第九章 決意
「だが、この先は陛下とウート老にもご意見を窺わねばならん。オレも多分呼ばれるだろうから加勢してやるが、自分のことだ。おまえがまず肚を括って意思を通せよ」
一平の言は次第に真剣味を帯びてくる。心からキンタの不安と悩みに向き合って言葉を紡いでくれているのがわかる。
キンタもごくりと喉を鳴らすほどに気持ちが引き締まってきていた。
「他国の姫を貰うのは思う以上に大変な気苦労のいることだとオレは思う。一時の気の迷いではなく、この先の一生を共に歩んでいける相手かどうかを、オクタリアを離れている間によく考えろ。国外に意向を知らせてからではそう簡単に撤回はできないぞ」
「撤回なんかするもんか」
即座に言い切ったキンタに、一平はその涼やかな目を細めた。
「…その意気だ」
若さゆえの一途さに好感が持てる。知らず眉尻が下がり一平は相好を崩していた。
「よかったな、キンタ。正直なところ、海人にしては少々硬派なようだったからオレは少し心配していたんだ」
「一平に言われたくないよ」
「確かにな」
キンタがそう思うのも無理はない。一平にも多少の自覚はあった。
パール一筋ではあったが、この義兄こそ硬派の極みであるとキンタは思っていた。人当たりはいいものの、鈍感と言ってよいくらい、自分に熱をあげる女性たちに取り合わなかったのだ。大モテなのにも拘らず。
一平は続ける。
「…だがオレの半分は地上人だ。地上ではオレの歳では親の脛齧りが当たり前だし、親になっている者はまだ少数派なのだぞ。おまえは海人の純血種だろうが」
「なんだよ。お姉ちゃんと結婚するまで女を知らなかったくせに」
「まんざら知らぬわけでもなかったさ。だがそれよりもパールの方が魅力的だっただけだ」
「えっ!?」
姉以外に関係を持った女性がいたというのか?この一平に!?
キンタはあまりの意外さに目を瞠き、思わず声を上げていた。
「厳密に言えばそうは言えないかもしれんが…そら、オクタリアの件にしてからがそうだろう?」
「うーんむ…」
キンタは唸った。一体どう捉えればよいのやら。今になってこんなことを暴露するなんて。
本当に一平はパールを裏切るような行為をしていたのか?キンタにはとても信じられない。それとも、それはパールと出会う前の話なのだろうか。オクタリアの件は向こうの押し付けだし、妻を失ったばかりの一平はまるで相手にせず拒絶して逃げ出したという話だった。それにパールが死んだ後の出来事だ。だがさっきの口振りでは他にもあったという匂いがする。
キンタの前に現れて以来、清々しく精悍でそのくせ純情なこの男に、キンタは男惚れし続けている。一平のような男になりたいと、憧れて目標としている。
弟の目から見てもお話にならない幼稚な姉にプロポーズするなど狂気の沙汰だと思いながらも、一方では近づきになれることが嬉しく、パール一筋の一途さにも敬服していたのだ。
それなのに、今になって一平はキンタの心の支えを揺るがすようなことを言う。それとも自分が堅物なだけで、こういうことはよくある話でとるに足らないことなのだろうか。
事実自分は、それまで全くそんなつもりはなかったのに勢いに任せてユズのことをものにしてしまった。婚約もまだなのに…。他人のことをどうこう言えた立場ではない。
「それはともかく…」
一平もこれ以上この話を続ける気はなかったらしく、考え込むキンタに新たな話題を振った。
「自分の行く末をよく見つめ直すことだ。希望と現実が合致するとは限らないが、望みを持たぬ人間は屍人と同じだ。
まずは己の希望を見つけ、それに向かって精進しろ」
「精進しても…達成できなかったら?」
「それはそれ、その時のことだ。必ず達成できるというイメージを失うな。強い意志が人を己の望む所へ引き寄せてくれるはずだ。信念は人を導く。あるべきところ、望むところへ」
一平の言うことはわかる。だがキンタには高すぎる理想だ。そこまで何かを究めて考えたことは経験していないのだ。それにそんな素養が自分にあるとは思えない。一平が月なら自分はスッポンなのだから。
「一平はいいよ。それに見合うだけの力があるもん」
「バカを言うな。それだけの精進をオレはしたぞ。望みは決して自分から手放すものじゃない。…尤も…オレの一番の望みはパールと一緒になることであり、守人の件は二の次だったがな」
それが凄いのだとキンタは思う。
一平の本質は武人なんかではないとキンタは思っていた。武の頂点に立つ者にしては一平は寛容で優しすぎる。愛する者と共にあるためだけにこの男は課された課題を克服し、神にすら認められた。しかも、全く異なる世界に生まれ育ち、トリトニアへ来て僅か二年の間に全てをクリアした。
だがその代償に失ったものは大きい。守りたかった一番の宝を、彼は神に奪われた。そして絶望に打ちひしがれても己の力で戻って来た。新たに守るべきもの―わが子の元へと。
「おまえは…なりたいと思うのか?赤の剣の守人に…」
「そりゃ、なりたいよ」
おかしなことを聞く、とキンタは少し鼻白んだ。
「陛下の後釜はきついぞ、きっと」
試すように、一平は言う。
「そんなこと言われなくたってわかってるよ。でも、やらなきゃしょうがないだろ?」
「ひとつ、オレは気になっていることがあってな」
「?」
思わせぶりな言葉にキンタは頭を巡らせるが、一平が何を言いたいのか察することはできなかった。
「おまえが見栄のために赤の剣の守人を目指しているのではないかということだ」
「そんなことないよ」
僅かにドキドキしながらキンタは答えた。
「オレの思い過ごしならそれでよい。だがこれを機に今一度考え直してみてはどうだ?自分は本当に守人となりたいのか。他になりたいもの、やりたいことがあるのではないか、ということを」
「……」
トリトニアでは王位を継ぐことイコール赤の剣の守人への就任である。王には王族しかなれない。宣旨が降りると、王位継承権の順位の高い順に赤の剣の抜刀が試される。剣に触れ、抜刀することができた者が剣の主となれるのである。
キンタの父親であり現赤の剣の守人であるオスカー三世には、即位当時六番目の王位継承権しかなかった。自分より上位の五人を飛び越えて国王に就任したという、歴代の王の中でも傑出した存在なのだ。その息子が試儀に失敗するというのはあまりにもみっともないと、かつてキンタは一平に漏らしたことがある。
「オレの動機は不純だからな。人のことを四の五の言えた義理ではないが、強い気持ちがあるということはそれだけで力をもたらすような気がする。
オレだけではない。パールのあの力についても、あいつの気が大きく関係していたとオレは思っている。人にはやろうと思ってやれないことなどないのかもしれないとさえ思えてくる。ものには限度というものがあろうが…。
おまえにはオレも随分助けられた。己の真の望みを叶えて幸せになってほしいと思うのは、おまえがオレの義弟であるせいばかりではない。一人の人間、一人の男として、誰にも恥じることのない生き方をしてほしいと思っているのだ」
慈愛の籠った眼差しで、一平はキンタを見つめた。
「おまえはまだ若い。何か他にやりたいことがあるのならば、今から挑戦しても遅くはないのではないか?」
「オレ…オレは…」
キンタはなぜか言い淀んでしまった。
「おまえを惑わせるような発言になってしまったようだな。だが、大事なことだ。自分の真の望みを知ることは。愛する者、守りたい者がいるならその者の生き方にも関わってくる。一人の女を娶る気なら覚悟のほどを決めて示せ。信念のない男の元へなど嫁ぐのではなかったと思われぬようにな」
厳しい指摘だった。一平の鋭い洞察力にキンタは改めて敬服し、己を振り返ることとした。浮かれてばかりではいけない。自分の生き方がユズの将来を左右するのだ。
(待っててくれ、ユズ。…オレは…見つけ出すから。君を幸せにできる道を。君と一緒に生きてゆく術を。そして迎えに行くから。必ず、行くから…)
キンタの目の中に自分を律する男の光を認め、一平は静かに頷いた。
(トリトニアの伝説 外伝13 王子と王女 完)
成人して一年、キンタにもようやっと恋の季節がやってきました。
敬愛する一平の言葉を真摯に受け止め、自分の身の振り方に正面から向き合うことになり、より一層成長してゆくことでしょう。
次回はここから四年後のお話をお届けします。




