幕間 ゲランとゴッソ(前編)
ゲランとゴッソの過去のお話です
朝日が昇る。村の入口で一人の少年が大声を張り上げた。
「おい!ゴッソ!早く来いよ!」
俺は慌てて家を飛び出す。
「うん……。」
ゲランはもう村の外へ歩き始めていた。
昔からそうだ。あいつはいつも前を歩く。
でも、不思議と置いていかれたことは一度もない。
俺が走れば追い付ける。
歩けば少しだけ待ってくれる。
あいつは何も言わない。
たぶん無意識なんだろう。
子供の頃からずっとそうだった。
俺にとってゲランは兄貴みたいな存在だった。
◇◇◇
俺たちの故郷はアルバという村だ。
王都から東へ二週間ほど。
森を切り開いて作られた小さな開拓村。
朝日が最初に差し込むことから、『日の出の村』なんて呼ばれている。
俺たちの親はどちらも開拓者だった。
王都から移住してきた平民。
毎日畑を耕し、森を切り開き、少しずつ村を広げていく。
そんな生活だった。
ゲランは三人兄弟の末っ子。俺は五人兄弟の次男。
どちらも家を継ぐ立場じゃない。
だから小さい頃から自由だった。
……自由と言っても、農作業が終わってからだけど。
◇◇◇
「おらぁ!!」
木剣が飛んでくる。
痛い。すごく痛い。俺は転がる。
「また俺の勝ちだな!」
ゲランは笑う。
ゲランは十歳。俺は九歳。
一歳しか違わない。
なのに全然勝てなかった。
「もっと来いよ!」
「……無理。」
速い。力も強い。俺が振る前に叩かれる。
村の子供たちは最初こそみんな集まって遊んでいた。
十人。
八人。
六人。
四人。
少しずつ減っていった。
「ゲラン強すぎるって。」
「勝てねぇよ。」
「帰ろうぜ。」
そんな声を何度も聞いた。
気付けば残ったのは俺だけだった。
……悔しかった。
負けるのは嫌だった。だから俺は毎日来た。
◇◇◇
ある日の事だった。
鍬に使っていた持ち手部分の長い木の棒を拾った。
「何だそれ?」
「これ。」
木剣じゃ届かない。なら長ければいい。
単純な発想だった。
「ずるくね?」
「ゲランが強すぎる。」
ゲランは少し考えてから笑った。
「よし!」
ゲランももっと長い枝を探し始めた。
でも。
「これじゃ剣じゃねぇな。」
結局ゲランは木剣。
俺は長い棒。その日初めて互角だった。
「やるじゃねぇか!」
ゲランは嬉しそうだった。
俺も嬉しかった。
そこから俺は棒ばかり振るようになった。
やがて棒は槍へ。
ゲランはずっと剣。
今思えばあの日が全部の始まりだった。
◇◇◇
それから毎日。朝は畑。昼も畑。
夕方になれば村外れの広場。
日が沈むまで打ち合い。
次の日も。また次の日も。飽きることなく。
「もっと速く!まだまだ!」
ゲランは何度倒れても立たせてくれた。
俺も何度負けても向かっていった。
負けるのは悔しい。でもゲランと剣を交える時間は好きだった。
◇◇◇
十五歳になった頃にはもう村で俺たちに勝てる人はいなかった。
村長ですら笑って言う。
「お前たちは村一番だ。」
でもゲランは首を振る。
「違う。そんなもんじゃねぇ」
木剣を肩へ担ぐ。
「俺は世界一になるぜ?」
世界。そんなもの考えたこともなかった。
でも、ゲランが言うならきっとそうなるんだ。
「俺、冒険者になる。」
真っ直ぐ前を見る。
「一番強い冒険者になって名前を残す。」
俺は少し考えて。
「……俺も。」
そう答えた。
理由なんて簡単だった。
ゲランが行くなら俺も行く。
ただそれだけだった。
◇◇◇
十六歳。
ゲランは家族へ旅立ちを告げた。
「行ってくる!」
父親は笑って送り出した。
「好きにやれ!」
母親は少し泣いていた。
俺の家も似たようなものだった。
「次男なんだから好きにしな。」
父はそう言って笑った。
母だけは最後まで泣いていた。
兄弟たちは羨ましそうに荷物を覗いていた。
村のみんなが見送ってくれた。
「絶対有名になれよ!」
「王都で頑張れ!」
「帰ってきたら武勇伝聞かせろ!」
ゲランは大きく手を振る。
「任せろ!!」
朝日が昇る。
アルバ村の門を出る。
俺は一度だけ振り返った。
小さな村。畑。家。
毎日木剣を振っていた広場。
全部少しずつ遠くなる。
でも不思議と寂しくはなかった。
前にはゲランがいる。
その背中を追い掛ければいい。
子供の頃からずっとそうしてきた。
これからも、きっと変わらない。
そう思っていた。




