第三十五話 王都への道
武器屋リズを出た俺たちは、そのまま中央通りを歩いていた。
リリアの肩には、新しく買った革のショルダーバッグ。
腰には採取用の小さなナイフ。
「似合ってるな。」
「ほんとですか?」
リリアが嬉しそうにバッグを撫でる。
「リズさんも良いもの勧めてくれたな。」
「はい!」
嬉しそうに頷く。
その顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。
「次はどこ行くんだ?」
「本屋さんです。」
「本屋?」
「はい。探してる本があるんです。」
◇◇◇
やって来たのは中央広場近くの本屋だった。
木製の看板には『知恵の灯火亭』と書かれている。
店の中へ入ると、紙と革の匂いが鼻をくすぐった。
「わぁ……。」
リリアの目が輝く。どうやら本屋は好きらしい。
棚を見て回る。薬草図鑑。魔物大全。簡単な治療法をまとめた入門書などなど…
地域の名産だとか世界の食事なんて本もある。ちょっと気になる。
初級・中級魔法の本とかめっちゃ気になる。これ欲しいな…
10分ほど店内を物色し、リリアの求める本を探してみたが、目当てのものは見つからない。
「あれ……。」
リリアが首を傾げる。
「無いのか?」
「おかしいですね……。」
棚を何度も見直す。それでも見つからない。
しばらくして、リリアは意を決したように店主へ声を掛けた。
「あの、すみません。」
「はいはい。」
白髪混じりの老人が顔を上げる。
「王都の医師、セドリック・グロリア先生の薬学書を探しているんですが……。」
その瞬間、店主の眉が少しだけ上がった。
「お嬢さん、薬学を勉強してるのかい?」
「はい!」
リリアが力強く頷く。店主は嬉しそうに笑った。
「なら、あの本を探すのも分かる。」
「ありますか!?」
「あぁ。ただし普通の棚には置いてない。」
店主はカウンターの奥へ向かう。
鍵付きの棚を開け、一冊の分厚い本を取り出した。
濃い緑色の表紙。金色の文字。
『セドリック・グロリア著 薬学概論』
「おぉ……。」
思わず声が漏れる。本というより辞典。かなり重そうだ。
リリアは宝物を見るような目で本を見つめていた。
「貴重な本なんですか?」
俺が尋ねる。
「あぁ。」
店主は頷いた。
「セドリック・グロリア先生は王都でも指折りの医師だ。薬学の世界じゃ知らない者はいない。
弟子も大勢いるし、今でも毎週勉強会を開いておられる。」
「勉強会ですか?」
リリアが目を輝かせる。
「あぁ。薬学に興味がある者なら誰でも参加できる。身分も関係ない。
薬師見習いも、冒険者も、治療師も参加しているそうだ。」
リリアは完全に聞き入っていた。
「すごい……。一度、行ってみたいです……。」
ぽつりと呟く。夢を見るような声だった。
「王都か。」
俺も少し考える。
「実は今度、知り合いに連れて行ってもらう予定なんだ。」
「えっ!?」
リリアが勢いよく振り向く。
「王都へ行くんですか!?」
「あぁ。」
「この町で冒険者を始めてからずっと世話になってる連中がいてね。
今度行く時は声を掛けるって言われてる。」
リリアの瞳がさらに輝いた。
「わ、私も行きたいです!」
「ただな。」
俺は苦笑する。
「条件があるんだ。」
「条件…ですか?」
「最低でもレベル10以上。王都までの道中は危険らしくってさ。
自分の身を守れるくらいじゃないと連れて行けないって言われてね。」
リリアの表情が少し曇る。
「レベル……10……。」
現在のリリアはまだLv7そこまで届いていない。
しばらく黙る。そして。
「頑張ります!」
顔を上げた。目が燃えていた。
「私、絶対レベル10になります!」
「お、おう。」
思ったより気合いが入っている。
「セドリック先生の勉強会、絶対参加したいんです!」
なるほど。夢の力ってやつだな。
俺は少し笑った。
「じゃあ頑張らないとな。」
「はい!」
そしてリリアは迷うことなく財布を開いた。
「この本ください。」
「銀貨三十枚だがいいのかい?」
「はい。」
即答だった。
店主が少し驚いた顔をする。
「欲しいんです。勉強したいんです。」
その声に迷いは無かった。店主は嬉しそうに頷く。
「大事にしなさい。」
「はい!」
大切そうに本を抱き締める。
その姿は、まるで宝物を手に入れた子供みたいだった。
◇◇◇
店を出る。
「宿に置いてきます!」
「重そうだしな。」
「それと。」
リリアが振り返る。
「午後から狩りに行きませんか?」
「今日休みじゃなかったっけ?」
「レベル10にならないといけないので!」
なるほど。そういうことか。
「……やる気だな。」
「はい!」
満面の笑みだった。
どうやら王都への道は、思ったより強力な目標になったらしい。
俺は苦笑しながら頷いた。
「分かった分かった。半日だけな。」
「やったー!」
リリアは嬉しそうに拳を握った。
たぶん今日の狩りはいつもと少し違うことになる。
そんな予感がしていた。
◇◇◇
宿へ戻り、本を部屋へ置いて出てきたリリアは
さっきまで以上にやる気に満ちた顔をしていた。
「行きましょう!」
「お、おう。」
さっきまで買い物を楽しんでいた人と同一人物とは思えない。
◇◇◇
いつもの森に来た。道中もいつも以上に早歩き、というかほぼマラソンだった。
「今日は軽くな。」
「はい!」
返事がとても元気だ。
その元気さはすぐに別の形でも発揮されることになる。
「ゴブリンです!」
茂みの向こうにいた一匹のゴブリン。
俺が投げナイフを構えるより早く、
「えいっ!」
ブンッ!!
リリアのフレイルが唸りを上げた。
ゴッ!!
「ギャッ!?」
頭へ直撃。ゴブリンが倒れる。
「……。」
「あっ、次います!」
早い。とにかく早い。
二匹目。
ゴッ!!
三匹目。
ゴシャッ!!
四匹目。
ドゴッ!!
「リリア無双だ……。」
思わず呟く。
「レベル10にならないとですから!」
振り向いたリリアの目は真剣そのものだった。
完全にやる気スイッチが入っている。
◇◇◇
途中、オークを見つけた時もそうだった。
「ダイスケさん!行きます!」
「待て待て待て!」
リリアが突撃する。慌てて俺も追い掛ける。
ガキィィン!!
オークの棍棒を受け止める。その横から…
ゴッ!!
フレイルが顔面へ直撃した。
「ブモォッ!?」
怯んだ隙に俺が剣を叩き込む。討伐完了。
「やったぁ!」
「いやいやいや。」
思わず笑ってしまう。
「今日はなんかいつもより強くないか?」
「気のせいです!」
いや。絶対気のせいじゃない。
目標ができた人間って強いんだな。
前世でも見たことがある。
資格試験。昇進試験。受験。
目標を見つけた人間は驚くほど成長が早い。
今のリリアもきっとそうなんだろう。
◇◇◇
気付けば太陽は西へ傾いていた。
「今日はこのくらいにするか。」
「はい!」
リリアは満足そうに頷く。
今日だけでゴブリンを8匹。
ホーンラビットを3匹。
オークを2匹。
ジャイアント・ビーを2匹。
半日としては十分すぎる成果だった。
「レベル10まであとどれくらいなんだろうな。」
俺が呟く。するとリリアは拳を握った。
「明日も頑張ります!」
「おう。」
「絶対に王都へ行って、セドリック先生の勉強会へ参加します!」
その目は真っ直ぐ前を見ていた。夢を見つけた人間の目だ。
俺は少し笑う。
王都。俺にとっては冒険の次の舞台。
リリアにとっては夢へ近付くための場所。
どうやら俺たちの次の目標は、同じ方向を向いたみたいだ。




