⑲改めて覚悟する
「あ、あぁ……」
マミリアは荒れ放題の部屋の中でがっくりと膝をついた。
確かに自分の落ち度なのだ。こうなることを予想したデーツが「今日の午後は休みを取るように」と言ってくれていたのに。
だけど。だけれども。
毎日街の雑貨屋を巡りながらやっと予算内で見つけたお気に入りのかわいいカーテンは、窓際に留めていた鋲ごと外れ、下の方はかぎ裂きができている。
サンドイッチの乗っていた皿もひっくり返り、僅かだが欠けていた。
引き裂かれたぬいぐるみやクッションから綿がこぼれ出し、二匹が飛び回るたびにかき混ぜられた空気に乗ってフワフワと部屋中に拡散される。これらが全部床に落ちてからでないと、掃除を始められない。
そして何よりもマミリアがショックだったのは、壁や床のあらゆるところに、彼らの爪による傷がついていたことだ。
(どうしよう……ここは借り物のお家なのに……!)
「コン!」
「コーン!」
彼女の帰宅に気がついた二匹が、しっぽを振りながら跳んでくる。だが、マミリアが真っ青な顔で涙ぐんでいるのに気づきピタリと動きが止まった。
「コ……?」
「キュウ……?」
不思議そうな顔で彼女の様子をうかがってくる兄妹を見て、マミリアはハッとした。慌てて涙をぬぐう。
「ごめんね……」
「コン?」
彼女が落ちこんだことに気づいたらしい二人に「なんでもないのよ」と言おうとして……一旦口をつぐんだ。
この状況はなんでもないとは言えない。それに、これを無かったことにしたら狐の兄妹は今後も暴れ続けてしまうだろう。
マミリアはちょっと考えてからゆっくりと口を開く。
「……あのね、街やお家の中は山とは違うの。爪で布を破られたら困っちゃうわ」
「……?」
二人は顔を見合わせ、そしてほぼ同時にヒトの姿に変身した。足元に落ちている服をそれぞれ拾い、着ながら言う。
「ぬの、って服?」
「ほら! 服は破れてないよ!」
自分たちはちゃんとお留守番ができてる! と思っているのだろう。自信満々だ。
「うん、そうね。服は大丈夫。でもこっちが破れちゃってるわ」
彼女はベッドに歩み寄り、ボロボロになったベッドやクッションを撫でた。
「え? これ、ぬの?」
フォスが驚いたように訊いてきた。カンの良いモファはもう雲行きが怪しいと気がついたのか、顔が強張っている。マミリアはできるだけ優しく答えた。
「そう。服と良く似たもので作られてるでしょ。あそこにあるのもね」
酷い姿に変わり果てたカーテンを指さすと、フォスとモファは自分たちがいけないことをしたのだと理解したらしい。二人揃ってオレンジの耳がシュンと垂れた。
「「ごめんなさい……」」
「いいのよ。私がちゃんと説明しなかったんだもの。今日が街に来て初めての日なのに、あなたたちを置いて行ったりしたのがいけなかったわ」
二人のそばでしゃがみ、目を合わせてからぎゅっと両手で二人を抱きしめる。
「私の方こそ、ごめんね」
「「うん……?」」
二人はまだよく理解できていないまま、返事をしてマミリアの背中に手を回してくれた。
彼女は涙声になりそうなのをこらえ、胸いっぱいに空気を吸い込む。お日様のような匂いがする二人の頭を撫でながら改めて覚悟した。
秋から冬の間だけは、この子たちを自分が守るのだ。母親の代わりに。でも自分では冬の山で一緒に暮らすことはできない。だからこそちゃんと街での過ごし方を教える責任がある。
「……よし!」
深呼吸をしてから彼女は立ち上がり、にっこりと笑顔を見せた。
「じゃあ部屋を片付けましょ! その後晩ごはんの用意をしなきゃね」
「「うん!」」
三人が気を取り直した時。玄関扉のノッカーがゴンゴンと激しく鳴らされる。
「「「!」」」
兄妹は尻尾と耳をピン! と立て、素早くベッドのシーツのなかに潜り込んだ。マミリアも緊張で背筋がピンと伸びていたが、玄関に近づいてみるとドア越しに声がする。それを聞いた彼女の心がホッと緩んだ。
「お~い、マミリア!」
「ザクスさん」
ドアを細く開けると、強面の笑顔が見える。
「晩飯これからだろ? 今日は作れないんじゃないかと思って、差し入れを持ってきたぞ!」
ザクスは手に持ったバスケットを持ち上げて見せた。が、マミリアは少々躊躇い、ドアをそれ以上は開けずにいる。
「あ、えっと……」
「ん? 邪魔するぜ!」
彼女が開け渋っていたのに気づかなかったのか、ザクスはドアに手をかけ、ぐいっと大きく開けて家の中に入ってしまった。
「えっ、あっ、待ってくださいザクスさんっ!!」
慌てるマミリアのうわずった声を聞いて、彼女のピンチだと思ったのだろう。寝室から子狐が飛び出してくる。
「フォス!!」
本当のピンチにマミリアはさらに慌てた。ザクスをすぐに入れずにいた理由は、今の家の荒れようと獣人の兄妹を彼に見せたくないからだったのに。
しかしフォスはモフモフのしっぽを立て、ザクスに向かって「クルル!」と唸っている。部屋に戻れと言っても聞き入れそうにもない。
一方のザクスは、子狐の威嚇など微塵も効いていないようだ。
「あ、デーツからペットを二匹飼ったって聞いてるぞ。名前はフォス? よろしくな〜」
ザクスが差し出した手をフォスはパシッと前脚で払い除けた。その時に金色の鋭い爪が引っかかったらしい。
「あイテッ」
「きゃあ! ザクスさん、血が」
マミリアは真っ青になり、フォスはビクッとして回れ右をし寝室に駆け込んだ。
「ごめんなさい! すぐ手当てを!」
「ああ、この程度のケガなんていつものことだし舐めときゃ治るよ」
「でも……!」
「じゃあお茶を一杯淹れてくれよ。それを飲めばきっと治りも早くなるしな?」
「それはもちろん!……でも、そんなので良いんですか?」
「いいよいいよ。ほら、アイツもわざとじゃなかったんだろうし」
ザクスに促されて寝室の方を見れば、扉の隙間からフォスが頭を覗かせている。へにゃりと耳が垂れた状態で。
「な? あれは『失敗した』と思ってる顔だろ?」
「そうですけど……」
「だから気にすんなよ。ほら、チビどもに荒らされた部屋を片付けて茶にしようぜ!」
そう言うと彼は窓を開けて、綿埃の舞う空気を入れ替えた。マミリアも散らかったものを拾い、掃除をする。ザクスがモップで床を拭きながら教えてくれた。
「あぁ、床や壁の傷? 大丈夫だよ。ワックスかけてごまかしてるけど、この家はボスが使ってた頃から中は傷だらけなんだ」
「そうなんですか!?」
「最初からデーツがペットを飼ってもいいって言ってなかったか?」
「あ、確かに」
「こうなっても気にしないってことさ」
「良かった……ありがとうございます」
マミリアはホッと安心した。




