第三十六話 油断の代償
本を買った日から、一週間が過ぎた。
来る日も来る日も森へ入る。
ゴブリンを見つけては狩り。オークを見つけては狩り。
ジャイアント・ビーを見つけては羽を落とし、素材を回収する。
フォレストウルフを見つけては連携して倒す。
見つけては狩り。狩ってはまた探す。
そんな日々だった。
◇◇◇
「リリア、おめでとう。」
森を歩きながら俺は言った。
「ありがとうございます!」
リリアは満面の笑みを浮かべる。
リリアはレベル8になった。鈍器術がLv2へ上昇。
そして新しく覚えたスキルがある。
索敵Lv1。
「前より魔物を見つけるの早くなったよな。」
「なんとなくですけど、あっちにいるって分かるんです。」
リリアが森の奥を指差す。
数秒後。茂みからゴブリンが現れた。
なんとなく魔物がいる方向が感じ取れるスキルらしい。
採取と似たようなものか?気配察知とどう違うんだろうか…?
精度は低いが、それでも十分便利だった。
「ほんとだ。」
「えへへ。」
少し得意そうだった。
完全に前衛戦士の成長ルートを歩いている気がする。
薬学を勉強したいって言ってたのに、不思議なもんだ。
◇◇◇
「ダイスケさんももうすぐレベル10じゃないですか?」
歩きながらリリアが聞いてくる。
「たぶんな。」
ここ最近の討伐数を考えると、そろそろ上がってもおかしくない。
レベル10。王都へ行く条件。冒険者として一人前の入口。そこまであと少し。
そう思うと自然と足取りも軽くなる。
◇◇◇
気が付けば、いつもより森の奥まで来ていた。
「少し深く入り過ぎたな。」
周囲を見回す。見慣れない木々。少し空気も重い。
「今日はこの辺で戻るか。」
「そうですね。」
リリアも頷く。その時だった。
ガサッ。
茂みが揺れたと思った次の瞬間。
現れたのは見覚えのある巨体だった。
二メートルを超える身長。
灰色の肌。異様な筋肉。赤い目。
「オーガ…」
思わず声が漏れる。
以前ゲランとゴッソと三人で倒した魔物。
あの時は本当に死ぬかと思った。
だが。
「…あれ?」
少し違和感があった。
「小さい…?」
以前の個体より一回りほど小さい。
もちろん十分大きい。それでも、あの時の絶望感は無い。
俺は隣を見る。リリアもオーガを見ていた。
「…やってみるか?」
「二人で…ですか?」
「あぁ。」
少し考える。そしてリリアは頷いた。
「やりましょう。」
その目に迷いは無かった。
◇◇◇
まずは俺が前へ出る。投げナイフを抜く。
「いくぞ!」
ヒュッ!
ドスッ!
ナイフが肩へ突き刺さる。
「ガァァァァァッ!!」
オーガが怒号を上げた。
そして
ドドドドドドドッ!!
全力疾走。速い。デカいくせに速い。
「来るぞ!」
振り下ろされる拳。
ギィィン!!
剣で受け流す。
重い。だが受けられる。
その瞬間。
「えいっ!」
ゴッ!!
リリアのフレイルが膝へ直撃する。
「ガァッ!」
体勢が崩れる。
「今だ!」
ザシュッ!!
剣を振り下ろす。
確かな手応え。オーガの血が舞う。オーガが後退した。
「いける!」
思わず口に出る。以前とは違う。戦えている。ちゃんと戦えている。
◇◇◇
その後も戦いは続いた。
俺が前へ出る。攻撃を受け流す。隙を作る。
リリアが叩く。俺が斬る。連携は完璧だった。
オーガの身体には少しずつ傷が増えていく。
被弾も無い。危なげも無い。
俺たちは確実に勝っていた。
パーティとしてまとまってきた。
そう思った。
きっと。
油断していたんだと思う。
◇◇◇
「そこだ!」
剣を振り下ろす。オーガが大きくよろけた。
勝てる。そう思った瞬間。
ブンッ!!
「えっ?」
体勢を崩しながら放たれた回し蹴り。避けられない。
ドゴォッ!!
腹へ直撃した。
「ガハッ!!」
身体が浮く。景色が回る。次の瞬間。
ズドォン!!
背中から大木へ叩き付けられた。
肺の空気が全部抜ける。
息が出来ない。吸えない。苦しい。身体が動かない。
ぼやける視界の向こう、オーガが近付いてくる。
大きな足を持ち上げる。踏み潰す気だ。
まずい。
動け。
動け。
動け。
動かない。
その時だった。
「ダイスケさん!!」
ゴッッ!!
リリアのフレイルがオーガの後頭部へ叩き込まれる。
「ガァァァァァッ!!」
オーガが怒りの咆哮を上げる。
その隙に。
大きく息を吸う。
肺が動く。呼吸が戻る。
立てる。まだ戦える。
俺は立ち上がった。
そして。
リリアへ向き直ったオーガの背中へ。
ザシュッ!!
全力で剣を叩き込む。
「ガァァァッ!!」
深く入った。
オーガが振り返る。腕を振り回す。
それを剣で受ける。ガントレットで逸らす。
またリリアが後ろから殴る。俺が斬る。
また殴る。また斬る。何度も何度も。
◇◇◇
体感では一時間くらい戦っていた気がする。
もちろん実際はもっと短いんだろう。
それでも永遠みたいに長かった。
そして…
ドォン……
ついにオーガが前へ倒れる。
動かない。
「…勝った。」
思わずその場へ座り込む。
リリアも地面へへたり込んだ。
「はぁ…。」
「はぁ…。」
二人ともしばらく動けなかった。
◇◇◇
我に返る。休む暇は無い。急いで解体を始める。
血の匂いは他の魔物を呼ぶ。素材を回収する。
魔石。牙。爪。使えそうな部位を素早く剥ぎ取る。
そして荷物を持って森の入口近くまで移動した。
ようやく一息つく。腹を押さえる。痛い。たぶん痣になってる。
「大丈夫ですか?」
リリアが心配そうに覗き込む。
「たぶんな。」
苦笑する。久しぶりに怪我をした。
最近は順調だった。戦いにも慣れてきた。
強くなったと思っていた。
でも違った。
慣れは油断を生む。油断は死を呼ぶ。
今日の相手がもっと強いオーガだったら。
あの一撃が頭だったら。
今頃俺は死んでいたかもしれない。
「…まだまだだな。」
小さく呟く。
リリアも静かに頷いた。森は優しくない。
少し強くなったくらいじゃ許してくれない。
それを改めて思い知らされた一日だった。
【ステータス】
名前:リリア
レベル:8
スキル:採取 Lv3、解体 Lv4、鈍器術 Lv2、索敵 Lv1
筋力:20
敏捷:42
体力:23
魔力:28
精神:51
運:54




