⑳あいつが好きなのか?
掃除が終わるとマミリアは心を込めてお茶を淹れる。お茶うけはまだ買っていなかったが、ザクスが「ちょっと食ってもいいだろ」と持ってきてくれた食事を広げてくれた。
「うん! やっぱりマミリアの茶は美味いなー!」
ダイニングで二人でお茶を飲んでいる時。ザクスの感嘆した声につられたのか、再びフォスが警戒しながらも近づいてくる。
その後ろからモファも狐の姿で出てきた。
「お、お前らも食うか?」
ザクスは自分が食べていたパンをちぎり、双子の顔の近くに差し出す。フォスは警戒していたが、モファはフンフンと匂いを嗅いでからパンを食べた。
「お、可愛いなぁ。こっちは名前なんて言うんだ?」
「モファです」
「あー、こっちは首の後ろの毛がモフっとしてるからモファなんだな! で、こっちはフォサッとしてるからフォスか。マミリア、名付け上手だな〜」
見当違いなことを言いながら、彼はモファの頭を撫でる。モファは怒るどころか「くぅ」と目を細めてご機嫌になっていた。どうやらザクスは動物好きで扱いも上手いらしい。
「んじゃ、帰るわ。邪魔したな!」
お茶を飲み終わると彼はバスケットを手にしてサッと立ち上がる。
「ありがとうございますザクスさん。あの、ご飯のお代は……」
「ああ要らないよ。引っ越し祝いだと思って食べてくれ」
「で、でも片付けも手伝ってもらいましたし、怪我もさせたのにっ」
「いいって。それにこれは俺とアイツでワリカンしてるしな」
「え?」
外に出たザクスが「ほら」と門の外を指し示す。建物の陰から、派手な深紅のローブが見え隠れしていた。
「ロルフさん?」
「一緒に行こうぜって言ったんだけどな。アイツが『自分が動物たちに会ったら怖がらせるかもしれないからやめとく』って遠慮してさ。それなのに家の前まではついて来るんだからヘンなやつだよなぁ」
「……そ、そうですか……えっと、ロルフさんにもお礼を伝えてください」
「ああ。またな!」
ザクスがロルフと連れ立って帰る姿を見てから、マミリアはそっと扉を閉める。
「……」
そして扉の前で立ったまま考え込んだ。これは少々マズいことになったのでは? と。
(ロルフさんの魔力視って、家の中まで透視できるのかしら……)
なんとなくできるような気がする。そしてできるのならば、フォスやモファの姿まで見られたということになる。
ザクスと一緒に家の前まで来たのだから、人間の子供の姿から子狐に変身したところまで全て把握されているだろう。
(ロルフさんも良い人だもの。双子たちを捕まえたり利用したりはしないと思うけれど……)
と、悩むマミリアのエプロンがクイッと強めに引っ張られる。何事かと目を落とすとヒト型のフォスがエプロンをつまんだまま、上目遣いで睨んでいた。
「さっきの男が帰ったのが、そんなに寂しいのか」
「え?」
「あんたは、あいつが好きなのか?」
「あいつって……ザクスさんのこと?」
「ん」
マミリアは深く考えずに即答した。
「ええ、好きよ」
「!」
フォスはガーン! と、岩でも頭の上に落とされたかのような顔をする。しっぽも耳もぺしょ、と元気がなくなった。その様子とは対照的に、しっぽをピコピコさせながら横からモファが口を出す。
「じゃあマミー、あの人と番になるの? あの人撫でるの上手だし、私たちの家族になったら良いかも!」
「えっ!?……あっ、違うわ!」
彼女は話が食い違っていることに気がついた。
「あの、番って、結婚するってことよね?」
「「けっこん?」」
山暮らしの兄妹は人間の世界の常識をあまり知らない。結婚の言葉に揃って首をこてんと傾ける。マミリアはそれを可愛いと思いながらも、説明に心を砕いた。
「ええと、大好きで夫婦に……家族になって一緒に暮らして、子供を作る、みたいな?」
「あぁ、うん」
「うん、そうだね」
「あのね、ザクスさんは親切で良い人だから、好きか嫌いで言えば好きだけど、そういうんじゃないわ」
「違うの?」
「私の家族は、今はフォスとモファだけよ。『好き』の大きさで言えば、貴方達のほうが上だもの。それに……」
……それに、今は誰かに恋をしたり、ましてや結婚したりなんて気にはとてもなれない。今だって油断すればユーステスの笑顔を思い出してしまうのに。彼がもたらした影響は思ったより大きいのかも……口には出さなかったが、彼女はそんなことを考えた。
一方、しょんぼりしていたはずのフォスは、今はしっぽをピンと立て、目と声に力を込めて発言する。
「俺もチャを飲む!」
「え?」
「さっきのあいつと同じものを飲む!」
「え? 熱いからやめたほうがいいと思うわ」
「飲む! だって美味いんだろ?」
「えぇ……」
マミリアは困惑した。モファがキャッキャッと鈴を転がすような声で笑う。
「お兄ちゃんたら何張り合ってんのよ。あんなにデッカくて強そうな男に勝てるわけないじゃん」
「モファ、うるさい。絶対飲む!」
言い張るフォスは引き下がりそうにない。マミリアは一旦眉を下げたが、こういうワガママなら可愛いものだと思い直した。
(この子たちの母親の代わりに、できるだけ甘えさせてあげたいものね)
「じゃあお茶を淹れるわ。ちょっと早いけど夕ご飯にしましょうか?」
フォスの顔がぱっと明るくなる。
「うん!」
「マミー、私も飲んでみたーい」
「もちろんよ」
マミリアは鼻歌を歌いながらキッチンに立ち、お茶の準備を始めた。
モファは先日から彼女のことを「マミー」と呼んでくれている。ちっちゃな子に「ママ」と言われているようでちょっとくすぐったく、嬉しい。フォスの方はまだ警戒しているのか「あんた」と呼ぶ。そのうち心を開いてくれるといいなと思いながらお茶を淹れた。
「熱いから気をつけてね。こうやってフーフーするのよ」
皆でダイニングテーブルを囲み、マミリアが手本を見せる。それを見た兄妹はカップを両手に持ち、頬を膨らませて一所懸命に息をフーフーと吹きかけていた。
「そうそう、上手ね。で、ちょっとずつ飲むの……」
「アチッ」
「フォス大丈夫っ!?」
「うん、びっくりしただけ……でも飲む」
「無理しなくて良いのよ?」
「無理してないっ!」
ちょっとむくれたフォスの横で、モファは上手にカップを飲み干した。
「ぷはぁ。美味しいっ! マミー、もっとちょうだい!」
「えっ、おかわりするの?」
「「おかわり?」」
「あぁ、えっと、同じものをもう一回食べたり飲んだりしたい時に『おかわりしたい』って言うのよ」
「うんそれ! おかわりしたい〜!」
「俺も、おかわり」
「じゃ、じゃあもう一杯だけね?」
「「え〜」」
獣人の小さな兄妹は声を揃えて不満を漏らした。
「こんなに美味しいのに〜。それに、なんだか凄く元気が出る気がするのにっ!」
モファは椅子に座ったまま、内側からのエネルギーを溢れさせるようにぴょんぴょん跳ねて言う。
マミリアは、ふと思った。
(もしかして、癒しのお茶って獣人にも効くのかしら……?)
マミリアはザクスのことを良い人としか思っていません。
同様に、ザクスもマミリアに対しての下心はゼロ。彼の好みのタイプはミステリアスで気の強い美女なので、何もかもマミリアと違います。
デーツからマミリアが今日休みの理由を「ペットを飼って初日だから大変だと思う」と聞き「じゃあ差し入れでもするかー!」と考えました。
善意100%です。ザクスは、ね。




