第三十三話 投げナイフの実戦
翌朝、宿の扉を開けるといつものようにリリアが待っていた。
「お、おはようございます……。」
「おはよう。」
……様子がおかしい。
いつもなら元気いっぱい手を振るのに、今日は目も合わせようとしない。
「どうした?」
「あ、あの……。」
リリアは耳まで真っ赤になり、深々と頭を下げた。
「昨日はご迷惑をお掛けしました!」
「あぁ、気にしないでいいよ。ちなみに覚えてる?」
「え…えと…お肉が美味しかったぐらいしか…」
「途中で寝たのは?」
「…………。」
数秒固まる。
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
町中に響くくらい大きな声だった。
「ほ、本当にですか!?」
「本当。」
「私、お酒飲んで寝ちゃったんですか!?」
「しかも部屋まで運んだ。」
「…………。」
リリアは顔を両手で覆った。
「もうお嫁に行けません……。」
「いや、それは大丈夫だと思う。」
「うぅ……。」
肩を落として落ち込んでいる。
その姿が少し面白くて、思わず笑ってしまった。
「笑わないでください~!」
「悪い悪い。」
そんなやり取りをしながらギルドへ向かう。
昨日より少しだけ距離が縮まった気がした。
◇◇◇
依頼を受け、森へ入る。
今日は町の近くではなく、いつもの狩場だ。
「今日はゴブリンから試してみよう。」
「投げナイフですね!」
昨日は小型の魔物ばかりだった。
今日は実戦だ。
茂みの奥。1匹のゴブリンが木の実を拾っていた。
俺は一本目のナイフを抜く。
「いくぞ。」
ヒュッ!
ドスッ!
ナイフが肩へ突き刺さる。
「ギギィッ!!」
ゴブリンは悲鳴を上げるが倒れはしない。
だが、その目が真っ直ぐ俺を捉えた。
「ギャアア!」
棍棒を振り上げて一直線に突っ込んでくる。
「やっぱり一撃じゃ無理か。」
剣を抜く。
ガキィン!
棍棒を受け流す。
その瞬間。
「えいっ!」
ゴッ!
リリアのフレイルがゴブリンの頭へ叩き込まれた。
「ギッ!」
首筋へ剣を走らせる。
ゴブリンはそのまま倒れた。
「なるほど。牽制には十分だな。」
リリアも嬉しそうに笑う。
「最初にダイスケさんへ向いてくれるので、すごく戦いやすいです!」
「これなら連携しやすいな。」
新しい武器の使い道が、一つ見えてきた。
◇◇◇
その後も何匹かのゴブリンを相手に試してみる。
足。肩。腕。どこかしらに当たれば怯む。
外しても注意はこちらへ向く。
ダメージは小さいが十分使える。
「よし。」
次はオークだ。
少し歩くと、木の根元で何かを食べているオークを見つけた。
「今度はあいつだ。」
「大丈夫ですか?」
「試すだけ試すだけ。」
距離を測る。
ヒュッ!
ドスッ!
ナイフが肩へ突き刺さる。
「ブモッ!」
オークが眉をしかめた。
「効いたか?」
そう思った瞬間だった。
「ブモオオオオォォォッ!!」
ものすごい怒号が森へ響く。
ドドドドドドドッ!!
「うわっ!」
一直線にこちらへ突進してきた。
「めちゃくちゃ怒ってる!」
慌てて横へ飛び退く。
ズドォン!!
棍棒が地面を砕く。
土が大きく跳ね上がった。
「全然止まらないな!」
「でも!」
リリアが叫ぶ。
「ちゃんとダイスケさんを狙ってます!」
見ると、オークの視線は完全に俺だけを見ていた。
「なるほど。」
剣を構え、棍棒を受け止める。
ガキィィン!
重い。でも耐えられる。
「えいっ!」
ゴッ!!
リリアのフレイルが横腹へ炸裂した。
「ブモォッ!」
オークが体勢を崩す。
「今だ!」
「はい!」
二人で一気に攻め込み、オークを討伐した。
「威力は全然足りないな。でも怒らせるなら十分だ。」
俺は刺さったままのナイフを抜く。
「怒り方がすごかったですね……。」
リリアが苦笑した。
「うん。ちょっと怖かった。」
二人で顔を見合わせて笑う。
◇◇◇
その日の最後。
森の奥から、聞き覚えのある音が響いた。
ブブブ……
「来ました。」
リリアが空を見上げる。
俺も見上げる。
「ジャイアント・ビー。」
前回とは違う。今は対策がある。
「リリア。」
「はい!」
蜂が一直線に急降下してくる。ギリギリまで引き付ける。
「そこだ!」
ヒュッ!
投げナイフが一直線に飛ぶ。
ガスッ!
右の羽を貫いた。
「ギィッ!」
羽が裂ける。
飛ぶ手段を失ったジャイアント・ビーは、そのまま地面へ墜落した。
「よし!」
駆け寄る。
ザシュッ!
一撃。
討伐完了だった。
リリアが目を輝かせる。
「すごいです!」
「素材も無事だ。」
針も。大顎も。
前回のように焼け焦げてはいない。
「これなら安心して狩れますね!」
「ああ。」
投げナイフ。想像以上に使い勝手が良かった。
俺は少しだけ口元を緩める。
……その時だった。
少し離れた木の枝に、もう1匹のジャイアント・ビーを見つける。
「もう1匹いた。」
「いけますね!」
「その羽、撃ちぬいてやる!」
俺は笑いながらナイフを構えた。
二匹目。
今度も羽を落として討伐。
「これなら完全に戦法として使えるな。」
サクっと素材を回収しながら森の奥へ進んだ。
◇◇◇
「もう四匹目です。」
リリアが嬉しそうに袋を揺らす。
中ではジャイアント・ビーの針と大顎がぶつかり合い、カチャカチャと音を立てていた。
「前回は全部焦がしちゃったからな。」
「今日は取り返せましたね!」
「あぁ。」
魔石も素材も無傷。
ギルドへ持っていけば、それなりの金額になるはずだ。
しばらく歩くと、また羽音が聞こえた。
ブブブブ……
「またいた。」
「今日、多いですね。」
木々の間を飛ぶジャイアント・ビー。
もう慌てない。俺は腰から投げナイフを抜いた。
「いくぞ。」
蜂が急降下する。
ヒュッ!
ドスッ!
ナイフが羽を貫く。
「ギィッ!」
バランスを失った巨体が地面へ落ちる。
「今!」
「はい!」
俺が剣を振り下ろし、リリアがフレイルを構える。
戦闘は数秒で終わった。
「……慣れると楽だな。」
「ですね!」
リリアも笑顔で頷く。
その後もジャイアント・ビーを見つけるたびに同じ戦法で討伐していった。
五匹目。
六匹目。
七匹目。
革袋はどんどん重くなる。
「今日も結構稼げそうですね!」
「針だけでも結構高かったよな。」
「はい!」
リリアは嬉しそうに指を折って数え始めた。
「針が七本、大顎も七つです!」
「今日は大当たりだな。」
自然と笑みがこぼれる。
前回の失敗が嘘みたいだった。
さらに十分ほど歩いた頃。
「またいました!」
リリアが上を指差す。
枝の上にまた1匹。
「今日最後にするか。」
「はい!」
俺は一本の投げナイフを取り出した。
距離は少し遠い。だが、今なら届く気がした。
「せいっ!」
ヒュッ!
一直線に飛ぶ。
――しかし。
スカッ。
「……あ。」
わずかに逸れた。
ナイフはジャイアント・ビーの横を通り抜け、
ズゴッ!
勢いよく木の幹へ突き刺さった。
「外したか。」
そう思った、その時だった。
ミシ……
小さく木が揺れる。
「?」
リリアが首を傾げる。
ブブ……
どこからか羽音が聞こえた。
ブブブ……
音は一つじゃない。
ブブブブブ……
木の幹に開いた穴の奥から、次々と羽音が重なっていく。
俺は嫌な予感がした。
「……リリア。」
「はい?」
「あの木…もしかして…」
「え?」
ブワァァァァッ!!
次の瞬間。
木の幹の穴から、ジャイアント・ビーが一斉に飛び出した。
一匹。
二匹。
三匹。
まだ出てくる。
五匹。
七匹。
十匹。
いや、まだだ。
「うそ……。」
リリアの顔が青ざめる。
「巣だ!!!やっちまった!!!」
十匹を超えるジャイアント・ビーが、一斉にこちらへ向きを変えた。
赤黒い複眼が俺達を捉える。
ブブブブブブブブ!!
「逃げるぞ!!」
「はいっ!!」
俺達は全力で駆け出した。
後ろからものすごい羽音が迫ってくる。
速い。
「追いつかれます!」
リリアが叫ぶ。
振り返る。
もう十メートルもない。
「くそっ!」
このままじゃ刺される。
俺は走りながら右手へ魔力を集めた。
狙うのは蜂じゃない。俺達の少し後ろ。
「ファイアボール!」
放たれた炎は地面へ激突し、爆炎が吹き上がる。
ドゴォォォォン!!
土と炎が混ざり合い、巨大な火柱が森の中へ立ち上った。
熱風が背中を押す。突然の炎に、ジャイアント・ビーの群れが一瞬だけ散った。
「今だ!」
「はい!」
その隙を逃さず、二人は全力で走る。
枝をかき分け、草を踏みしめ、ひたすら森の出口を目指した。
やがて木々が途切れ、見慣れた草原が広がる。
森を抜けた。
二人ともその場へへたり込む。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
しばらく息もできなかった。
ようやく呼吸が落ち着き、俺は森の方を見る。
ジャイアント・ビー達は森の入口付近まで来ると、それ以上は追って来ず、旋回しながら巣の方へ戻っていった。
「……助かった。」
「死ぬかと思いましたぁ……。」
リリアは地面へ大の字になったまま苦笑する。
俺も思わず笑ってしまう。
「今日は稼げたけど……。」
腰の革袋を軽く叩く。中では針と大顎が音を立てた。
「最後にでかい授業料を払った気分だ。」
「授業料?」
「うまくいってる時ほど、調子に乗るなってこと。」
そう呟くと、リリアはくすっと笑った。
「次からは、ちゃんと木も確認しましょうね。」
「あぁ。」
俺も苦笑しながら頷いた。
――森には、まだ知らない危険がいくらでもある。
それを改めて思い知らされた一日だった。




