第八話 冒険者の最初の一週間
ギルドを出た俺は、そのまま町の外へ向かった。
門番にギルドカードを見せると、特に問題なく通してもらえた。
町の外は見渡す限りの草原だった。
遠くには森も見える。
だがゲランからは、
「初心者は森に入るな」
と念を押されている。
俺もそのつもりだった。
レベル1で森に入る勇気なんてない。
ブラックグリズロードの顔が頭をよぎる。
二度と思い出したくない。
「さて……」
俺は手元のヒール草を見る。
葉の形。
茎の色。
細かな特徴を確認する。
そして周囲を見回した。
草。
草。
草。
全部草だった。
「分かるかこんなの!」
思わず叫ぶ。
初心者に優しくない。
だが仕事である。
探さなければ飯が食えない。
俺はしゃがみ込み、一株ずつ確認していった。
◇◇◇
1時間後。
「おっ」
ようやく見つけた。
ゴッソからもらったものと同じ形。
同じ葉。
同じ色。
慎重に引き抜く。
ヒール草ゲットだぜ!
◇◇◇
それから数時間。
俺は黙々と草を採り続けた。
途中で何度も間違えそうになった。
似た草も多い。
その度に見本と見比べる。
会社員時代の書類チェックみたいだった。
地味だ。
とても地味だ。
だが嫌いではない。
気付けば太陽が傾き始めていた。
「こんなもんか」
袋の中を見る。
ヒール草がぎっしり詰まっていた。
数えてみる。
40本はある。
初日にしては上出来ではないだろうか。
◇◇◇
夕方。
ギルドへ戻る。
受付嬢が袋の中身を確認した。
「こちらはヒール草ですが……」
別の草を持ち上げる。
「これは違います」
「え?」
「ただの雑草です」
「雑草」
「雑草ですね」
終了。
さらに。
「これは?」
「腹痛草です」
「名前が嫌だ」
「食べるとお腹を下します」
「危なっ!」
ギルドを出た俺は、手の中の銅貨を見つめていた。
銅貨20枚。
銀貨にすれば2枚。
決して大金ではない。
だが。
異世界で初めて自分で稼いだ金だった。
不思議と嬉しい。
「どうだった?」
ギルドの入口近くで待っていたゲランが声を掛けてきた。
俺は報酬の入った革袋を見せた。
「20本採れた」
「お、悪くねぇな」
ゲランが感心したように頷く。
すると受付嬢が後ろから声を掛けてきた。
「正確には20本納品で、雑草が17本、腹痛草が2本混ざっていましたけどね」
受付嬢はにっこり笑う。
全然嬉しくない。
ゴッソが頷く。
「俺も昔腹痛草でやった」
「お前もか」
「3日寝込んだ」
「ゲランのこと言えねぇ」
「若かった」
◇◇◇
翌日。
俺は朝から草原を歩き回った。
昨日よりは見分けがつく。
ヒール草の特徴も少しずつ覚えてきた。
結果は30本。
銀貨3枚。
雑草は混ざっていたが昨日よりずっと少なかった。
その夜。
宿の部屋で財布を確認する。
銀貨9枚。
銅貨数枚。
まだ余裕はない。
だが死にそうな状況ではなくなっていた。
◇◇◇
3日目。
40本。
銀貨4枚。
◇◇◇
4日目。
52本。
銀貨5枚と銅貨2枚。
◇◇◇
5日目。
58本。
銀貨5枚と銅貨8枚。
◇◇◇
6日目。
55本。
銀貨5枚と銅貨5枚。
◇◇◇
7日目。
61本。
銀貨6枚と銅貨1枚。
◇◇◇
気付けば1週間が過ぎていた。
毎日同じことの繰り返しだった。
朝起きる。
飯を食う。
草を探す。
納品する。
宿へ帰る。
寝る。
地味だ。
驚くほど地味だった。
異世界に来たのだから、もっとこう。
魔物を倒したり。
魔法を覚えたり。
伝説の武器を手に入れたり。
そういうイベントがあると思っていた。
現実は草むしりだった。
だが。
不思議と嫌ではなかった。
会社員時代も似たようなものだった気がする。
地味な仕事を積み重ねて給料を貰う。
それを異世界でもやっているだけだ。
違うのは相手が草なことくらいだった。
◇◇◇
さらに1週間後。
俺はギルドのカウンターで報酬を受け取っていた。
革袋の中には銀貨が何枚も入っている。
宿代。
食費。
雑費。
全て差し引いても、最初より金は増えていた。
銀貨17枚。
銅貨数枚。
異世界で初めての貯金である。
「やっと少し余裕が出てきたな」
ゲランが言う。
「そうだな」
気付けば敬語もだいぶ減っていた。
最初の頃は気を使っていたが、ゲランもゴッソもそういうのを嫌がる。
何度も注意されているうちに自然とこうなった。
「そろそろ武器くらい持った方がいいぞ」
ゲランが言った。
「武器?」
「いつまでも素手はまずい」
確かにその通りだった。
俺はまだ何も持っていない。
魔物に襲われたら終わりである。
「初心者なら解体用ナイフだな」
ゴッソが言う。
「銀貨4枚くらいで買える」
「高いな……」
「武器だからな」
ごもっともだった。
俺は少し考えた。
銀貨17枚。
買えないことはない。
むしろ必要経費だろう。
「明日見に行くか」
そう呟いた時だった。
ゲランが何かを思い出したように立ち上がった。
「そういや」
「ん?」
「ちょっと待ってろ」
そう言って宿屋の奥へ消える。
数分後。
戻ってきたゲランは何かを抱えていた。
茶色い革製の防具。
胸当てだった。
「ほれ」
俺の前に投げてよこす。
慌てて受け取る。
「え?」
「おさがりだ」
ゲランは頭を掻いた。
「サイズもそんな変わらねぇだろ」
俺は革の胸当てを見る。
ところどころ傷がある。
新品ではない。
だがしっかり手入れされていた。
「いや、でも」
「使わねぇからやる」
「いいのか?」
「その代わり死ぬなよ」
ゲランは笑った。
「せっかく草採り仲間ができたんだからな」
その言葉に少しだけ胸が熱くなる。
異世界に来て1週間。
ようやく。
本当に少しだけだが。
この世界に居場所ができた気がした。
俺は革の胸当てを抱えながら、小さく頷く。
「ありがとう」
その言葉に、ゲランは照れ臭そうに鼻を鳴らした。
翌日。
俺は人生で初めて、自分の武器を買いに行くことになる。
ヒール草:ポーションの原料




