幕間 リリアの物語 「山村の薬師」
リリアの過去のお話です。
リリアが生まれ育った村は、アルトベルクの町から西へ二日ほど歩いた場所にある、小さな山村。
ボスキー村と呼ばれている小さな小さな村だった。
岩山に囲まれた土地。畑にできる作物は多くない。
それでも森には山菜や薬草が生え、父たちは狩りへ出る。
決して豊かではない。でも、みんなで助け合って暮らす温かい村だった。
◇◇◇
「リリアー!」
幼い頃のリリアは、小さな籠を抱えて森を歩いていた。
「また薬草か。」
父が苦笑する。
「うん!」
兄は村のみんなと畑を耕し、父と母は森で狩りをし、生計を立てていた。
妹は両親の真似をしながらおもちゃの弓矢で遊んでいた。
そんな中、一人だけ大きな籠を背負い、小さな草を夢中で集める女の子。
「変わった子だな。」
父はよく笑っていた。
◇◇◇
村長の家には、村長とその奥さんのおばあさんが住んでいた。
村のみんなから「村長のおばあ」と呼ばれている。
薬草にも詳しく、村で薬が必要になれば必ず頼られる存在だった。
「見せてごらん。」
リリアが摘んできた薬草を机へ並べる。
「これは違う。」
一本だけ指でつまむ。
「似てるけど毒草だよ。」
「えっ。」
「葉っぱの裏を見てごらん。」
言われるまま裏返す。
「ほら、少し白いだろ?」
「ほんとだ!」
「薬草はよく見ること。」
「はい!」
それが最初の薬学の授業だった。
◇◇◇
ある日、兄が畑で転び、膝を擦りむいて帰ってきた。
「いてて……。」
血が少し滲んでいる。
リリアは慌てて村長のおばあの家へ走った。
「おばあ!」
「どうしたんだい。」
「お兄ちゃんが!」
事情を聞いたおばあは笑った。
「それくらいなら、自分でやってごらん。」
「えっ、私が?」
「教えただろ?」
リリアは少し考え、小さく頷いた。
教わった通りに薬草を潰し、傷へ貼る。
兄は少し顔をしかめた。
「冷たい……。」
「ご、ごめん。」
「でも気持ちいい。」
「もう痛くないよ。リリアありがとう。」
その"ありがとう"を聞いた瞬間。
リリアは胸の奥がぽかぽかした。
(薬って……すごい。)
誰かの痛みを和らげられる。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
◇◇◇
それからというもの、暇さえあれば森へ入り、薬草を探した。
季節ごとに生える場所が違う。朝だけ咲く花。
雨の日だけ顔を出す草。少しずつ覚えていく。
村長のおばあは、いつも優しく教えてくれた。
「薬草はな。」
「はい。」
「知識だけじゃ駄目。」
「え?」
「実際に見て、触って、匂いを覚えること。」
リリアは何度も頷いた。
◇◇◇
十六歳になる頃には、簡単な傷薬や湿布、風邪薬くらいなら一人でも作れるようになっていた。
「いててて…リリア、傷薬あるかー?」
「も~おじさんまた怪我してー!」
「ガハハハ、すまんすまん!」
「はい、傷薬!無理しないでよね。」
「リリアすまねぇな!ありがとう!」
「リリアー!足を挫いちまった!湿布作ってくれ~」
「すごく腫れてる!ちょっと待ってね……はい!これでよし」
「あいたた…いやぁすまねぇなぁ…」
「今日は安静にしててね。」
「おーいリリア、おっかぁが熱あるみたいなんだ。見てくれねぇか?」
「え、おばさんが?すぐ行く!」
村人たちも自然と頼るようになる。
◇◇◇
だが、村には限界があった。
薬草の種類も少ない。本もほとんど無い。
「もっと知りたい。」
ある日、リリアは村長のおばあへそう言った。
おばあは静かに笑った。
「そう思ったなら。」
本棚から古びた本を一冊取り出す。
「町へ行きなさい。」
「町へ……。」
「世界は広い。薬も、薬草も、もっとたくさんある。
ここで教えられることは、もうほとんど教えた。」
リリアは本を胸に抱いた。
少し寂しかった。でも、胸の中にはそれ以上に大きな期待があった。
◇◇◇
二十歳の春。
父と母。兄と妹。
そして村のみんなに見送られながら小さな山村をあとにした。
「リリア、凄い薬師になってくるんだぞ」
「リリア、気を付けていくのよ」
「無理すんじゃねぇぞ」
「お姉ちゃん、がんばって!」
「うん!行ってくる!」
目指すはアルトベルク。もっと薬を学ぶため。
もっと多くの人を助けられる薬師になるために。
行商のおじさんの荷馬車に揺られ、旅に出る。




