第四十話 王都への道
アルトベルクを出発して二日。
旅は驚くほど順調だった。
王都までは片道およそ二週間。
まだ道のりは長いが、天候にも恵まれ、大きなトラブルもない。
「護衛依頼ってもっと大変なんかと思ってた。」
歩きながらそう呟くと、ゲランが笑った。
「何も起きねぇのが一番なんだよ。」
「依頼ってのは成功して当たり前。荷物を無事届ける。それが仕事だ。」
ガレスも荷馬車の御者台から振り返る。
「私としては何も起きない方が助かるよ。」
確かにその通りだ。荷物が無事届く。
それだけで依頼は成功なのだから。
◇◇◇
街道は思っていたよりも広かった。
馬車が二台すれ違えるほどの幅があり、所々に轍が残っている。
商人。旅人。冒険者。
様々な人たちとすれ違う。
「王都へ向かう街道だからな。」
ゲランが周囲を見渡す。
「通る人が多い。だから魔物も寄ってくる。」
ゴッソが短く補足した。なるほど。
人が集まる場所には魔物も集まる。
◇◇◇
昼過ぎ。
「止まれ。」
ゴッソが槍を少し前へ出した。
「ん?」
「前。」
指差した先を見る。道端に石が転がっていた。
……いや。
石?
「なんか変じゃないか?」
よく見ると石にしては妙に細長い。しかも。
「ヘビじゃね?」
「正解。」
ゴッソが頷く。
「ロックバイパー。」
その瞬間だった。
石だと思っていたものが勢いよく飛び掛かってくる。
「シャァァァッ!!」
ヒュン。
ゴッソの槍が一直線に伸びる。
ドスッ。
一撃でロックバイパーは地面へ落ち、そのまま動かなくなった。
「……終わり?」
「終わり。」
あまりにもあっさりだった。
「岩に擬態する魔物なんだ。」
ゲランが死骸を足で転がす。
「ただな。」
「どう見てもヘビなんだよ。」
「やっぱり?」
思わず笑ってしまう。確かに色は岩っぽい。
でも形は完全にヘビだ。
「慣れてない旅人なら騙されることもある。でも冒険者ならまず引っかからねぇ。」
なるほど。経験なんだな。
その後も街道沿いでロックバイパーを何匹か見つけた。
四匹。どれもゴッソが槍一本で仕留めてしまう。
「見た目は硬そう。でも柔らかい。」
槍から魔物を外しながらゴッソが言う。
「見た目だけ石っぽい。中身は普通のヘビ。」
なるほど。だからあんなに簡単に刺さるのか。
◇◇◇
その日の昼食。
焚き火の上で焼かれていたのはロックバイパーだった。
「……食うの?」
思わず聞く。
「食う。」
ゴッソが即答。
「普通ですよ?」
リリアも首を傾げる。
「美味しいぞ。」
ゲランが笑う。
「マジか……。」
恐る恐る一口。
「……。」
「どうだ?」
「鶏肉っぽい。」
「だろ?」
想像していたより癖がない。むしろ普通に美味しい。
「毒は?」
「毒袋取れば平気。」
ゴッソが淡々と説明する。
「栄養ある。」
薬膳好きらしい答えだった。
◇◇◇
午後、今度は気配察知が反応した。
「何か来る。」
俺が呟く。藪が揺れた。
現れたのは。
「犬?」
いや、犬が二本足で歩いている。
「うわ……。」
思わず本音が漏れた。
「犬の二足歩行って、なんかブサイクだな……。」
「コボルトだ。」
ゲランが苦笑する。全部で六匹。
武器は木の棒や錆びた短剣。
「強さは?」
「ゴブリンと同じくらい。」
「じゃあ。」
ゲランが剣を鞘に納める。
「ダイスケ、リリア。任せる。」
「了解!」
俺たちは飛び出した。
「ギャウッ!」
コボルトが飛び掛かってくる。
速さはある。だが、
「遅い!」
剣で受け流す。
ザシュッ!
一体。
その隣ではリリアのフレイルが唸る。
ゴッ!!
「キャンッ!」
一撃で吹き飛ぶ。残る四匹。
群れで囲もうとしてくる。
「そっち任せた!」
「はい!」
息はぴったりだった。俺が前衛。
リリアが側面。気付けば自然と動けている。
「そこ!」
ザンッ!
「えいっ!」
ゴォッ!!
あっという間に最後の一匹も倒れた。
「終わりました!」
リリアが笑顔を見せる。
「だいぶ慣れてきたな。」
ゲランが満足そうに頷く。
◇◇◇
コボルトの魔石や牙を回収していると、ガレスが荷馬車から声を掛けてきた。
「それ、全部買い取るよ。」
「え?」
「護衛中の討伐品は冒険者の取り分だ。町まで持って行けば換金できる。でも今回は私が買おう。荷物にもならないしね。」
「ありがとうございます!」
思わず頭を下げる。
「遠慮するな。」
ゲランが笑う。
「旅じゃこういう小遣い稼ぎも大事なんだ。」
なら遠慮なく。その後も見つけた魔物は積極的に狩った。
◇◇◇
夜、街道脇で野営をする。
荷馬車の近くで火を焚き、交代で見張りをすることになった。
最初は俺とゲラン。
「見張りって何すればいい?」
「耳だ。」
ゲランは焚き火へ薪をくべながら言う。
「夜は目より耳。火を絶やすな。馬の様子も見ろ。異変があったらすぐ全員起こせ。」
なるほど。ただ座っているだけじゃない。
火。音。馬。周囲。
全部を見る仕事なんだ。
「思ったより奥が深いな。」
「まぁな。」
ゲランは笑った。
「そのうち気配だけで分かるようになる。」
◇◇◇
ゴッソとリリアに交代し俺は寝袋へ潜り込む。
朝方目を覚ますと。
「それで乾燥温度が──」
「なるほど。」
「でも薬効が──」
「それなら、こう。」
……まだ喋ってる。
リリアとゴッソだった。
薬草談義で二人とも目が輝いている。
どうやら見張りの合間ずっと薬草談義をしていたらしい。
薬草一つでそこまで盛り上がれるの、本当にすごい。
◇◇◇
翌日、旅は昨日とほとんど変わらなかった。
街道を歩き、魔物を見つければ倒し、休憩を挟み、また歩く。
初日は景色を見る余裕もあった。
森。草原。遠くの山々。全部が新鮮だった。
でも二日目になるとそんな余裕はない。
「……けっこうしんどい。」
思わず本音が漏れる。夜は見張り。
朝は早い。休憩はこまめにある。
それでも基本は歩きっぱなしだ。
「旅ってこんな疲れるんだな……。」
足が痛い。肩も痛い。荷物も重い。
「そのブーツで正解だったな。」
ゲランが俺の足元を見る。
リズの店で買った革のブーツ。
「あぁ。」
思わず頷く。
「あれが無かったら今頃足終わってた。」
少し考える。
「……いや。今でも終わってるんだけど。」
「はははっ!」
ゲランが大笑いした。
リリアもクスクス笑っている。
◇◇◇
日が西へ傾き始めた頃。
「見えてきたぞ。」
ゲランが前を指差した。街道の先。石造りの門。
その向こうには、赤茶色の屋根が並ぶ町並みが見える。
「あれが。」
「グラータだ。」
ガレスが嬉しそうに頷く。
「最初の宿場町だよ。」
この世界に来て、アルトベルク以外で初めて訪れる町。
一体どんな場所なんだろう。少しだけ胸が高鳴った。
第二章、王都編スタートです




