第八章 相談
帳の外から声をかけられ、一平はしていた作業を中断した。
「キンタか…。どうした?早いな」
「早いのはそっちも同じ。こんな時間からそんなことしてるんだ」
流石だ、とキンタは内心で思う。朝も早よから一平は自室で筋トレをしていたのだ。
「お邪魔は重々承知だけどさ。皆が起きてくる前に聞いてほしいんだけど」
時刻はまだ朝まだき。海上ではようやっと陽が昇り始めた頃だろう。だが一平にとっては普段と大して変わらない。昼間は執務に追われるので、唯一邪魔の入らない朝の時間帯をトレーニングに充てているのをキンタは知っていた。
「何だ、深刻そうだな」
言葉とは裏腹に、眉尻を下げ、幾分面白味を込めて一平はキンタを招じ入れる。
「まあ、座れ」
腰掛けは卓子に対して一対しかない。年長の者を差し置いて座るわけにもいかず、キンタは寝台の方に腰を下ろした。
身体を拭い部屋着を引っ掛けて、一平は腰掛けを寝台の側へと移動した。
「あのさ…」キンタは少々もじもじしながら口を開く。「一平のとこには来た?もてなしの女」
キンタの質問に一平の眉が跳ねる。
「来たのか…」
口振りから、一平の方は一人ぐっすり眠ることができたのだとわかる。こくんと頷き、少々照れてキンタは横を向く。
「……」
(なんか言ってよ。年長者なんだからさ)
話を聞いてほしいのはキンタの方だが、つい一平には甘えてしまう。
「そうか…おまえの方にか…」
キンタは身分的には一平よりも上にいる。だからおかしなことではないのだろうが、より実績があるのは義兄の方だ。というか、キンタには政治的には何の実績もない。
「なんかさ。王女が来たんだけど」
「!!」
流石にこれには一平も驚いた。
「そいつは驚きだな。余程オクタポーダ陛下はトリトニアに阿りたい節があると見える」
「どうすればよかった?」
「どうもこうも…もう過ぎたことだろうが」
「それはそうなんだけど…」
「どう応じたんだ。聞いてよければだが」
「…有り難くいただきました…」
「ほう…」
一平は目を丸くして面白がる。
「意外だな。そういうのは固辞するタイプだと思っていたが…」
自分は固辞したくせに、とキンタは鼻白らむ。
「それがさ…知り合いだったんだよ」
「知り合い?オクタリアの王女と、おまえがか?」
実は…と、キンタは本題を話し始めた。
「それで…やってしまったわけか…」
キンタの話が終わると、開口一番こう言われた。
自制心の強いこの男にこういう話をしたのは失敗だったかなと、キンタは思う。
少々身を竦め、キンタは小さな声でうん、と答えた。
「…まあ…仕方がないか。やってしまったものは。…一応あちらの面目も立つし、恋人たちは幸せだし…。早計だが許容範囲かな。この状況では」
「…だろ?…で、教えてほしいんだけどさ。一国の王女に結婚を申し込む手順なんだけど、どうしたらいい?」
「そういうことは侍従長にでも聞けよ。オレでは役不足だ」
宮中のしきたりについては一平はいまいち自信が持てない。
「それに、王女を差し出して来たのは向こうだ。何もしなくともお膳立てに奔走してくれるのではないか?」
「だって一平は経験者じゃないか!人任せにするのが嫌だから聞いてんのに。一体どうやってお姉ちゃんに申し込んだんだよ!?」
確かに一平はその道に関しては経験者だ。一介の風来坊が一国の王女に結婚を申し込んだのは、トリトニアはおろかポセイドニア全般にも広く知れ渡っている。
「…と言ってもなあ。オレは陛下に嵌められたようなものだし、知っての通りいつ満たされるかわからない条件付きだった。陛下に打診されてからパールを口説いて、その後報告に行った。それがおまえの参考になるかと言えば…ならないだろう?」
キンタはうーんとしかめ面をした。
「しかし驚いたな。流石にオクタポーダ陛下はオレの所には女を寄越さなかったが、まさかおまえのところへ送り込むとはな。それも実のご息女ときた」
「ナシアスの所には二番目の姫が行かされたらしいよ。ジーとも渡りをつけたいらしい」
「…そうか…」
一平は心中複雑である。ナシアスならば諸手を挙げて王女を歓迎したことだろう。逆に気の毒なのは第二王女の方だ。
「第一王女はユリアンだって」
「…ユリアンにもか!」
ユリアンは中将ではあるが王族でも何でもない。
「なんか、年齢で見合う相手を設定したみたいだよ。同じ中将なのにナシアスには女を付けてユリアンには付けないわけにはいかなかったんじゃない?」
思いもかけない事実を聞いて一平は頭を抱えている。
「もしかして一平も来て欲しかった?」
「バカを言え」
それがいかに常套手段とはいえ、一平に対してだけはその手は効かなかった。オクタポーダとて同じ轍は踏みたくないだろう。
「オクタリアの軍は年々弱体化している。何か事が起きた場合に自国だけで防ぎ切れる自信がないのかもしれん。具体的に他国からのよからぬ動きがあるのかもしれないな。これは余程慎重にしないと、わがトリトニアも巻き込まれる恐れがあるぞ」
「慎重って…オレたちの縁組は適切じゃないってこと?」
キンタは少し青くなった。
「心配するな。縁組自体は問題ないさ。問題があるとすれば、それに付随する条約の内容の方だ。不可侵条約ならとるに足らないが、友好条約の見直しの際に友軍の項目を迂闊に取り入れないようにせんと、無駄にトリトニア軍の勇士を失うことになりかねない。心しておけよ」
「うん」
いつになく真面目にキンタは頷いた。
「この後オクタポーダ陛下からのお召しがあるだろう。向こうからは当然昨夜はどうだったと打診があるだろうから、取り敢えずそつなく答えておけよ」
「そつなくって!?」
「具体的に来たら『大変麗しいご息女で』とか、『お陰様で有意義なひと時を過ごせました』とか言って礼を述べておくんだ」
「遠回しに来たら?」
「うーん…。せいぜいが『よくお休みになれましたか』ぐらいだろうが…」
一平はしばし考えた。
「『おかげさまでぐっすりと。よい夢を見させてもらいました』とでも言っておけ。言及されなければ敢えて触れずともよいだろう」
「わかったよ」
「あとはトリリトンに帰ってからだ。正式には陛下を通さねばならないだろうからな」
テキパキと指示を出してくれたのは有り難いが、これだけ諮れるのなら侍従長に確認する必要などないではないかとキンタはぶうたれた。
「これでもない知恵を絞っている。応対ぐらい自分で考えろと言いたいところだが、放っておくとおまえは何を言い出すかわからんからな。事はおまえひとりの問題ではない。トリトニアという国の大事に繋がることなのだから」
「……」
そうなのだ。それが問題なのだ。




