㉑突然のプロポーズ(※ただし、モブから)
心身ともにすっかりくたびれたマミリアは早々に眠りについた。
双子用のベッドシーツはボロボロだったので、3人でマミリアのベッドに入って寝たのだ。
少々窮屈ではあったが二人のモフモフしっぽに包まれたので、とても幸せで快適な眠りだった。
翌朝。すっきりと目覚めた彼女は簡単な朝ごはんを用意する。
三人で食卓を囲み、チーズを挟んだパンを食べながらマミリアは説明した。
「私はこの後お仕事に行ってくるわね。お昼過ぎには戻るけれど、その間はどうしたらいいか、覚えてる?」
「はいっ!」
フォスが元気よく返事をする。
「ぬのをやぶらない!」
「あと、おうちから出たらダメ、だよね?」
兄よりしっかり者のモファがフォローを入れた。マミリアはにこにこして応える。
「うんうん。正解。お留守番よろしくね!」
こうしてマミリアは、ランチタイムの仕事に出た。お皿や触られたくないものは全て片付けて棚の中にしまってあるし、双子が少々暴れて壁や床の板を傷つけても大丈夫だとザクスに聞いたので、安心して。
◆
「うっ、うっ……」
陽気な酒場のランチタイムに似つかわしくない、じめっとした雰囲気がひとつのテーブルに降りていた。
三人の男が席についているのだが、その一人が突っ伏して泣いているのである。
「どうしたんですか?」
マミリアが声をかけると、泣き伏す男の仲間とおぼしき二人が苦笑いをして答えた。
「いや〜、ただの失恋だよ、失恋!」
「なんか結婚したいくらいイイ女がいたそうなんだけど、その女が詐欺師だったみたいでね」
「コイツ、馬鹿だからその女の『結婚したいけれど病気の母親がいて』って嘘を信じて有り金全部渡したそうなんだよ」
「で、次の日には、その女は煙のようにドロンと消えちまったって」
「はあ……ちょっと待ってくださいね」
マミリアは急いで厨房に引っ込み、お茶を淹れて戻ってくると男の前に置いた。
「これ、どうぞ」
「えっマミリアちゃん、話聞いてた?」
「コイツ今、一文無しなんだって」
「大丈夫です。私からの奢りです。癒やしのお茶は悲しみには効かないかもしれないですが……」
マミリアの言葉を聞き、それまでうつむいていた男が泣き濡れた顔を上げる。その目は赤く、涙で潤んでいるが黒い瞳は輝きながら横に立つマミリアを捉えて離さない。
「マミリアちゃん……結婚して」
「? はい?」
「俺が間違ってた。あんな顔だけ……いや胸も大きかったけど……顔と胸だけの女じゃなくて、マミリアちゃんみたいな心の優しい女の子こそ本物のイイ女だ。俺と結婚してくれ!!」
「へ!?」
酒場の空気がザワッと揺れた。それはそうだろう。さっきまで大泣きしていた男が突然手のひらを返し、新たな看板娘になりつつあるマミリアに求婚したのだから。
今まで酒場で彼女をからかう者はいても、堂々と口説く者はいなかった。だからこそ本気でならまだしも、半ばやけっぱちでのプロポーズはいただけない。
もしも免疫の無いマミリアが本気にしたらどうするのだ!? と心配で、思わず椅子からから腰を浮かす人間が何人かいたほどだ。
そして皆の心配は図星である。
今までまともに口説かれたことのないマミリアは、喜びはしなかったものの、パニックになったのだ。
(どどど、どうしようっ!? なんてお断りしたら……)
そしてパニックになった彼女の頭に一番最初に浮かんだのは、フォスとモファの可愛い笑顔だった。
「ごっ、ごめんなさい! 私、子供がふたりいるので!!」
ペコリと体を二つに折って断ったマミリアを見て、求婚した男の目から再び光が失われていく。
「ああ……そうか。そうだよな……俺なんか嫌だよな」
「えぇっ、そうじゃなくてっ」
「女なんか皆同じだ……病気の母親に、子供……そんな嘘ばっかりついて……」
「違います! ほっ、本当です」
「ブハハハハ!!」
じめじめした男、困り果てるマミリア、それをハラハラと見守る他の客たちが織りなす複雑な空気を、とある男の豪快な笑い声が真っ二つに裂く。
マミリアが声のする方を見ると大笑いしているザクスがこちらに歩み寄ってくるところだった。
「ホントだよ、ホント! 俺は昨日見たもん! モフモフですっげー可愛いけど、ヤンチャでイタズラ好きで手のかかる二匹の子がいるんだよな? マミリア!」
「……はっ、ハイ!」
一拍遅れてマミリアは気がついた。危うく獣人兄妹の存在を皆にバラしてしまうところだったことに。
二重の意味でピンチだったところを、ザクスはそうと知らず救ってくれたのだ。
「二匹?」
「……モフモフ?」
ザクスの言葉の意味がわからず首を傾げる客たちの中で、ひとりポンと手を打つ男がいた。
彼は街の南側の関所を守る門番のひとりで、マミリアを妹のようにかわいがっている男だ。先ほど彼女を心配して立ち上がった一人でもある。
「ああ、マミリアちゃんは昨日、二匹の仔狐を飼い始めたんだったな」
「そうそう。しっぽがモフモフでな! 可愛いんだぜ〜。俺なんか早速引っかかれちまってさ」
ザクスはニコニコと門番に相槌を打ち、フォスにつけられた手の傷を見せびらかす。しかしその後求婚した男の方に顔を向けた時には様子が一変していた。
元々大柄でやや強面の彼が「ちょっとだけ」威圧を込めれば、並の冒険者には大迫力に感じるだろう。
「……で?『女なんか皆同じ』だって? フザケんなよ。そっちこそ女なら誰でもいいって言ってるようなもんじゃねえか」
「うっ……」
「騙されたのはちっと気の毒だが、お前が人を見る目がなかっただけだろ。そんなんで純真なマミリアを困らせるなよ」
「……すまん……」
男は素直に反省したようだ。ザクスはニカッと笑って彼の背中を叩く。
「まあ、そのうちもっとイイ女にも出会えるさ!」
「ザクスはまだその年でも出会えていないのに説得力ないだろ」
彼が長年のあいだ叶わぬ恋を薄ーく続けている事は、酒場の客たちにまあまあ気づかれているのだが、皆、知らないふりをしているのでこんな風に返される。
ザクスは「うぐっ」っとカエルのつぶれたような声を出し、それを皆で笑ったので酒場に和やかな雰囲気が戻った。




