第三十二話 リリアの夢
町の中心通りにある食堂は、夕方になると多くの冒険者で賑わう。
木の扉を開けると、香ばしく焼けた肉の匂いが鼻をくすぐった。
「いらっしゃい!空いてる席どうぞー!」
威勢のいい店員の声が飛ぶ。
俺達は窓際の二人席へ腰を下ろした。
「わぁ……。」
リリアが店内をきょろきょろ見回している。
「こういうお店、初めて?」
「い、いえ!」
慌てて首を振る。
「入ったことはあります。」
「でも……。」
少し恥ずかしそうに笑う。
「こうやって誰かと食べるのは、ほとんどなくて。」
「そうなんだ。」
俺も冒険者になってからは、一人飯ばかりだった。
だから少しだけ気持ちは分かる。
店員が水を持ってくる。
「注文決まりました?」
「おすすめって何ですか?」
俺が聞くと、店員は笑顔で答えた。
「今日はオーク肉の香草焼きですね!」
「じゃあそれ二つ。」
「あ、それとエールも二つお願いします!」
リリアが元気よく注文する。
「飲めるの?」
「もちろんです!」
胸を張るリリア。
少しだけ嫌な予感がした。
◇◇◇
しばらくすると料理が運ばれてきた。
こんがり焼けたオーク肉。
香草の香りが食欲をそそる。
焼き野菜に黒パン。
そして木製ジョッキになみなみと注がれたエール。
「すごい……おいしそう……」
リリアが目を輝かせる。
「今日は遠慮しなくていい。」
「ありがとうございます!」
ジョッキを持つ。
「じゃあ。」
「フォレストブレス結成と。」
俺は少し考える。
「これからの無事を願って。乾杯!」
「乾杯!」
カチン、と木のジョッキが軽く鳴った。
俺は一口。よく冷えていて美味い。
向かいを見る。
「ぷはぁ!」
リリアが一気に飲んでいた。
「美味しいです!」
「そんな勢いで飲んで大丈夫か?」
「へいきれす!」
……もう噛んだ。
「大丈夫そうには見えないけど。」
「だいじょうぶです!」
頬がほんのり赤い。
いや。
もう結構赤い。
「弱いのか?」
「そんなことないれす。」
言えてない。
◇◇◇
料理を食べ始める。
「美味しい!」
リリアは幸せそうに頬張る。
見ているだけでこっちまで嬉しくなる食べっぷりだ。
「そんなに肉好きなんだ。」
「はい!」
即答だった。
「村ではお肉って貴重だったので。」
「そうなの?」
「お父さんが狩りで獲ってきた時くらいしか食べられませんでした。」
そう言って懐かしそうに笑う。
「リリアの村ってどんなところなんだ?」
その一言で、リリアの箸が少し止まった。
「私の村ですか……。」
ジョッキを両手で持ちながら、小さく笑う。
「この町から西へ二日くらい歩いたところにある、小さな山村です。」
「山村?」
「はい。」
「岩山が多い場所なんですけど、森もあって。」
「村のみんなで畑を耕したり、狩りをしたり。」
「本当に小さな村なんです。」
その表情は、どこか嬉しそうだった。
「お父さんとお母さんは狩人です。」
「お兄ちゃんは村の開墾を手伝っていて。」
「妹は今、お父さんの後ろを付いて狩りを覚えてます。」
「へぇ。」
家族仲が良さそうだ。
「私は小さい頃から薬草を集めるのが好きで。」
「村長のおばあが薬学を教えてくれたんです。」
「薬学?」
「はい。」
リリアは嬉しそうに頷く。
「傷薬も、解毒薬も。熱を下げる薬も。全部、おばあが教えてくれました。だから今でも薬を作れるんです。」
なるほど。
採取Lv3。薬草学Lv4。
あれは独学じゃなかったんだ。
ちゃんと師匠がいたんだな。
「でも。」
リリアの声が少し小さくなる。
ジョッキへ目を落とした。
「村だと教えてもらえることにも限界があって。もっと薬学を勉強したくなったんです。
もっとたくさんの薬を作って。もっと、たくさんの人を助けられるようになりたくて。」
その言葉には、迷いがなかった。
夢。
きっと、それなんだろう。
だから一人で村を出て、この町まで来た。
まだ若いのに。家族と離れて。夢を叶えるために。
俺は少しだけ、リリアを見直していた。
リリアは、照れくさそうに笑った。
夢を語るその笑顔は、いつもの柔らかな笑顔とは少し違って見えた。
「だから、この町へ来たんです。」
「家族は反対しなかったのか?」
俺が尋ねると、リリアはゆっくり首を横に振る。
「最初は心配されました。でも、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも妹もみんな、『頑張ってこい』って送り出してくれました。」
「そうか。」
いい家族なんだな。
俺は少し羨ましくなった。
「だから。」
リリアはジョッキを見つめながら、小さく呟く。
「早く一人前になって、いっぱい勉強して、村のみんなに恩返ししたいんです。」
「……。」
「なのに。」
その声が急に小さくなる。
「私、全然ダメで……。」
ぽつり、と零した。
「ドジですし…頭も良くないですし…覚えるのも遅いですし……。この町へ来てからも失敗ばっかりで。」
少し笑おうとした。でも笑えなかった。
「薬草を間違えて採って怒られたり。依頼で転んで怒られたり。魔物から逃げてばっかりで。私……。」
少しだけ目が潤む。
「ちゃんと成長できてるのかなって。」
エール一杯。
それだけで、本音が出てしまったらしい。
俺は少し昔のことを思い出していた。
会社へ入ったばかりの頃、何をやっても怒られた。
失敗ばかりだった。自分だけ仕事が遅い。
周りに迷惑ばかり掛けている。
そんなことばかり考えていた。
だけど、ある先輩に言われた言葉がある。
『一人で全部できる奴なんていない。』
『周りを頼れ。』
『助けてもらえるのも才能だ。』
あの言葉に、どれだけ救われたか。
「リリア。」
「はい……。」
「一人で全部やろうとしてないか?」
リリアはきょとんとした顔で俺を見る。
「苦手なことは、誰にだってある。俺にもある。だから。」
俺はゆっくり笑う。
「足りないところは、助けてもらえばいい。俺だって、リリアに何度助けられたか分からない。」
薬草もそうだし。ジャイアント・ビーの時だって。あの魔物のことを知ってたのはリリアだ。
採取だって俺よりずっと上手い。でも剣は俺の方が得意だ。だから、それでいい。」
リリアは静かに聞いていた。
「一人で頑張るんじゃなくて、足りないところを補い合えばいい。俺を頼ってくれていい。」
少し照れくさい。
でも、これはちゃんと言葉にしておきたかった。
「俺も、リリアを頼る。パーティなんだからな。」
返事はない。
「……リリア?」
見ると。
「すぅ……。」
小さな寝息が聞こえた。
「……。」
寝てる。
「おいおい。」
思わず苦笑する。
「一番聞いてほしかったところなんだけど。」
肩を軽く揺らす。
「リリア。」
「……すぅ。」
起きない。完全に寝てしまっていた。
「弱すぎだろ。」
思わず笑ってしまう。
◇◇◇
店を出る。夜風が火照った身体に心地いい。
「さて。」
店員さんに手伝ってもらってリリアを背中へ背負う。
「よっと。」
「ん……。」
背中で小さく身じろぎする。
「……お母さん。」
寝言だった。思わず笑ってしまう。
「村、帰りたいのか。」
返事はない。静かな寝息だけが聞こえていた。
石畳をゆっくり歩く。昼間は賑やかな町も、夜になるとずいぶん静かだ。
虫の声だけが聞こえる。
やがてリリアが泊まる宿へ着いた。
扉を開けると、女将さんがこちらを見て目を丸くした。
「あらまぁ。飲ませちゃったの?」
「いやぁ…。」
俺は苦笑する。
「エール一杯だけなんですけど。」
「あぁ。」
女将さんは納得したように笑った。
「この子、お酒弱いのよ。」
「やっぱり。」
「果実酒を少し飲んだだけで寝ちゃうんだから。」
「それは弱いですね。」
「部屋までお願いできる?」
「もちろん。」
二階へ上がり、部屋の扉を開ける。ベッドへそっと寝かせた。
「……。」
穏やかな寝顔だった。
昼間とは違う。年相応の、まだ幼さの残る寝顔。
掛け布団を肩まで掛ける。
「おやすみ。」
小さく呟き、部屋を出た。
◇◇◇
帰り道。
夜空を見上げる。
蒼い月が静かに町を照らしていた。
この世界へ来て、もう2か月以上。
一人で戦って。一人で悩んで。一人で飯を食べてきた。
でも今は違う。隣には、頼れる仲間がいる。
少しドジで、よく転んで、酒にも弱くて。
それでも誰かを助けたいという夢を、本気で追い掛けている女の子。
――いい仲間に出会えた。
自然と笑みが浮かぶ。
その夢を叶えるためにも。
俺ももっと強くならないとな。
夜風を受けながら、俺はゆっくりと自分の宿へ向かって歩き出した。




