第四話 ドラゴンは意外と暇だった
ダイスケは固まっていた。
目の前にはドラゴン。
本物のドラゴン。
映画やゲームの中でしか見たことがない伝説の存在が、今まさに自分を見下ろしている。
しかも喋った。
普通に喋った。
どう考えても人生最大の非常事態である。
「えっと……」
『なんじゃ』
「食べたりしない?」
『何をじゃ』
「俺を」
ドラゴンは数秒沈黙した。
そして大きなため息を吐いた。
『儂はそこまで節操のない生き物ではない』
「そうなんだ……」
『そもそも人間など骨ばかりで美味くない』
「そうなんだ!?」
知りたくない情報だった。
ドラゴンはゆっくりと身体を起こした。
その瞬間、周囲の木々が大きく揺れる。
改めてその巨体を見て、大介は圧倒された。
大きい。
とにかく大きい。
大型のダンプカーより大きいのではないかと思うほどだ。
『さて』
黄金色の瞳が俺を見つめる。
『まずは名を聞こうか』
「安本大介です」
『ダイスケか』
「はい」
『ふむ』
ドラゴンは頷いた。
『儂の名はヴァルグラム』
なんだかとても強そうな名前だった。
というか絶対強い。
ブラックグリズロードが見ただけで逃げ出したくらいだ。
『してダイスケよ』
「はい」
『お主、なぜ空から降ってきたのじゃ?』
「それ俺も聞きたい」
思わず即答した。
ヴァルグラムが首を傾げる。
俺は今日あった事を説明した。
社員旅行。
バンジージャンプ。
ロープ切断。
落下。
気が付けば異世界。
ヴァルグラムは黙って聞いていた。
最後まで聞き終えると、
『なるほど』
とだけ言った。
「信じるの?」
『儂は三千年以上生きておる』
「三千年!?」
『もっと妙な話をいくらでも聞いた』
妙な話扱いだった。
少し納得がいかない。
『異界人というわけか』
「異界人?」
『別世界から来た者のことじゃ』
「そんなのいるのか?」
『たまにおる』
意外だった。
もっと特別な存在かと思っていた。
『百年に一人くらいかの』
「全然たまにじゃないな」
十分レアだった。
ヴァルグラムは鼻を鳴らした。
『儂の感覚では昨日みたいなものじゃ』
「寿命長い人の感覚こわいな」
するとヴァルグラムは少し楽しそうに笑った。
『面白いのう、お主』
「そう?」
『儂を見ても逃げん』
「逃げたら追いかける?」
『追わん』
「じゃあ逃げる理由ないだろ」
『なるほど』
何故か感心された。
その後もしばらく話が続いた。
というより。
ほとんどヴァルグラムが話していた。
昔の戦争。
古代王国。
滅んだ種族。
伝説の勇者。
途中から気付いた。
このドラゴン。
ものすごく喋る。
『その頃の人間は面白くての』
『城を浮かせたりしておった』
『空を飛ぶ船もあった』
『月まで行こうとして失敗した馬鹿もおったな』
「待って」
『なんじゃ』
「情報量が多い」
『そうか?』
しかも話が長い。
非常に長い。
それでも退屈ではなかった。
俺にとっては異世界のことを知る貴重な機会だったからだ。
「そういえば人間の街ってどこにあるんだ?」
『ふむ』
ヴァルグラムは少し考えた。
『街道へ出れば西へ数時間ほどじゃな』
「近いな」
『うむ』
自信満々だった。
だがなぜか嫌な予感がする。
「ちなみにいつ頃の情報?」
『千五百年ほど前じゃな』
「古い!」
思わず叫んだ。
ヴァルグラムは不思議そうな顔をする。
『そんなに昔でもなかろう』
「十分昔だよ!」
時間感覚が壊れていた。
完全に壊れていた。
『まあ大体あの辺りじゃ』
「大丈夫かなぁ……」
不安しかない。
するとヴァルグラムは少し考え込んだ。
やがて立ち上がる。
『仕方あるまい』
「?」
『街道まで連れて行ってやろう』
「え?」
『迷われても面倒じゃ』
ありがたすぎる申し出だった。
何度も頭を下げた。
こうして一人と一頭は森を歩き始めた。
巨大な足跡。
魔物の痕跡。
見たこともない植物。
全てが新鮮だった。
そして数時間後。
森が途切れた。
その先には一本の大きな街道が伸びていた。
馬車の轍も見える。
間違いない。
人が利用している道だ。
「本当にあった……」
『あったじゃろう』
ヴァルグラムは得意げだった。
たぶん偶然だ。
『この道を西へ行けば町があるはずじゃ』
「その情報は何年前?」
『三百年くらいかの』
「微妙!」
少し新しくなっただけだった。
だがヴァルグラムなりに気を遣ってくれたのだろう。
そう思うことにした。
改めて頭を下げる。
「助かったよ。本当に」
『うむ』
ドラゴンは静かに頷いた。
しばらく沈黙が流れる。
やがてヴァルグラムが口を開いた。
『久しぶりじゃった』
「何が?」
『誰かと話すのがじゃ』
少し驚いた。
三千年生きる竜。
最強の存在。
孤高の生き物。
そんなイメージがあった。
だが実際は。
少し寂しそうな老人だった。
『また暇になったら来るがよい』
黄金の瞳が細められる。
『話し相手くらいにはなってやろう』
俺は笑った。
「その時はまた昔話を聞かせてくれ」
『うむ』
ヴァルグラムは満足そうに頷く。
『もっとも、人間はすぐ死ぬ』
「縁起でもないこと言うな」
『事実じゃ』
最後までこんな調子だった。
俺は苦笑しながら街道へ向かう。
やがて振り返ると。
そこにはもうドラゴンの姿はなかった。
巨大な翼が空の彼方へ消えていくのが見えただけだった。
異世界に来て最初に出会った存在。
それが伝説のドラゴンだったことを。
俺はきっと、一生忘れないだろう。
古龍ヴァルグラム
種族:ドラゴン
二つ名:『眠りの古龍』『大地の守護竜』
年齢:3000歳くらい(本人申告)
実年齢:約5000歳
レベル:測定不能
趣味:昼寝




