第十八話 勉強不足と初めての剣
翌日、俺は朝から冒険者ギルドの図書館にいた。
理由は単純だ。
昨日ミーナに勉強不足を指摘されたからである。
「人型魔物図鑑があります」
「魔物素材図鑑もあります」
「解体資料集もあります」
思い出すだけで少し恥ずかしい。
俺は周辺魔物図鑑だけ読んで満足していた。
「ちゃんと読もう……」
俺は小さく呟き、人型魔物図鑑を手に取った。
思っていたより分厚い。
嫌な予感しかしない。
最初のページを開く。
【ゴブリン】
推奨レベル:5~8
換金部位:魔石
特徴:小柄で素早い
集団行動を行うことがある
「魔石だったのか……」
昨日のゴブリンを思い出す。
頑張って耳を持ち帰った。
解体までした。
だが価値があったのは胸の中の魔石だったらしい。
少しへこんだ。
ページをめくる。
【オーク】
推奨レベル:7~11
換金部位:肉、魔石、睾丸
特徴:力が強い、耐久力が高い
「睾丸……」
思わず二度見した。
解説を読む。
『精力剤や滋養強壮薬の材料として高値で取引される』
「なるほど」
さらにページをめくる。
【オーガ】
推奨レベル:10~20
換金部位:角、爪、魔石
特徴:高い筋力と耐久力を持つ
※個体差が大きいため注意
「幅広いな」
レベル10と20では別物だろう。
まだまだ先の相手だ。
次。
【スケルトン】
推奨レベル:10~20
換金部位:装備品
特徴:頭部または胸部の魔石を破壊しない限り活動を停止しない
※個体差が大きいため注意
「うわぁ……」
面倒そうだった。
骨だけならまだいい。
だが倒しても復活するらしい。
絶対に相手したくない。
さらにページをめくる。
【ウェアウルフ】
推奨レベル:15~40
換金部位:魔石、毛皮
特徴:素早い、鋭い爪を持つ、群れで行動する
※群れの規模によって危険度が大きく変動する
「レベル40か……」
まだ想像もできない世界だった。
◇◇◇
続いて解体資料集を開く。
ゴブリン。
胸部の魔石。
オーク。
胸部の魔石。
肉。
睾丸。
オーガ。
胸部の魔石。
角。
爪。
「結局ほとんど魔石なんだな」
昨日の俺に教えてやりたい。
耳じゃない。魔石だ。
しばらく資料を読み進める。
魔石の位置。素材の価値。
保存方法。解体のコツ。
初心者向けとは思えないほど情報量が多い。
「読む本が多すぎる……」
頭を抱えた。
◇◇◇
昼過ぎ、図書館を出る。
受付にはミーナがいた。
今日も変わらずショートカットの髪がよく似合っている。
「お勉強は終わりましたか?」
ミーナが微笑む。
「終わりました」
「どうでした?」
「昨日の自分を殴りたくなりました」
ミーナが吹き出した。
「そこまでですか?」
「そこまでです」
「でも良いことですよ」
ミーナは優しく言う。
「失敗したことは覚えますから」
「確かに」
俺は苦笑した。
次からはちゃんと調べる。
たぶん。
◇◇◇
ギルドを出たあと俺は少し考えた。
そういえば武器屋にも長いこと行っていない。
ナイフは毎日使っている。
解体に採取。
かなり酷使しているはずだ。
そろそろ研ぎに出した方がいいかもしれない。
「よし」
俺は武器屋へ向かった。
カラン。
扉を開く。金属の匂い。炉の熱気。
以前と変わらない空気が流れていた。
「いらっしゃい」
店の奥から声がする。
銀髪に蒼い瞳。
鋭い目付きの長身の女性。
武器屋の店主、リズだ。
リズは俺を見る。
数秒。
思い出すように目を細めた。
「……たしかダイスケだったかな」
「え?」
「ゲランの連れの」
覚えていた。
「はい」
「覚えていてくれたんですね」
「まあな」
リズは肩を竦め、それだけ言う。
俺は少し驚いた。
一度しか来ていない。
それもほんの短時間だ。
なのに名前まで覚えている。
(すごいな……)
記憶力が良いのか。
商売人として当然なのか。
「今日はどうした」
リズが腕を組む。
俺は腰のナイフを差し出した。
「ナイフを研いでほしいんです」
リズは受け取る。
刃を確認する。光にかざす。
そして小さく頷いた。
「使ってるな」
「毎日解体してますから」
「悪くない」
少しだけ口元が緩んだ気がした。
「研ぎは銀貨2枚だ」
「お願いします」
そう言いながら店内を見回す。
剣。
槍。
斧。
弓。
様々な武器が並んでいる。
そしてふと思った。
レベル5。
武器扱いのスキル。
昨日ついにゴブリンとも戦うようになった。
そろそろちゃんとした武器を持ってもいいかもしれない。
「剣も見せてもらえますか?」
リズが少し眉を上げた。
「剣か」
「はい」
「武器のスキルを覚えたので」
「なるほどな」
リズは棚へ向かう。
数本の剣を見比べる。
そして一本を持ってきた。
カトラスのような形の片手剣だった。
装飾は少ない。だが綺麗だ。
実用品として完成されている。
そんな印象を受けた。
「これだ」
渡される。
思ったよりも軽い。
だが安っぽさは感じない。
むしろ手に馴染む。
「良い剣ですね」
「当たり前だ」
リズは言う。
「私が打った」
なるほど。
職人の顔になっている。
「昔、練習で作った剣だ」
「練習で?」
「出来は悪くないんだが中途半端でな…買い手がつかなかった」
俺には十分良い剣に見えた。
「いくらですか?」
「本来なら銀貨30枚だけど銀貨20枚でいい」
「え?」
「倉庫で眠らせるより使われた方がマシだ」
即決だった。
「買います」
「そうか」
リズは頷いた。
どこか満足そうだった。
剣が銀貨20枚。
ナイフ研ぎが銀貨2枚。
合計銀貨22枚。
大きな出費だった。
だが後悔はない。
◇◇◇
その足で不帰の森へ向かう。
試し斬りだ。
新しい武器を買ったら試したくなる。
男とはそういう生き物である。
たぶん。
森へ入ってしばらく。
物音がした。
ガサッ。
振り向く。ゴブリンだ。しかも2体。
「ちょうどいいな」
剣を抜く。
金属音が響く。
少し緊張した。
棒とは違う。
今日は本物の武器だ。
ゴブリンが突っ込んでくる。
俺は剣を振った。
軽く。
本当に軽くだ。
そのつもりだった。
シュッ。
ゴブリンの腕が飛んだ。
「えっ」
俺が驚く。
ゴブリンも驚いている。
「切れすぎだろ!?」
二撃目。
首を斬る。絶命。
残ったもう一体も一瞬で倒せた。
「剣ってすごいな……」
棒との違いに驚く。
今さらながら武器の重要性を理解した。
◇◇◇
そして問題の解体。
「はぁ……」
ため息が出る。図鑑のおかげで場所は分かる。
胸を開く。魔石を取り出す。
気持ち悪い。
やっぱり気持ち悪い。
どうにも慣れない。
慣れそうにもない。
◇◇◇
結局その日はさらに4体のゴブリンを討伐した。
合計6体。解体もした。魔石も回収した。
途中から少しだけ手際は良くなった。
それでも好きにはなれない。
夕暮れ、森を歩く。
腰には新しい剣。
袋にはゴブリンの魔石。
そして少しだけ増えた経験。
「ちょっとずつ慣れていかなくちゃなぁ……」
人型の魔物の解体。
まだ抵抗はある。
だがこれから先。
避けては通れない気がした。
俺は夕焼けに染まる森を眺めながら、ゆっくりとアルトベルクへの帰路についたのだった。




