第四十三話 アーテルの町
アーテルの町へ足を踏み入れた瞬間だった。
「……。」
思わず鼻をひくつかせる。酒臭い。
もちろん町中に酒が撒かれているわけじゃない。
それでも、どこを歩いても酒場から笑い声が聞こえ、昼間から酒瓶を片手に騒いでいる男たちが目に入るせいか、町全体が酒の匂いに包まれているような気がした。
「すごい町ですね……。」
リリアも小さく呟く。
通りには露出の多い女性たちが何人も立っていた。
胸元が大きく開いた服。脚がほとんど見えている服。
通る男へ笑顔を向け、手を振っている。
「お兄さん、遊んでかない?」
「今日は安くしとくよ。」
次々に飛んでくる甘い声。俺は思わず視線を逸らした。
(……旅行で行った東南アジア思い出すな。)
異世界まで来て似たような光景を見るとは思わなかった。
横を見ると、リリアは心なしか俯き気味で歩いている。
できるだけ周りを見ないようにしているのが分かった。
ゲランはというと。
「相変わらず賑やかだなぁ。」
どこか楽しそうだ。完全に慣れている。
一方のゴッソは特に興味がないらしく、いつも通り前だけを見て歩いていた。
俺?俺はまぁ、これはこれで商売なんだろうと思っている。
だから特別どうこう思うことはない。
……ただリリアの手前、なんとなく落ち着かない。
変にはしゃぐのも違う気がする。
◇◇◇
今夜泊まる宿へ到着した。
一階は酒場になっていて、多くの冒険者たちが酒を飲み交わしている。
「今日はここだ。」
ガレスがそう言って荷馬車を止めた。
夕食を済ませると、それぞれ予定を話し始める。
「俺はちょっと町へ行ってくる。」
ゲランはニヤリと笑う。何をしに行くのかは聞かなくても分かった。
「買い出し。」
ゴッソは短く言う。
「保存食。薬草。補充。」
「私は今日は休みます。」
リリアは少し疲れた笑顔を見せた。
「早く寝ようかなって。」
「俺は……。」
少し考える。ゲランについて行く気にはなれない。
部屋にいるのも暇だ。
「ゴッソ、一緒に行っていいか?」
「いい。」
それだけ言って席を立った。
◇◇◇
夜のアーテルは昼以上に賑やかだった。
あちこちの酒場から歌声が聞こえる。
笑い声。怒鳴り声。乾杯の音。
歩いているだけで何人もの女性に声を掛けられる。
「お兄さん。」
「遊んでいかない?」
「朝まで銀貨十枚でいいよ。」
「いや。」
苦笑いしか出ない。そもそも今日は四人同じ部屋だ。
朝まで外で遊んでいたら間違いなくバレる。
「困る。」
ゴッソが真顔で呟く。
「帰れない。」
思わず吹き出した。確かにそうだ。
「どこ行ってたんですか?」なんてリリアに聞かれたら説明できない。
「それ以前にゲランが帰ってくるか分からんけどな。」
二人で苦笑した。
◇◇◇
買い出しを終え、宿へ戻る途中だった。
「ぼったくりじゃないか!!」
男の怒鳴り声が響いた。
少し高そうな服を着た男が、店先で店員と揉めている。
「聞いてた金額と違う!」
「知らねぇよ。」
店の男たちが笑っている。
(うわ……。)
ぼったくりの店か。
ますますこの町に長居したくなくなる。
そのまま通り過ぎようとした。
だが。
ドゴッ!!
殴る音がした。
「おい!」
男が反撃する。あっという間に殴り合いになる。
「治安悪いなぁ……。」
俺が呟いた、その時だった。
いつの間にか男は四人に囲まれていた。
「……四対一か。」
さすがに卑怯だろ。
俺がそう思った時にはゴッソはもう歩き出していた。
「行く。」
「やっぱりか。」
ゴッソって、本当に困っている人を見ると放っておけない。
そこが格好いい。
「おい。」
低い声が響く。四人の男たちが振り返る。
そこには身長一九四センチ、槍を背負った大男が立っていた。
「……。」
誰も動かない。
「消えろ。」
その一言だけだった。
男たちは顔を見合わせると、小さく舌打ちし、そのまま散っていった。
「助かった……。」
男は肩で息をしていた。頬が切れ、口元から血が流れている。
ゴッソは何も言わず袋から薬草を取り出した。
「使え。」
男は少し驚いた顔をしたが、薬草を受け取る。
「……すまん。」
傷へ当てながら苦笑する。
「恩に着る。」
それだけ言うと、男は人混みの中へ消えていった。
「知り合い?」
俺が聞く。
「違う。」
ゴッソは短く答えた。
「困ってた。」
それだけだった。理由なんて、それで十分なんだろう。
俺たちは宿へ戻る。騒がしい町とは対照的に、部屋へ入ると静かだった。
リリアはもう眠っている。ゲランの姿はまだない。
「寝るか。」
「うん。」
明日もまた長い旅が続く。
俺は布団へ潜り込むと、すぐに眠りへ落ちていった。




