第三十一話 投げナイフの実力
朝の澄んだ空気の中、宿の扉を開ける。
「おはようございます!」
いつものようにリリアが宿の前で手を振っていた。
「おはよう。待たせた?」
「いえ、私も今来たところです!」
……いや、たぶん嘘だ。
リリアは毎回俺より先に来ている。
たぶん十分くらい前には着いているんだろう。
律儀というか真面目というか。
そういうところもリリアらしい。
「今日はどうします?」
ギルドへ向かって歩きながらリリアが尋ねる。
俺は腰に付けた新しいナイフホルダーを軽く叩いた。
「昨日買った投げナイフを試したい。」
「あっ、ジャイアント・ビーですか?」
「いや…」
俺は首を横に振る。
「いきなり本番は危ない。当たらなかったら困るからな。」
「なるほど!」
リリアは納得したように頷いた。
「まずは町の近くで試そう。」
「ホーンラビットならちょうどいいですね。」
「そういうこと。」
町周辺なら危険も少ない。何かあっても逃げられる。
新しい武器を試すにはちょうどいい場所だ。
◇◇◇
ギルドで簡単な討伐依頼を受け、町の外へ出る。
草原には朝露が残り、ひんやりとした風が吹いていた。
「いました。」
リリアが小さく声を上げる。
少し先。草を食べているホーンラビットが一匹。
まだこちらには気付いていない。
俺はそっと一本目の投げナイフを抜いた。
昨日教わったことを思い出す。
回転させようとしない。真っ直ぐ押し出す。狙いを定める。
「……。」
ヒュッ。
ナイフが一直線に飛ぶ。
しかし。
ピョンッ!
ホーンラビットが跳ねた。
ドスッ。
ナイフは地面へ突き刺さる。
「外したか。」
「惜しかったです!」
惜しいと言われても外れは外れだ。
ホーンラビットは驚いて逃げていく。
「一本目だからな。」
自分に言い聞かせるように呟く。
まだ始まったばかりだ。
◇◇◇
二匹目。
ヒュッ。
カスッ。
「うーん。」
耳をかすめただけ。
三匹目。
ヒュッ。
ドスッ。
「よし!」
今度は肩口へ命中。ホーンラビットが体勢を崩す。
俺はすぐに駆け寄り剣で止めを刺した。
「当たりましたね!」
「一本じゃ倒せないけどな。」
「でもちゃんと当たりました!」
リリアは自分のことのように嬉しそうだった。
その笑顔を見ると、俺まで少し嬉しくなる。
◇◇◇
その後もホーンラビットを見付ける度に投げナイフを投げ続けた。
四匹目。
外れ。
五匹目。
命中。
六匹目。
外れたと思った瞬間、足にかすり、動きが鈍る。
そこへ二本目。
ドスッ。
「おぉ。」
思わず声が漏れる。
「今のはすごかったです!」
「たまたまだよ。」
「いえ!ちゃんと狙ってました!」
少し照れる。
確かに最初よりは当たるようになってきた。
十匹ほど狙う頃には、外す方が少なくなっていた。
もちろん百発百中とはいかない。
それでも四回投げれば三回くらいは当たる。
昨日よりずっと感覚が掴めてきた。
「すごいです!」
リリアが素直に拍手する。
「もう普通に当ててます!」
「普通ってほどじゃないよ。」
「でも最初と全然違います!」
そう言われると悪い気はしない。
「やっぱりガルド先生の言う通りです。」
「ん?」
「ダイスケさん、本当に剣より才能あるのかもしれませんね!」
「……それ複雑だな。」
「あっ!」
リリアは慌てて両手を振った。
「ご、ごめんなさい!悪気はなかったんです!」
「分かってる。」
思わず笑ってしまう。
「でもやっぱり複雑だ。」
「えへへ……。」
リリアもつられて笑った。
◇◇◇
「ダイスケさん!マイコニドです!」
今度はリリアが茂みを指差す。
キノコ型の魔物がゆっくり歩いている。
「試してみるか。」
距離は十メートルほど。
ヒュッ。
ドスッ。
ナイフが胴体へ刺さる。
マイコニドはふらつき、その場へ倒れた。
「……。」
「……。」
「近付かなくていいな。」
「楽ですね。」
俺達は顔を見合わせる。
今までなら近付いて剣で斬っていた相手だ。
でも投げナイフなら、安全な距離から倒せる。
「便利だな。」
思わず本音が漏れた。
その後も角ネズミを見付ければ投げナイフ。
ホーンラビットも投げナイフ。
近付く前に一匹倒せるだけで、戦いはずいぶん楽になる。
もちろん外すこともある。それでも新しい武器として十分使える手応えを感じていた。
一方その頃。
「あっ。」
リリアがしゃがみ込む。
「どうした?」
「ヒール草です。」
嬉しそうに一本摘み取る。
少し歩く。
「あっ!」
「また?」
「今度はポイズンリーフです!」
さらに歩く。
「あっ!」
「……またか。」
「解毒草です!」
どんどん見付ける。採取Lv3と薬草学Lv4。
その二つを持つリリアにとって、この辺りは宝の山らしい。
「今日は当たりですね。」
籠の中は薬草でいっぱいだった。
俺が魔物を倒している間にも、リリアは次々と薬草を見付けていく。
俺は少し感心していた。戦い方は違う。
でもこういうところでもちゃんとパーティに貢献している。
リリアがいるだけで採取の効率がまるで違う。
薬草でいっぱいになった籠を見ながら、リリアが嬉しそうに笑った。
「本当だな。」
俺の腰には、回収した投げナイフが十本。
魔物を見つけるたびに投げ続けたおかげで、最初とは比べ物にならないくらい狙えるようになってきた。
近付く前に一撃入れられるだけで戦いはかなり楽になる。
「これはちゃんと使えそうだ。」
思わず呟く。
「ガルド先生も喜びますね!」
「まだまだだけどな。」
調子に乗るとろくなことがない。前世でもそうだった。
少し上手くいったくらいで慢心すると、大体痛い目を見る。
だからこそ、焦らず少しずつ。これからも練習あるのみだ。
◇◇◇
その後も町の周辺を歩きながら、見かけた魔物を討伐し、薬草を採取していく。
角ネズミを一匹。
ホーンラビットを二匹。
マイコニドを三匹。
気が付けば太陽は少し傾き始めていた。
「そろそろ戻るか。」
「はい!」
◇◇◇
ギルドへ戻ると、いつものように受付へ向かう。
「お疲れ様でした。」
ミーナが笑顔で迎えてくれる。
「今日は随分たくさんありますね。」
ホーンラビット。角ネズミ。マイコニド。
そしてリリアが採取した大量の薬草。
「お願いします。」
「かしこまりました。」
ミーナが手際よく仕分けを始める。
薬草を一つひとつ確認しながら、小さく頷いた。
「採取の状態もすごく綺麗ですね。」
「リリアのおかげです。」
「あっ、いえいえ!」
突然名前を出されて慌てるリリア。
「私は見つけただけです。」
「いや。」
俺は首を横に振った。
「見つけるのが一番難しいんだろ?」
採取Lv3になって少し分かる。
薬草は目の前に生えていても、知識がなければ雑草にしか見えない。
それを迷いなく見つけられるのは、リリアの力だ。
「ありがとうございます……。」
少し照れたように笑う。
その笑顔を見て、ミーナも嬉しそうだった。
しばらくして査定が終わる。
「本日の買取金額ですが──」
ミーナが紙を見ながら顔を上げる。
「銀貨52枚と、銅貨8枚になります。」
「結構いったな。」
思わず声が漏れる。ジャイアント・ビーの日よりはるかに多い。
「薬草がかなり高く売れています。」
ミーナがリリアを見る。
「品質も良かったので、通常より少し高めに査定させていただきました。」
「ありがとうございます!」
リリアはぺこりと頭を下げた。
ギルドを出る。
夕日が石畳を赤く染め始めていた。
「今日は思ったより稼げたな。」
「ですね!」
リリアも嬉しそうに革袋を揺らす。
チャリン、と硬貨の音が鳴った。
「……よし。」
俺は立ち止まる。
「リリア。」
「はい?」
「今日は飯でも食べて帰らないか?」
「えっ?」
目を丸くする。
「パーティを組んだお祝い、まだしてなかっただろ?」
「あ……。」
そういえばそうだ。あの日はそのまま依頼へ行ってしまった。
「今日はリリアのおかげで結構稼げたしご飯でもいこうか。奢るよ。」
「えぇっ!?」
リリアは両手をぶんぶん振った。
「そ、そんな悪いですよ!」
「いいって。」
「でも……。」
「パーティ祝い。」
一言そう言うと、リリアは少しだけ黙った。
それから。
ふわっと笑った。
「……ありがとうございます。」
「何が食べたい?」
「えっ!えっと……。」
少し考えてから、小さな声で言う。
「お肉……。」
思わず吹き出した。
「ははっ。やっぱり?」
「だ、だって好きなんです!」
顔を真っ赤にしながら抗議する。
「分かった。」
「今日は肉だ。」
「はい!」
夕日に照らされた石畳を並んで歩く。
依頼を受けて、一緒に森へ入り、一緒に笑って帰ってくる。
ほんの数日前までは、一人で歩いていた帰り道だ。
それが今は、隣に誰かがいる。
不思議と、それが当たり前になり始めていた。
俺たちは笑いながら、町で人気の食堂へ向かった。




