向かう。
木造二階建ての立派な建物だった。
受付で料金を聞く。
「一泊二食付きで銀貨4枚、銅貨5枚だよ」
4500円。
俺は心の中で換算する。
安くはない。
だが安全には代えられない。
「お願いします」
銀貨を支払う。
人生初の異世界宿泊だった。
◇◇◇
夕食は予想以上に豪華だった。
肉の入ったスープ。
黒パン。
焼き野菜。
そして果実酒。
「うまい……」
異世界に来て初めてのまともな食事だった。
空腹もあって感動するほど美味かった。
食事を終えた後、部屋へ戻る。
ベッドに腰を下ろす。
柔らかい。
文明って素晴らしい。
俺はバッグからスマホを取り出した。
画面が光る。
充電は77%。
当然ながら圏外。
写真フォルダを開く。
友人。
会社の同僚。
社員旅行の写真。
そして愛車のバイク。
どれも昨日まで当たり前だったものだ。
指が止まる。
静かな部屋の中で、俺は小さく呟いた。
「……帰れるのかな」
答えてくれる者はいない。
窓の外では異世界の夜が静かに更けていく。
ガレス
種族:人間
職業:ガレス商会会長
年齢:48歳
身長:180cm
体重:105kg
髪:スキンヘッド
瞳:茶
性格:豪快で快活。世話焼き。




