幕間 ゲランとゴッソ(後編)
朝靄が立ち込める街道。荷馬車はゆっくりと王都へ向かって進んでいた。
護衛は俺とゲラン。そして、新人二人。
荷台の後ろではダイスケとリリアが楽しそうに話している。
ゲランは先頭を歩いていた。相変わらずだ。
歩くのが速い。でも。
(……ちゃんと後ろを見てる。)
昔から変わらない。
皆がついていけるぎりぎりの速さ。
速すぎない。遅すぎない。
他人に合わせていることを、本人は絶対に認めないだろう。
だから何も言わない。それでいい。
「おーい!」
ゲランが振り返る。
「ゴッソ今なんか考え事してただろ!」
「……あぁ。」
返事だけする。
昔を思い出していただけだ。
村を出てから十年。
色んな町を歩いた。
色んな依頼を受けた。
護衛。討伐。採集。
失敗もした。冒険者登録をして間もない頃腹痛草も食べた。
三日寝込んだ。今思い出しても恥ずかしい。
「お前ほんと何でも口に入れるよな!」
あの時のゲランは笑い転げていた。
笑いすぎだ。こちらは死ぬかと思ったんだ。
王都。仕事は少なかった。
冒険者は多かった。新人なんて掃いて捨てるほどいた。
依頼を取り合う毎日。稼げない。食えない。眠れない。
そんな生活だった。
「ここじゃ無理だな。」
ゲランが言った。
「別の町行くぞ。」
俺は頷いた。どこでも良かった。
ゲランが行くなら俺も行く。
町を転々とした。小さな村。鉱山町。港町。
色んな場所へ行った。
そして十八歳。アルトベルクへ来た。
「ここ、いい町だな。」
ゲランが言った。
森が近い。依頼が多い。新人も育つ。
何より冒険者が生きやすい。俺もそう思った。
ここを拠点にしよう。二人で決めた。
そこでガルドと出会った。剣の腕が異常に強い男。
ゲランは嬉しそうだった。
「教えてくれ!」
毎日通った。殴られて。転ばされて。立ち上がって。
また殴られて。楽しそうだった。
俺は槍だったからガルドから教わることは少なかった。
たまたま同じ時間、槍の講習があったから俺はそちらで修行した。
横で見ていた。ゲランはどんどん強くなった。
俺も負けたくなかった。だから槍を振った。
毎日。
毎日。
毎日。
ゲランが二十二歳の時。
俺たちはCランクになった。
「よっしゃあああ!!」
町中に聞こえるくらい叫んでいた。
少し恥ずかしかった。でも嬉しかった。
俺も同じ気持ちだった。
Cランク。
ようやく一人前。
村で夢を語っていた子供が少しだけ夢に近付いた日だった。
Bランクも見えてきた頃だった。
護衛依頼。森。
見慣れない男がいた。
変な服。見たことない靴。
武器もない。レベル1。
(怪しい。)
ゲランもそう思ったらしい。
でも悪人には見えなかった。
「とりあえず町へ連れて行こう。」
依頼主がそう言った。俺たちは雇われているだけだ。
依頼主に従う。それだけだった。
「町まであとどれくらいですか?」
「もう見える」
いつも通り、普通に答えた。
もしかしたら初対面ではぶっきらぼうに見えたかもしれないな。
あまり会話は得意じゃない。何を話していいのかわからない。
ゲランとは余裕で意思疎通できるんだが…
アルトベルクでいつもと同じ宿に戻る。
偶然か?あいつも俺たちと同じ宿だった。
ガレス氏が紹介したらしい。
(面倒見ることになる。)
そんな気がした。
予感は当たる。
最初は何もできなかった。
剣も。魔法も。知識も。
全部ゼロ。普通なら一か月もしないうちに辞める。
そう思っていた。
でも辞めなかった。
毎日草原で採取する。帰ってくる。
また草原へ行く。また次の日も、その次の日も。
少しずつ。本当に少しずつ。
強くなっていった。
ある日。スケルトンを一人で倒したと聞いた。
驚いた。早い。成長が早すぎる。
「才能か?」
ゲランは言った。
俺は違うと思った。努力だ。
毎日積み重ねた結果。それだけだ。
だんだんと距離が近付いていく感じがした。
リリアも同じだった。
最初は不安そうな顔をしていた。
でも薬草の話になると止まらない。
目が輝く。知識を吸収する。覚える。試す。
失敗する。また覚える。あれは伸びる。
教える側は楽しい。久しぶりだった。
誰かに知識を伝えるのは。
先日、リリアがレベル10になった。
嬉しそうだった。王都へ行ける。その笑顔を見て。
少しだけ昔を思い出した。
十年前。
俺とゲランも同じ顔をしていた。
「おーい!」
ゲランが振り返る。
「そろそろ休憩するぞ!」
「…あぁ。」
荷馬車も止まる。
ダイスケとリリアが降りてくる。
「ゴッソさん!」
リリアが駆け寄る。
「昨日教えてもらった薬草なんですけど!」
もう質問だ。元気だな。少し笑ってしまう。
「あとで。」
「はい!」
素直だ。教えがいがある。その様子を見ていたゲランが笑う。
「お前、完全に師匠じゃねぇか。」
「……違う。」
「違わねぇよ。」
違う。俺は師匠なんかじゃない。
知ってることを教えただけ。それだけだ。
でも悪い気はしなかった。ゲランが空を見上げる。
「あと十日くらいか。」
王都。久しぶりだ。
「ダイスケ。」
「はい?」
「王都は広い。」
「楽しみだよ。」
「リリア。」
「はい!」
「迷子になるなよ。」
「なりません!」
「そうだといいが。」
「なりませんって!」
笑い声が街道へ響く。平和だ。
こういう依頼も悪くない。
(……少し楽しみだ。)
王都へ着いた時。あの二人がどんな顔をするのか。
きっと驚く。きっと目を輝かせる。
十年前の俺たちみたいに。
俺は少しだけ口元を緩めた。
ゲランは気付いて笑った。
「お、笑った。」
「……笑ってない。」
「いや笑った。」
「笑ってない。」
「リリアー!ゴッソ笑ったぞー!」
「えぇ!?ほんとですか!?」
「……。」
違う。笑ってない。
……たぶん。




