㉒ロルフの秘密
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「マミリア」
ランチタイムが終わり、昼ごはんをお弁当にしてもらって急いで帰ろうとしたマミリアを呼びとめる声がある。
彼女は振り向かなくともそれが誰のものかわかり、ビクッとした。
赤い長髪の魔術師の、いつも通り落ち着いている声だ。
「ろ、ロルフさん、ななな、なんですか? 私、早く帰らなきゃ……あっ!」
自分で言っておいてマミリアはしまった! と手を口の前に当てる。ロルフの前で双子の話はしたくなかったのに「早く帰らなきゃいけない理由でもあるのか?」と訊かれるきっかけを作ってしまったからだ。
その様子を見た彼はふっと苦笑した。
「そんなに怖がらないで。君の恩人である子供たちを傷つけたりはしないから」
「え?」
そこへ、少し離れたところからすまなそうな声が飛んでくる。
「……ごめん、マミリアちゃん」
応接室のドアの間からデーツがひょこりと顔を出している。眉頭を寄せ、声にもいつもの快活な様子がない。
「やっぱりロルフは誤魔化しきれなくて……全部事情を説明しちゃったの」
「あっ……そうですよね」
ロルフには魔力視の能力があり、嘘を見抜くことができる。幾らデーツが百戦錬磨のサブマスターと言えど、YESかNOかで答えられる質問を次々と問われれば、双子の話を隠し通すなど無理だったのだろう。
思い返してみれば。今日のランチタイムにマミリアがプロポーズされた時、デーツは姿を見せていない。今までなら必ずそういったトラブルの際には飛んできたのに。
きっと応接室でロルフの質問攻めにあっていたのだ。
(うん、仕方ないわ! それに今、ロルフさんは『子供たちを傷つけたりはしない』と言ったもの!)
マミリアはハラを決めた。元々昨日から懸念していたことだ。
今彼女の家にいるのは二人の幼い狐獣人で、山賊から助けてくれた恩人だということがロルフにバレたかも、と。
デーツに招き入れられてロルフと共に応接室に入る。神妙な面持ちの彼と向かい合わせに座ると、マミリアはまずは謝罪をするべきだと考えて口を開く。
「あの……最初にロルフさんたちと会った時、あの子たちのこと、嘘をついてごめんなさい」
「いや、俺の方こそすまない」
「?」
「もっと早くきちんと話すべきだとは思ってたんだが……踏ん切りがつかなくて。こないだも街を出たろ? 今度こそ彼女が見つかるかも、と思ってたんだ」
そう。先日ロルフとザクスは街の外に出ていて、戻ってきたのだ。今回も何の成果もなしに。
「彼女って、例の……」
「ああ。俺の恋人だった女だよ」
マミリアはふと、その物言いに引っかかる。
(恋人だった?)
今までロルフは愛しの彼女のことを過去形で言ったことがあったろうか? 思わず彼を見つめる。彼は少ししてから視線に気がついたのか、俯きがちだった顔を上げた。いつもの穏やかな笑顔なのにどうしてか、一抹の寂しさが漂っているように見える。
「昨日、家の前まで行って勝手に視てすまなかった。でもそれで確信したんだ。君が預かってるあの二人は彼女の子供だ」
「えぇっ!?」
驚きのあまり、マミリアはもう少しで膝に乗せたお弁当入りのカゴをひっくり返すところだった。
「ほ、ほ、ほんとに!?」
「間違いない。魔力視で視たから。あの魔力は彼女とすごく似てた。ほぼ同じと言っていい」
「……」
衝撃の事実を受け入れられず口をあんぐりを開けたマミリアだったが、すぐに思い出す。
そういえばロルフ達と出会ったのは、彼がフォスとモファの魔力を感知して「彼女かもしれない」と慣れない森の中を歩いてきたからだったことを。
「じゃあ、ほんとに……」
そこまで言いかけて、マミリアはまた新しい事実に気がついた。
「……あっ! じゃあ、あの子たちはロルフさんの子……」
「いや、違う!」
食い気味にというか、マミリアの言葉をそれ以上聞きたくないかのように素早くロルフが否定する。
「俺が彼女とはぐれた時期を考えると、あの子たちの月齢が若すぎる。それに」
ロルフの顔に浮かんでいた寂しさの色が一層濃くなり、辛さも混ざり合った。
「施設にいた時に何度も実験したのに、彼女と俺の間には子供ができなかった。だから俺とはぐれた後に彼女は新しい恋人を見つけて、子供を作って家族になったんだと思う」
「……」
マミリアはロルフの表情や声から痛ましいものを感じ取り、自らの胸も痛んだ。つい半月ほど前に失恋をして、けれども「恋をしていた相手が素敵な伴侶を見つけて幸せになるのなら祝福すべきだし、自分は身を引くべきだ」と考えた彼女には、大いに共感できる感情だったから。
しかし。悲しみの潮がじんわりと引いていくと、残された浜辺から新たな疑問が湧いてくる。
(今、施設とか実験とか、言ってたような……それってどういう意味なの?)
マミリアの目に明らかな疑問の色が見えたのだろう。デーツが困ったように、しかし優しく微笑んだ。
「このことは秘密にしてほしいんだけどね、ロルフにもなかなか複雑な事情があってさ……」
サブマスターがそう切り出すと、ロルフは頭の後ろに手をやった。赤髪によく映える水色と黄色の鉢巻きが緩み、ジャラリとしたアクセサリーと共に外れる。
「……あ!」
彼の頭から隠されていた赤い三角の耳が現れた。マミリアは初めてロルフを見たときに随分と大仰な髪飾りをつけていると思ったのを思い出す。獣人の証しである耳を隠していたのだ。
「俺は……俺たちは、作られた獣人なんだ」
彼の糸のような目が開いた。瞼の下には黄金が嵌め込まれたかのような、金色のキラキラと美しい瞳。見つめていると言葉を失ってしまいそうになるほどの。
「作られ……た?」
「ああ。この国ではない、あるところで俺たちは生まれた」
それは、聞くにおぞましい話だった。
獣人は人間よりも優れた身体能力を持つ者が多い。特に戦闘に限定すれば、普通の人間ふたりぶんを楽にこなせる。
その国の研究施設では、獣人を捕らえ、子供を強制的に産ませてさらに戦闘に特化する訓練を秘密裏に行っていたのだそうだ。
やがて彼らを生ける兵器として戦場に送り込み、他国を侵略する計画で。
ロルフと彼女も、二人を掛け合わせればより強い子を作れると判断されて強制的に番にされたのだった。
たがしかし、研究者たちの思惑とは違ったことが三つあった。
ひとつは、ロルフと彼女が本当に愛しあうようになったこと。
ふたつめは、それにもかかわらず、二人の間に子供ができなかったこと。
最後に。ロルフと彼女が中心となって獣人たちの反乱が起き、研究施設は半壊し、殆どの獣人が逃げ出したこと。




