⑱子育ては大変。それが獣人がふたりもなら、尚更!
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マミリアが『虎の眼』で働き始めてから半月以上が経った、ある日のこと。
モードレの街の南門。王都への街道と繋がる関を守る門番は、いつもマミリアと挨拶を交わす男たちだった。
今日もいつものように昼過ぎにやってきて「すぐに戻ります!」と言っていた彼女。可愛らしくはあるが、まだ初心そうな彼女を「そんなに足繁く通うなんて、相手は惚れた男なんだろう」とからかうと、リンゴのように顔を真っ赤にして「違います!」と言う。
その様子がまた可愛らしいものだから、門番たちはマミリアをからかうのがやめられなくなっていた。中には彼女の職場である酒場まで行って、茶を飲む者まで現れる始末。
しかし実際のところ、彼女を可愛いとは思うが付き合いたいとか褥を共にしたいと言うよりも、妹や姪が出来たような気分が近かった。
さて、そんな彼女がいつも通り街の外に出ていったのに、帰ってきた時はいつも通りではなかったのだ。
「マミリアちゃん、おかえり……って、え!?」
秋の冷えが昼間にも忍び寄る今日このごろだが、マミリアの首にはそんな陽気にぴったりなモフモフとした立派なオレンジ色の襟巻きが巻かれていた。しかし。彼女は行きには襟巻きは巻いていなかった上、それは生きているのである。
襟巻きが生きていると気づいたのには小さく動いていたのもあるが、マミリアの足元に襟巻きとそっくりな子狐がもう一匹いて、それが襟巻きを見上げていたからだ。……まるで呆れたような目つきで。
「マミリアちゃん、その狐、どうしたんだい?」
「あ……えっと私を助けてくれた人が……」
マミリアは少し躊躇ってから口を開く。
「……この子たちを、以前飼っていて」
「コンッ!」
足元の子狐が不満気にひと鳴きした。
「そっ、それで、その人は先日旅に出てしまったので、代わりに私がこの子たちにご飯をやりに山に入っていたんです」
「あ~、最近山にちょくちょく行ってたのはそういう事だったのか」
「じゃあマミリアちゃんの惚れた男は居なくなっちまったのか。つれねぇなあ」
もう一人の門番がまた面白がってそんな事を言う。マミリアは「だから、そんなんじゃないんですったら!」と慌てて否定していたが、焦って顔が赤くなったせいか信じてもらえないようだった。その様子を、マミリアの首にぐるりと巻きついていたもう一匹の子狐が不思議そうに眺める。
「もう……それでですね、この子たちだけでは冬を越すのはとても難しいと思うので、私の家に連れて帰りたいんです」
「そういうことか。じゃあ通りな。あっ、でもその狐が誰かを噛んだり引っ掻いたりしないよう、ちゃんと躾てくれよ」
「コン! ココンッ!」
また足元の子狐が鳴く。「ひどい! 私もお兄ちゃんも、人間の方から手を出さなければそんな事しないのに!」とでも言いたいようだ。
だがマミリアは、子狐に「モファ、しぃーっ」と優しく話しかけ、抗議をやめさせてから門番の横を通り抜けた。
彼らが上司である商人ギルドに報告するための日誌に、通行人の情報を書きつけている。おそらく「酒場で働く街の住人マミリア嬢、ペット用の狐2匹を持ち込み」とか、そんな内容だろう。
マミリアはその様子を見て小さく「ごめんなさい」と口のなかでつぶやいたが、それは門番の誰にも気づかれなかった。
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彼女は急いでフォスとモファを家に連れて行った。
「さあ、入って!」
マミリアがドアを開けると、首に巻きついていたフォスが足元にストンと下りる。モファと身体を寄せ合い、二匹の子狐たちは恐る恐る家に入っていった。
ドアが閉まるとパタンという音がして、二匹はピャッと背中の毛を逆立てる。フォスは辺りをきょろきょろ見回し、モファは鼻先をヒクヒクさせていた。彼らは人間の家の中に入るのは初めてだ。いくらマミリアに心を許したとはいえ、警戒をしているのだろう。
「大丈夫よ、ここは安全だから」
彼女は二匹にそう声をかけたのだが、彼らの緊張はまだ解けないようだ。部屋の隅に体を寄せ合い固まっている。マミリアは少しだけ眉尻を下げたが、こういう状況を想定していないわけではなかった。この時の為に毎日少しずつ準備を整えてきたのだ。
「そんなに怯えないで。ほら、ふたりの部屋も用意したのよ」
寝室のひとつを開けて見せる。と、二匹の表情が変わり、ビー玉のような瞳の表面にきらりと光が乗った。
裏庭に面した大きな窓には可愛らしい色のカーテンをかけてあるが、今はそれを開けてタッセルで両端に留めている。お陰で窓からは燦々とした光が入り、部屋を明るく照らしていた。
大きめのベッドには清潔なシーツを敷き、兄妹が一緒に寝られるように色違いで対になったクッションを置いている。クローゼットには二人の服をハンガーにかけてあり、床にはボールやぬいぐるみも用意しておいた。
二匹はベッドに飛び込む。モゾモゾとシーツの中にしばらく潜り込んだあと、ピョコンとオレンジの頭がふたつ飛び出した。
「ここ、俺たちの部屋!?」
「あそんでいいの!?」
人間の姿になった二人は目をキラキラと輝かせている。
マミリアはホッとし、笑顔になった。
「もちろんよ。好きにして! あっ、でも勝手に外に出たら危ないから、家の中に居てね」
「うん!」
「それとこの服、着てくれる?」
二人は母親から「人間の姿の時には服を着るように」と教えられていたようで、素直に用意した服を着てくれた。マミリアはこれで一安心と思った。
「じゃあ私は仕事に行ってくるから。おなかが空いたらこれを食べて。良い子でお留守番をしていてね」
「うん!」
ダイニングテーブルの上にサンドイッチを置き、しっかりと戸締まりをしてマミリアは午後の仕事の為に酒場に戻った。
この時デーツは外出していたらしいのだが、暫くすると帰ってきてマミリアを見るなり素っ頓狂な声をあげる。
「マミリアちゃん、なんでいるの!? 今日の午後はお休みでも良いよって言ったじゃない!!」
「えっ、でも、働いたほうがいいので」
マミリアの仕事は歩合制である。働かなければ金を得られない。今後二人の子供を養うためにも、あまり仕事をサボるわけにはいかないと思ったのだ。
だがデーツはそれを踏まえたうえで、敢えて休めと助言していた。先日マミリアから「実は自分を救った恩人は獣人の兄妹で、二人が冬を越す間は面倒を見てあげたい」と相談されていた時から考えていたのだ。
何故ならギルドのサブマスターは獣人についても普通の人より少しだけ詳しかったのである。
「駄目! 今すぐ帰んなさい! もう手遅れかもしんないけど!!」
家に帰ったマミリアは、デーツが正しかったことを知る。確かに手遅れだった。
カーテンは引っ張られて窓から外れ、クッションとベッドとぬいぐるみは引き裂かれて中綿が飛び出している。ボールは爪か牙を立てられたのであろう。見事に空気が抜けていた。
テーブルの上のサンドイッチは跡形もないが、ひっくり返った皿とテーブル周りにパン屑や野菜のかけらが散らかっていることで何が起きたのか大体想像できる。
ぐちゃぐちゃになった床に脱ぎ捨てられた服を飛び越えたり踏みつけたりしながら、二匹の子狐が暴れ回っていた。
……正確には暴れているのではない。彼らは言いつけを守り、家の中で遊んでマミリアの帰りを待っていた良い子たちなのだ。
ただ、今まで山暮らしだった獣人兄妹が、街の家の中でお留守番をするというのがどういう意味なのかを知らなかっただけで。




