第四十二話 街道に潜む魔物
グラータを出発した。
王都へ向かう街道を、今日も荷馬車はゆっくりと進んでいた。
「昨日はゆっくり休めたか?」
荷馬車の横を歩きながらゲランが聞いてくる。
「あぁ、おかげさまで。」
「宿のベッドって偉大ですね。」
俺が笑うと、リリアも頷いた。
「野営も嫌いじゃないですけど、やっぱり布団で寝ると違います。」
「あと何回か宿場町がある。」
ゴッソが短く言う。
「そこまでは頑張れ。」
王都まで残り十一日ほど。
まだ旅は始まったばかりだった。
◇◇◇
グラータを離れると、街道沿いの景色が少しずつ変わってきた。
木々が高くなり、森も深い。
街道自体は整備されているものの、木の枝が頭上を覆う場所も増えてきた。
「この辺りからは上も見ろよ。」
ゲランが何気なく言う。
「上?」
「魔物は地面だけじゃねぇ。」
言われた意味が分かったのは、その数分後だった。
ガサッ!!
頭上で枝が揺れた。
「っ!」
反射的に見上げる。
黒い影。四十センチほどはある巨大な蜘蛛が、糸を垂らしながら真っ直ぐ俺へ落ちてきた。
「うわっ!!」
思わず後ろへ飛び退く。
ザシュッ!!
ほぼ同時にゴッソの槍が蜘蛛を貫いた。
地面へ落ちた蜘蛛は、脚を痙攣させながら動かなくなる。
「……。」
心臓がバクバクしている。
「び、びっくりした……。」
「ははは!」
ゲランが腹を抱えて笑う。
「最初はみんなそうなる!」
「デススパイダー。」
ゴッソが死骸を槍で持ち上げた。
「木の上から落ちる。」
「名前怖っ!」
俺は思わず突っ込む。
「強いのか?」
「弱い。」
ゴッソは首を振った。
「驚くだけ。」
確かに攻撃らしい攻撃をする前に倒されていた。
「ただな。」
ゲランが指を立てる。
「油断してる時に顔面へ落ちてくる。」
「……。」
「だから嫌われてる。」
それは嫌われる。その後も森を歩いていると、二匹ほど木の上から現れた。
今度は慌てず剣で迎え撃ち、落ちてきたところを一刀で仕留める。
「慣れると簡単ですね。」
「慣れればな。」
ゲランが笑った。
◇◇◇
昼前、今度は街道脇の土がモゾモゾと動き始めた。
「止まれ。」
ゴッソが槍を構える。
土を割って現れたのは、三十センチほどある巨大なアリだった。
一匹。
二匹。
三匹。
……十匹。
「うわ、多っ!」
「アイアンアントだ。」
ゲランが剣を抜く。
「外殻が防具の素材になる。」
アリたちはカチカチと顎を鳴らしながら一斉にこちらへ向かってくる。
「気を付けろ!」
ゲランが叫んだ。
「ギ酸飛ばしてくる!」
「ギ酸?」
シュッ!!
黄色っぽい液体が飛んできた。
地面へ落ちた瞬間。
ジュワッ!!
草が一瞬で黒く変色する。
「うわっ!」
「かかると火傷するぜ!」
ゲランの声で慌てて避けた。
「近付かれすぎるな!」
「了解!」
俺は一匹へ斬りかかる。
ガキィン!!
「えっ?」
剣が弾かれた。全然切れない。
「硬っ!」
「外殻狙うな!」
ゲランが叫ぶ。
「関節だ!」
なるほど。
よく見ると脚の付け根だけ色が違う。
俺はそこへ剣を滑り込ませた。
ザシュッ!
脚が切れた。バランスを崩したところへ追撃。
ようやく倒れる。その隣では。
ゴォン!!
リリアのフレイルがアイアンアントを真正面から叩き潰していた。
甲殻がへこみ、そのまま動かなくなる。
「おぉ!」
「リリア!」
ゲランが笑う。
「いい判断だ!切るより潰す!」
「はい!」
リリアも嬉しそうに返事をする。
鈍器相手だと硬い外殻なんて関係ない。
フレイルとの相性は抜群だった。
十分ほどで群れを殲滅する。
外殻は全て回収した。
「高く売れる。」
ゴッソが荷物へ詰め込みながら言う。
「やった。」
思わず笑ってしまう。
◇◇◇
昼食は池のほとりだった。
水を補給しようと近付いた、その時。
バシャァッ!!
巨大な何かが飛び出した。
「今度は何だ!?」
赤黒い甲殻。大きなハサミ。
一メートル近い巨大ザリガニだった。
「ハンタークラブ。」
ゴッソが即答する。
「ザリガニ?」
「まぁ似たようなもんだ。」
ゲランが笑う。巨大なハサミを振り回して襲ってくる。
だが動きは遅い。ゲランが正面から引き付け、俺が横から脚を斬る。
体勢を崩したところへ。
ゴォン!!
リリアのフレイル。
甲羅へ直撃。最後はゴッソの槍が頭を貫いた。
「昼飯追加だ。」
ゲランが笑う。
◇◇◇
焚き火の上でこんがり焼かれたハンタークラブ。
殻を割ると、真っ白な身がぎっしり詰まっていた。
「これ……。」
一口食べる。
「うまっ。」
思わず声が出る。プリプリしている。
完全にエビだった。
「だろ?」
ゲランが笑う。
「酒にも合う。」
「お酒飲めたら最高でしょうね。」
リリアも嬉しそうに頬張っている。
異世界にもこんな美味しいものがいるんだな。
◇◇◇
午後、またアイアンアントの群れと遭遇した。
今度は慌てない。
「関節。」
ゴッソが一言。
「分かってる!」
俺は脚の付け根だけを狙う。
武器扱いLv5のおかげか、自然と急所が目に入る。
ザシュッ!
一撃。
続けて二匹目。
三匹目。
「いいぞ!慣れてきたな!」
ゲランが笑う。
リリアも次々とフレイルで潰していく。
午前よりも短時間で群れを片付けることができた。
◇◇◇
夜。野営地。今日は俺とゴッソが前半の見張りだった。
焚き火の音だけが静かに響く。
カタ……
カタ……
「来る。」
俺は立ち上がる。気配察知が反応していた。
森の奥から現れたのはスケルトンが三体。
「起こす?」
俺が聞くと。
「不要。」
ゴッソは槍を構えた。
「三体だけ。」
「よし。」
俺も剣を抜く。
スケルトンが飛び込んでくる。
一体目。首ではない。膝。
ザンッ!!
姿勢が崩れた。
そのまま頭蓋骨を蹴り飛ばす。
二体目。ゴッソの槍が胸骨を貫く。
三体目。リーチを活かそうと距離を取る。
だがもう急所が分かる。肋骨の隙間。
ザシュッ!!
魔石ごと斬り裂く。ガラガラと骨が崩れ落ちた。
「終わり。」
ゴッソが槍を払う。
「気配察知、便利。」
短い一言だった。
でも少しだけ褒められた気がして嬉しかった。
◇◇◇
翌々日街道を歩き続けること半日。
昼を少し過ぎた頃だった。
「見えてきたぞ。」
ゲランが前を指差す。
丘を越えた先。石壁に囲まれた町が見えてきた。
グラータより少し大きい。だが、どこか雰囲気が違う。
昼間だというのに酒を飲んでいる男たち。
肩を組んで大声で笑う冒険者。
露出の多い服を着た女性たちが通りへ立っている。
「……なんか。」
思わず呟く。
「ずいぶん賑やかですね。」
リリアも少し戸惑っていた。
ゲランが苦笑する。
「ここがアーテルだ。酒と女、それから冒険者の町。」
俺は町を見つめた。
アルトベルクともグラータとも違う。
ここでは、また何か新しい出来事が待っていそうだった。




