第二十三話 ちゃんとしたオーク肉
夕方、魔術師ギルドから戻った俺は宿の食堂で一息ついていた。
夕食にはまだ少し早い時間、テーブルの上にはエール。
そして塩を振っただけの豆のつまみ。
異世界に来る前は酒なんて付き合いで飲む程度だったが
最近はたまにこうして飲むようになっていた。
向かいにはゲラン。隣にはゴッソ。
気付けばこの二人と飯を食うのも当たり前になっている。
「そういやさ」
エールを一口飲みながら俺は口を開いた。
「ん?」
「なんだ」
二人がこちらを見る。
俺はショルダーバッグから布包みを取り出した。
テーブルの上に置く。中身はオーク肉だ。
先日のソロ討伐で納品とは別に確保しておいた分である。
「この前言ってたじゃん」
「何をだ?」
「ちゃんと血抜きしたオーク肉は旨いって」
ゲランが頷く。
「ああ」
「ちょっと食ってみたいんだよな」
そう言って布を開く。
ゲランとゴッソが肉を見る。そして真顔になった。
少し不安になる。何か失敗しただろうか。
ゲランは肉を持ち上げた。
切り口を見る。脂を見る。匂いを嗅ぐ。
ゴッソも覗き込む。
しばらく確認した後。
「完璧だな」
「完璧」
二人とも太鼓判だった。
少しだけ照れる。普通に嬉しい。
「マジで?」
「血抜きもちゃんと出来てるし内臓臭もしない」
「解体も綺麗」
評価が高い。思ったより高い。
「お前意外と向いてるな」
「会社員だったんだけどな」
「なんなんだカイシャインって」
ごもっともだった。
後ろから不意に声をかけられた。
「何やってんだい?」
宿のおばちゃんが近付いてきた。
ゲランが肉を持ち上げる。
「ダイスケがオーク狩った」
「へぇ…」
おばちゃんは肉を受け取った。
見る。押す。匂いを嗅ぐ。そして頷いた。
「いい肉だねぇ」
どうやらこちらも合格らしい。
「料理できるか?」
ゲランが聞く。
おばちゃんはニヤリと笑った。
「任せときな」
その笑顔に少しだけ嫌な予感がした。
「その肉全部くれるなら」
やっぱり来た。
「二日分宿代タダにしてやるよ」
「え?」
思わず声が出る。
おばちゃんはさらに続けた。
「今夜はオークステーキも付けてやる」
ゲランが即答した。
「よっしゃ成立だな!」
ゴッソも頷く。
「成立」
俺の意見は聞かれなかった。
◇◇◇
その日の夕食。食堂へ降りた瞬間めちゃくちゃいい匂いがした。
肉の焼ける匂い。香辛料の匂い。
そして食欲を刺激する香ばしい香り。思わず腹が鳴る。
席へ着いてしばらくして運ばれてきた皿を見て固まった。
でかい。とにかくでかい。
分厚いステーキが皿の中央に鎮座していた。
「うお……」
思わず声が漏れる。
ナイフを入れる。柔らかい。肉汁が溢れる。
一口食べる。
「うまっ!?」
思わず叫んだ。
オークって豚の魔物じゃねぇの?食感は完全に牛肉なんだけど。
噛むほど旨味が広がる。脂もくどくない。とにかく美味い。
「だろ?」
ゲランが笑う。
ゴッソも満足そうに頷いていた。
俺は無言で食べ続けた。
気付けば皿は空になっていた。
「ごちそうさま……」
自然とそんな言葉が漏れる。
満腹だ。大満足だ。そして思う。
オークを狩るのクセになりそうだ。
◇◇◇
その夜、部屋へ戻った俺は机の上にコップを置いた。
「ウォーター」
ぽちゃん。
透明な水が現れる。
何度見ても不思議だった。
コップを持ち上げる。
飲む。味はしない。THE 水って感じ。
だが井戸水とは明らかに違って雑味がない。とても飲みやすい。
「便利だな……」
しみじみ呟く。
せっかくなので実験してみる。
指先へ魔力を集める。
「リトルファイア」
小さな火が灯る。
それをコップへ落とした。
ジュッ。
音を立てて火が消える。
代わりに水が少し温かくなった。
「おお」
少し感動する。
じゃあ普通のファイアならどうなるだろう。
「ファイア!」
ボンッ!
「うわっ!?」
コップが割れた。
机の上が水浸しになった。
しばらく固まる。
「……明日謝ろう」
◇◇◇
その後、体を拭くために借りている木桶を部屋の中央へ置く。
ウォーター。
ウォーター。
ウォーター。
何度も繰り返す。
やがて桶は水でいっぱいになった。
ついでにリトルファイアも練習する。
火を出す。水に落とす。出す。落とす。出す。落とす。
桶に湯加減のちょうどいい湯が溜まる。
お湯で体を拭くなんて異世界に来て初めてだ。
これから毎晩の日課になるだろう。そう思った。
◇◇◇
翌朝、靴を履こうとしてふと思う。
「スニーカーもかなりすり減ったよなぁ」
よく見る。かなり酷い。二ヶ月近く草原や森を歩き回ったのだ。
無理もない。むしろよく持った方だ。さすが日本製。
異世界まで来て働かされている。ブラック企業もびっくりである。
「これはまずいよな…靴買わないとなぁ…」
俺は靴を見つめる。
冒険者たちが履いている頑丈そうなブーツが頭に浮かんだ。
あれはどこで売っているのだろう。
防具屋か。
革細工屋か。
少し考え、一人の顔を思い出した。
銀髪で鋭い目つきの美人。
「……武器屋か」
俺は支度を済ませる。目的地は決まった。リズの店だ。
◇◇◇
カラン。
武器屋の扉を開く。
リズはカウンターの奥で剣を磨いていた。
「いらっしゃい」
ちらりとこちらを見る。
「ナイフは研いだところだったよな。今日は何が欲しいんだい?」
「靴がもう限界みたいでブーツとかあれば欲しいんだけど、靴って売ってる?」
「売ってるよ。いろいろあるから見ていきな。」
靴も武器屋でいいらしい。
◇◇◇
店の奥へ案内される。
そこには武器ではなく防具や装備が並んでいた。
鞄。
ベルト。
マント。
そしてブーツ。
思ったより色々置いてある。
「冒険者は足が命だよ。足を怪我すると死ぬ。
怪我してちゃんと走れないと逃げられない。」
説得力があった。
なんとなく頷く。
「初心者向けならこれだね」
リズが棚から一足のブーツを持ってきた。
黒革の頑丈そうなブーツだった。
持つ。かなり重い。
「鉄芯入りだ」
「鉄芯?」
「つま先に鉄板が入ってる」
なるほど。安全靴みたいなものか。
思わず懐かしくなる。工事現場で見たことがある。
「魔物に踏まれても指が潰れにくいよ」
「怖いこと言うな」
「事実だしね」
それはそうだった。
◇◇◇
試しに履いてみる。
立つ。歩く。飛んでみる。
悪くない。でもちょっと大きいな。
「どうだい?」
「かなりいい感じだけど少しサイズ大きいかも。」
「じゃあこっちだね。履いてごらん」
立つ。歩く。飛ぶ。しっくりきた。
「ピッタリだ」
リズは満足そうに頷いた。
値段を聞く。銀貨七枚。
高い。高いが。命を守る装備と思えば安い気もする。
「ください」
即決だった。リズが笑う。
「毎度あり」
◇◇◇
店を出る。店の窓に映った自分の姿を見る。
腰には剣とナイフ。
腕にはガントレット。
肩にはバッグ。
足元には新品のブーツ。
胸にはゲランから貰った胸当てがある。
少しだけ。本当に少しだけだが。
冒険者らしくなってきた気がする。
俺は新しいブーツで地面を踏みしめる。
足元は驚くほど頼もしかった。
「よし」
次は何を狩ろうか。
そんな事を考えながら宿へ向かって歩き出した。
宿屋のおばちゃん
年齢:58
身長:165cm
髪:白髪混じりの茶色
瞳:茶色
髪型:シニヨン
体型:ぽっちゃり
特徴:豪快、料理上手




