第二十九話 空を飛ぶ魔物(前編)
パーティ『フォレストブレス』を結成して三日。
毎朝、俺が泊まっている宿の前でリリアと待ち合わせをし、一緒に冒険者ギルドで依頼を受け、そのまま森へ向かう生活がすっかり日課になっていた。
「おはようございます!」
「おはよう。」
今日も宿の前で待っていたリリアと合流する。
「今日もいい天気ですね。」
「そうだな。暑くもなくちょうどいいな」
他愛もない話をしながらギルドへ向かう。
最初は少しぎこちなかった空気も、今ではすっかり慣れてしまった。
◇◇◇
ここ数日で討伐した魔物はゴブリンにオーク、それから五匹ほどのフォレストウルフの群れ。
最初は少し手間取ったものの、今では自然と役割が決まるようになっていた。
「左お願いします!」
「了解!」
飛び掛かってきたフォレストウルフの脚を剣で払う。
体勢を崩したところへ、
ゴッ!
リリアのフレイルが横から叩き込まれる。
もう一匹が俺へ飛び掛かる。
動きを読んで半歩だけ身体をずらし、そのまま首元へ剣を滑らせた。
「あと二匹!」
「はい!」
いつの間にか、言葉が少なくても動けるようになっていた。
連携にも少しずつ慣れてきたらしい。
◇◇◇
「今日は少し違う方へ行ってみますか?」
軽く狩りを終えた道中、リリアが地図を広げた。
「あっちはまだあまり行ってないですよね。」
「そうだな。」
オークもゴブリンも、この辺りではだいぶ慣れてきた。
たまには違う狩場も行ってみよう。
俺達はいつもとは違う方向へ歩き始めた。
しばらく進む。
森は相変わらず静かだった。
いや、静か過ぎる。
「……ん?」
ブ……
どこからか低い音が聞こえた。
ブブ……
「何だ?」
耳を澄ませる。
ブブブブブ……
音は少しずつ近付いてくる。
「上です!」
リリアの声に反射的に見上げた。
「でっか……。」
思わず声が漏れる。木々の隙間を飛んでいたのは体長60センチほどもありそうな巨大な蜂だった。
黄色と黒の縞模様。鋭く光る大顎。腹の先には、短剣のような太い針。
「しまった……。」
思わず呟く。
「あいつ図鑑で見てない。」
この世界へ来てから魔物図鑑には何度か目を通していた。
でも全部覚えられる訳じゃない。見た記憶がない魔物だった。
「ジャイアント・ビーです!」
隣でリリアがすぐに答えた。
「知ってるの?」
「はい!」
少し緊張した表情のまま頷く。
「討伐推奨レベルは8です!」
「俺達でも戦えるな。」
「素材は針と大顎が高く売れます!」
「へぇ。」
「急降下して刺してくるので気を付けてください!」
なるほど。蜂らしい攻撃だ。
「刺されたら?」
「毒はないので死にはしません!」
少し安心した。
「でも、ものすごく、ものすっごく痛いそうです!」
「全然安心できないな……。」
「来ます!」
ジャイアント・ビーが羽音を響かせながら急降下してきた。
思った以上の速さだ。
横へ飛び退く。
ズドッ!
針が地面へ突き刺さる。
土が弾け飛んだ。
「うわっ!」
あんなの食らったら確かに痛そうだ。
いや、痛いで済むのか?
ジャイアント・ビーはすぐに身体を起こし、再び空へ舞い上がる。
「くそっ。」
剣を構える。今度は急降下してきたところを狙って振り抜く。
しかし、
スッ。
あと少しというところで高度を上げられた。
空振り。届かない。
「そう来るか。」
地上なら避けられても追撃できる。
でも相手は空を飛ぶ。逃げられたら手が届かない。
もう一度急降下。避ける。振る。また逃げられる。
「やりにくいな……。」
これが飛ぶ魔物か。想像以上のやりにくさだ。
その時だった。
ガサッ!
茂みが大きく揺れる。
「ギギッ!」
「ギャギャ!」
「うわっ!」
今度はゴブリンが二匹飛び出してきた。
「最悪だ!」
前と上。同時には相手できない。
リリアが迷わずゴブリンの前へ飛び出す。
「ダイスケさん!ジャイアント・ビーをお願いします!こっちは私が引き受けます!」
「……分かった!」
今は信じるしかない。
俺は再び蜂へ向き直る。
ブブブブブ……
羽音が近付く。今度は真正面。
一直線だ。避けて斬る。また逃げられる。
だったら。
「久しぶりだな。」
右手を前へ突き出す。魔力を集中。
ジャイアント・ビーは一直線にこちらへ向かってくる。
まだ。
まだだ。
もっと引き付ける。
あと少し。
「今だ!」
――ファイアボール!
拳大の炎が一直線に飛ぶ。避ける暇はない。
ドゴォッ!!
炎がジャイアント・ビーを飲み込んだ。
「ギィィィィッ!!」
甲高い悲鳴。燃えながら地面へ落下する。
羽を失った巨体が二度、三度跳ねて止まった。
「よし!」
そのままリリアの方を見る。ちょうどゴブリンを一匹倒したところだった。
もう一匹が棍棒を振り上げる。
「リリア!」
「はい!」
俺は駆け出し剣を横一閃。
ゴブリンがこちらへ振り向く。
ザシュッ!
首筋へ刃が走る。ゴブリンは力なく倒れ込んだ。
「ふぅ……。」
ようやく戦闘終了だ。
「大丈夫?」
「はい!」
リリアも軽く息を整えながら笑う。
「でも……。」
二人でジャイアント・ビーを見る。
「……。」
「……。」
黒焦げだった。羽は焼け落ち、針も熱で曲がり、大顎も炭のようになっている。
「全部焦げちゃいましたね……。」
「やっちゃったな。」
苦笑いするしかない。
魔石だけは無事だったので取り出す。
「もったいなかったですね。」
「でも、あれ以外思い付かなかった。」
飛ぶ相手には剣が届かない。魔法は強い。
でも毎回使うのはそれはそれでキツい。
「何か考えないとな……。」
俺は黒焦げになったジャイアント・ビーを見つめながら、小さく呟いた。




