第四十四話 縁が繋ぐもの
翌朝。
「……参ったな。」
宿を出ると、ガレスさんが荷馬車の前で腕を組んで立っていた。
「どうしたんですか?」
近付いてみると、思わず息を呑む。
「うわ……。」
荷馬車の左側面が大きくへこみ、車輪を支える木材にも亀裂が入っていた。
積み荷は無事のようだが、このままではとても走れそうにない。
「昨夜、酔っ払い同士が喧嘩してね。」
ガレスさんは苦笑いを浮かべる。
「その勢いで馬車に突っ込まれた。」
「えぇ……。」
「目撃者がいたから犯人は分かっている。」
そこへゲランが腕を鳴らした。
「だったら話は早ぇ。」
ニヤリと笑う。
「俺らが連れてくる。」
「行こう。」
ゴッソも静かに頷いた。
「頼めるかい?」
「任せとけ。」
そう言うと二人は男の特徴を聞き、さっさと町の奥へ歩いていく。
「すごい頼もしいですね……。」
リリアがぽつりと呟いた。
「ほんとうにな。」
あの二人なら、犯人の一人や二人、すぐ見つけてボコボコにしてしまう気がする。
ガレスさんはこちらを見る。
「修理はしばらくかかると思う。場合によっては数日この町に滞在する可能性もある。少し町でも見てきたらどうだい?」
「はい。」
俺とリリアは頷いた。
昼間のアーテルは、昨夜とはまるで別の町だった。
もちろん酒場は営業している。
それでも昼間から大騒ぎしている人は少なく、露出の多い女性も夜ほど見掛けない。
「昨日より全然歩きやすいですね。」
リリアがほっとしたように笑う。
「あぁ。昨日は町全体が飲み屋街みたいだったもんな。」
昼間は酔っ払いたちも普通の商人として活動しているみたいだ。
道端には小さな屋台が並び、焼き串や果物、焼き菓子などが売られている。
「わぁ、美味しそうです。」
リリアが串焼きを見つめる。
「食べよっか」
「はい!」
二人で一本ずつ買う。
香辛料の効いた肉は香ばしく、歩きながら食べるにはちょうどいい。
「おいしいです!」
リリアが嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、昨日のような居心地の悪さも少し和らいだ。
市場を歩いても、品揃えはグラータと大きく変わらない。
なんなら少し品ぞろえも悪いぐらい。旅人向けの保存食や酒、革製品が目立つ程度だ。
買うものは昨夜ほとんどゴッソが揃えていたので特に買うこともなくウィンドウショッピングだ。
「アルトベルクより酒が多いですね。」
「町の特色なんだろうな。」
そんな話をしながら歩いていると、一軒の大きな道具屋が目に入った。
「少し見ていきますか?」
「そうだな。」
店へ入ると、棚いっぱいに工具や鍋、ランタン、ロープなどが並んでいた。
職人向けの道具まで置いてある。
「おぉ……。」
棚を眺めていると、奥から声が聞こえた。
「あれ?」
振り返る。
「あっ!」
昨日、ぼったくりだと叫んでいた男性だった。
「昨日の!」
男は笑顔で近付いてきた。
「昨日は本当にありがとう。あなたたちが助けてくれなかったら、財布まで盗られていたかもしれない。」
「いえいえ。」
俺は苦笑する。
「助けたのはゴッソですから。」
「それでもだ。恩に着る。」
男は深々と頭を下げた。
リリアもぺこりと頭を下げ返した。
「怪我はもう大丈夫なんですか?」
「あぁ。」
頬の傷はまだ少し赤いが、昨日よりずっと元気そうだ。
「ところで、今日はどうしたんだい?」
俺は事情を話した。
「実は護衛中なんですけど…。昨夜、酔っ払いが馬車を壊しまして。修理待ちなんです。」
「なるほど。」
男は腕を組んだ。少し考えてから笑う。
「それなら私に任せてもらえないかな?」
「え?」
「自己紹介がまだだったね。」
男は軽く胸へ手を当てた。
「私はジョルジュ。三十八歳。クレアールという町で修理工をしている。」
「修理工?」
「ここから五日ほど王都寄りにある町だ。商人の馬車を修理することもそれなりに多い。
大掛かりな修理は無理だが、程度によっては持っている道具で何とかなると思う。」
「本当ですか!?」
思わず声が大きくなる。
「もちろん。」
ジョルジュは笑った。
「昨日助けてもらったお礼もしたいしね。」
俺たちは急いで宿へ戻った。
「ガレスさん!」
「どうした?」
「修理できる人を見つけました!」
ガレスさんが振り返る。ジョルジュを見るなり目を丸くした。
「…君はジョルジュ君じゃないか!」
今度はジョルジュが驚く番だった。
「え?ガレス商会のガレスさんじゃないですか!?」
二人とも目を見開いている。
「君の工房には何度も助けられているよ!」
ガレスさんが嬉しそうに笑う。
「まさかこんな所で会うとは!」
ジョルジュも笑顔になる。
「こちらこそですよ!ガレス商会の馬車は何台も修理しました!お得意様じゃないですか!
しかも、その護衛に昨日助けてもらって…。いやぁ、縁って不思議ですね。」
俺とリリアは顔を見合わせた。
「知り合いだったんですね。」
「世間って狭いな。」
ジョルジュはすぐ馬車の状態を確認する。
しゃがみ込み、木材を叩き、車輪を回す。
「ふむ。車輪は無事。軸も問題なし。割れた支柱を交換して、側板を補強すれば走れます。」
ガレスさんが身を乗り出す。
「どれぐらいで直りそうだい?」
ジョルジュは笑った。
「これなら夕方まであれば十分です。」
「助かる!」
ガレスさんは大きく息を吐いた。
「ではお願いするよ。」
「任せてください。」
その時だった。
「おーい!」
聞き慣れた声が響く。ゲランだった。その後ろにはゴッソ。
そして二人に両腕を掴まれた男が一人。
顔は青あざだらけ。服も土まみれだった。
「連れてきたぞ。こいつで間違いねぇ。」
ゲランが笑う。男は魂が抜けたような顔をしている。
「もう勘弁してください……。」
どうやらゲランたちにかなり絞られたらしい。
その時、ジョルジュの表情が変わった。
「あっ!!」
男を指差す。
「お前!昨日のぼったくりじゃないか!!」
「ひっ!」
男が肩を震わせる。
「私を騙した店の店員!」
「うわぁ……。」
まさかこんな所で繋がるとは。ゲランも少し驚いた顔をする。
「知り合いか?」
「知り合いじゃない!」
ジョルジュは怒った。
「こいつに粗悪品に法外な金額を払わされたんだ!」
男は完全に青ざめていた。
「す、すみません!返します!全部返しますから!」
財布を取り出し、慌てて金を返していく。ジョルジュは数えて頷いた。
「…確かに。」
ガレスさんも腕を組む。
「さて。次は馬車の修理代だね。」
男は泣きそうな顔になる。
「……はい。」
結局、修理代も全額支払うことになった。
「もう二度と顔見せんなよ!」
ゲランが笑いながら手を振る。
「次やったら本気で殴る。」
男は振り返ることなく走って逃げていった。
「さて。」
ジョルジュは気持ちを切り替えるように手持ちの工具箱を開いた。
「仕事仕事。」
大小様々な工具が整然と並んでいる。
ノコギリ。ノミ。金槌。木槌。金具。縄。
必要な道具を迷いなく取り出していく。
ギコギコ。
カン、カン。
トントン。
傷んだ木材を切り落とし、新しい支柱を削る。
寸法を測り、ぴたりと合わせ、金具で固定する。
無駄な動きが一切ない。
「すごい……。」
思わず見入ってしまう。
魔法じゃない。技術だけで直している。
「職人って、こういう人なんだな……。」
隣でリリアも感心したように頷く。
「薬師と同じですね。長年積み重ねた経験があるから、あんなに迷いなく作業できるんでしょうね。」
確かにそうだ。冒険者だけじゃない。職人にも職人の戦い方がある。
そんなことを考えながら作業を眺めていると、夕日が町を赤く染め始めていた。
「終わりました。」
ジョルジュが額の汗を拭う。
馬車は見違えるほど綺麗になっていた。
「おぉ!」
ガレスさんが嬉しそうに車輪を回す。
「完璧だ!ありがとう!」
俺たちも思わず拍手する。
ジョルジュは照れくさそうに笑った。
「昨日のお礼です。」
そう言って視線をゴッソへ向ける。
「本当に助かりました。ありがとうございました。」
ゴッソは少しだけ目を細めた。
「……いい。困ってた。」
それだけ言って荷物をまとめ始める。
ジョルジュは苦笑しながら頭を下げた。
「彼、いつもあんな感じなんです。」
俺が笑うと、その場のみんなも笑い出した。
人助けをしたから助けられた。そんなつもりで助けたわけじゃないだろう。
それでも、こうして縁は巡ってくる。良いことって、本当に返ってくるものなんだな。
そんなことを思いながら、俺は黙々と荷物を積み直すゴッソの背中を見つめていた。
翌朝。
修理を終えた馬車は朝日に照らされていた。
「よし。」
ガレスさんが満足そうに頷く。
「一日遅れてしまったが無事出発できる。次はクレアール方面だ。」
ジョルジュが笑って手を振る。
「またどこかで。」
「ありがとう!」
俺たちも手を振り返した。
馬車がゆっくりと動き出す。
アーテルを後にし、再び王都への街道へ。
修理工 ジョルジュ
年齢:38
身長:175cm
髪:金髪
瞳:青
髪型:バチっと整った七三
体型:細マッチョ
特徴:大き目の荷物(修理工具)を持ち歩いている




