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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第二章 灰青の陰陽師
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灰青の瞳

 数日が過ぎ、寺の境内にある桜の木に、可愛らしい花が咲き誇り始めた。

 淡いピンクの花たちが、時折吹く風に乗って、ハラハラと散っていく。


 季節はもう、紛れもない春で、味気なかった木々の色も、少しずつ、淡い若葉色の葉が開き始めている。


 小さな鳥たちが枝々に飛び移り、楽しげにさえずった。



 本当なら僕も、そんな春を喜んで、野山を駆け回るところだったのかも知れない。けれど今の僕には、それよりも、夢中になれるものがあった。


 僕は、相変わらず変化(へんげ)の練習をしている。飽きずに毎日毎日、何回も跳ね上がり、人に化ける。

 結構これが、面白いんだよ? だけど、それでもなかなか、真っ白な僕の体を、人の()()らしく染め上げる事が出来なかった。


 ……でもそれでも頑張ったんだよ?

 だって、薄い栗色くらいには、なれたんだから。



「うー……ん。まぁ、今はこんなものなのだろう……」

 瑠璃(るり)姫さまが口元に手を当て、唸る。


 人に化けた僕のお尻のしっぽは、どうにか消せるようになっていたけれど、依然として頭の上には、白い狐耳がかおを覗かせている。

 ……うー。難しいんだよ。だって耳の位置が頭の上じゃなくて、横にあるんだよ? そんなので音、ちゃんと聞こえるんだろうか?


「……とにかく人には、まだ見られぬようにな……」

 毎回瑠璃姫さまにそう、念を押される。


 余程人間に、僕が人間じゃないってバレるのが、危険なのだろうな……。すごく心配した表情で、瑠璃姫さまは言うんだもん。言われる僕は、毎回ドキリ……とする。

 僕は、ゴクリと唾を飲み込みながら、肝に銘じた。

「絶対に、人前には出ない。絶対に人前には出ない……」


 変化(へんげ)は、まだまだ完全じゃない。

 見られれば、すぐに妖怪の()()と分かってしまう。


 瑠璃姫さまと猫の姿のタマが、苦笑気味に僕を見定める。

 けれどそれでも、《ずいぶん変化(へんげ)が上手くなったな》と、二人はいつも、僕を褒めてくれた。


 とうぶん、人の町に行く予定なんかない。

 変化(へんげ)はあくまで、九尾になる足掛かりに過ぎないのだから、そう急ぐ必要もないんだけどね……。そう、自分に言い聞かせた。


 けれど今日は、いつもと様子が違った。





 ──「何を見られぬように、だ……?」


 不意にどこからか、声が掛けられる。

「!?」


 今までこの黒狐寺(こくこじ)では聞いた事のないその低い声に、瑠璃姫さまの喉がひぅっと鳴ったのが見えた。

 それからあっという間に、目に見えて分かるほど、その顔が真っ青になっていく。


 ビクッと、瑠璃姫さまの肩が跳ねたのが見えて、僕は少し不安になる。

 ……瑠璃姫さま。どうしたんだろう?


 僕は人形(ひとがた)をしていたけれど、瑠璃姫さまの体に隠れて、声の主から僕の姿は見えない。

 ……安全……とはいえなかったけれど、わざわざ見えない人物を覗き込むような無粋をするとも思えなかった。


 ……それに見られたとしても、前ほど妖怪じみてもいない。

 ほんのりだけど、色もついた。

 耳は……頭の上についているけれど、伏せていれば誤魔化せられるだろうし、しっぽは衣に紛れさせておけばいい。


 けれど瑠璃姫さまの様子は尋常じゃない。

 僕はそっと、出来るだけ小さな声で尋ねた。

「……瑠璃姫さま……そちらは……?」


 けれど、瑠璃姫さまの答えはない。

 真っ青になった瑠璃姫さまは、驚くほど早かった。


 パッと僕の方を見ると、僕が持っていてもらっていた瑠璃姫さまの薄衣を|僕の頭からふわりと被せる。その上自分の背の後ろに、僕を隠したのだった。

 それから瑠璃姫さまは鋭く言う。

「し……っ。黙っていろ……!」

 小声での叱責。

「……っ」

 驚いて僕は、被らされた薄衣をギュッと握りしめ、身を強ばらせる。


(誰……?)

 僕はそっと、瑠璃姫さまの横から相手を覗き見ようとする。


 そんな僕の様子に、猫の姿のタマが肩に飛び乗ってきて、素早く耳打ちする。

『狐耳をしっかり隠すのニャん。消されるぞ……!』

「え……?」


 《消される》と言う言葉に、僕は更にギュっと薄衣を握り締め、その中に隠れた。

 衣擦れの音が、サラと鳴る。

 僕はおずおずと、そこから外界を覗く。もう片目しか出していない。

 目の色……僕の目の色って、今、何色なんだろ?

「……っ、」

 バクバクと心臓がなった。


 僕って……消されちゃうの……?

 相手は、そんなに恐ろしい者なのだろうか?

 さっきの言葉の口調からは、そんな様子は受けなかった。


 不意に見てみたい衝動に駆られた。恐怖と好奇心がない混ぜになり、僕の心臓の鼓動が速くなる。

 そっと覗き見てみるけれど、瑠璃姫さまの影になっていて、相手の姿は見ることが出来ない。


 声から察するに、若い男の人だなってことは分かる。

 けれどその声の若さとは対照的に、酷く落ち着いた話方をしていた。

 どんな人なのか、とても気になりはするけれど、うまい具合に僕は隠されていて、ほっと溜め息をつく。

 それが安堵の息なのか、残念に思う溜め息なのか、僕はよく分からない。


 ホントに、誰なのだろう……?


 好奇心が、ムクムクと顔を出す。

 姿を見てみたい! という衝動に抗えなくて、しっぽがムズムズする。


『……気をつけるニャん。あいつは、陰陽師ニャん……』

 そんな僕に気づいたみたいで、タマが再び警告する。

 そんなタマのピリピリとした空気をを感じて、僕は素直に頷いた。


「……うん。分かった」

 だけど、釈然としない。

 正直、僕は何が危険で、何が安全なのか、よく分かっていない。その事は、僕自身もよく分かっている。危険だってことも。

 タマが《危ない》と言う時には、本当に危険なものばかりだった。タマは時々僕をおちょくったりしたけれど、僕を騙そうとしたことはしない。

 ここは、素直に従った方が、身のためだってことも分かってるんだけど……。


 でも、それでも……。




 ──陰陽師。




 聞きなれない言葉だった。

 そう言えば、前に瑠璃姫さまが教えてくれた。

 妖怪の敵となる存在なのだと。


 妖力を持たないハズの人間から、ごくたまに生まれてくる、《見鬼(けんき)の才を持った存在》。


  その()()たちが、ある一定の訓練を受け、妖怪や悪鬼の(たぐい)……つまり僕たちを祓う力を身につけた者。それを《陰陽師》と言う。


 不思議な力を使い、妖怪を封じる?


 恐ろしく強い力を持った瑠璃姫さまでさえ、その《陰陽師》に敗れた。敗れたからこそ、この寺に封じられているのだと言った。



「……」


 運良く瑠璃姫さまの妖力を借りることができて、僕の成長はすごく早い。それは瑠璃姫さまとタマが言っていたから、間違っていないとは思う。だけどまだ、万能じゃない。

 そんな事は、嫌というほど分かってる。


 真っ白だったこの髪色が、それなりに色をつけ始めていて、ただの人間だったら誤魔化しも効くかもしれない。でも相手が陰陽師となれば、話が変わってくる。


 瑠璃姫さまですら、歯が立たなかった陰陽師。

 僕みたいな妖怪のヒヨッコなんか、あっという間に正体を見抜かれて、祓われてしまうに違いない。


 僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 それからギュッと薄衣を握りしめる。


 僕は、まだ《人に姿を見せるな!》と言われている。確かに興味はある。だけど見ちゃダメだ。僕が相手を見れば、相手だって僕を見る。そうなったらヒヨッコ妖怪の僕なんて、一瞬であの世逝き……。

 人形ひとがたへの変化(へんげ)は、まだ完全じゃないんだから……。



 ──ゾクッ……。


 僕は、手に汗を握りながら、辺りの様子をそれとなく探った。




澄真(すみざね)……」

 瑠璃姫さまが唸る。

 声の感じからして、余程警戒している人物なのだと推測できた。


 言われて澄真(すみざね)……と言われたその相手は、薄く魅惑的に笑う。明らかに、その笑い声には余裕があった。

 瑠璃姫さまに勝てる自信がある……と言うことに他ならない。

 

「瑠璃姫……珍しいな? 君が姿を表すのは」

 澄真(すみざね)……は、思っていたよりも、ずいぶん優しい声でそう言った。

「……」

 僕の緊張が少し解ける。



「……で? 今、何を隠したのだ?」

 言いながら、瑠璃姫さまの後ろを覗こうとする。……つまりは僕だ。

「!?」

 気を緩めていた僕はハッとして、慌てて身を強ばらせた。

 瑠璃姫さまの影からはみ出ないように、瑠璃姫さまの動きに合わせて、体を移動させる。


「な、何も隠しておらぬ……! 弦月(げんげつ)のヤツが、人の子どもを拾って来たのだ。つい珍しくて、遊んでおっただけなのだっ」

 慌てながら、僕の位置をチラと見て、完璧に僕をその背に背に隠す。


「……。弦月(げんげつ)和尚が……?」

 澄真(すみざね)は一瞬顔をしかめ、何やら考えるとニヤリと笑う。

「それは珍しい、……な? 私も是非、見てみたい……」

 言いながら、澄真(すみざね)は瑠璃姫さまに近づいた。


 瑠璃姫さまはぐっと息を飲み、後ずさる。


「だ、ダメだ。……ダメだ! まだ(しつけ)がなっておらぬ。人様の前にはまだ出せぬ……っ!」

 瑠璃姫さまは、かぶりを振りながら、澄真(すみざね)を牽制する。

 その言葉に、澄真(すみざね)は、残念そうな声をあげたけれど、その声は少し愉しげだ。

 瑠璃姫さまの行動に、興味が湧いて仕方がないみたい。また一歩、足を踏み出す。


「どうして? そんなに幼い子どもなのか? 先ほどチラッと見た限りでは、元服を終えてても良さそうな背格好だったのに……」


 その言葉に瑠璃姫さまは青くなる。

「いいや、そうではない。捨て子だったのだ。だから、躾がなっておらぬ。これから礼儀を教えていくところだ……っ」

 素早くそう言ったあと、瑠璃姫さまは僕を振り返った。

 そして口早に、僕に指示を出す。


「お前はタマと共に、寺に戻れ。弦月(げんげつ)に客の到来を告げよ!」

 言葉静かに……けれど厳しく瑠璃姫さまは言って、僕を見る。

 キュッと薄衣の前を閉じた。


「!? ……っ、は、はいっ」


 瑠璃姫さまの言わんとする事が分かって、僕は慌てて返事をする。

 瑠璃姫さまのその目は険しかった。


 《告げよ》の言葉は《逃げよ》と同義語なのだと、僕は悟る。言われて、僕とタマは頷き、身を(ひるがえ)す。




 ──っ!




 けれど、遅かった。


 いつの間にか、澄真(すみざね)が先廻りしていて、駆けようとする僕を捕まえた。ヒッと僕の喉が鳴る。

 後ろでは、瑠璃姫さまの舌打ちが小さく聞こえた。

 どうしよう……見つかった! 見つかっただけじゃない。捕まえられた……!

「……っ、」

 僕は泣きたくなる。恐ろしくて、ぶるぶると体が震えた。

 ぼ、僕……これで死んじゃうの……?


 ガクガクと震える僕の耳元で、微かに息を呑む音が聞こえる。

「これは……、また驚くほど、可愛らしい稚児だな……」

 そっと僕に掛けられた薄衣を剥ごうとする。


「……、いやっ」

 僕は身を捩る。

 これ以上見られたら、本当におしまいだ……!


 一緒、薄衣の隙間から、覗き込んだ澄真(すみざね)の目と、僕の目が合う……!

「!」

 灰……青?

 僕は驚く。

 瑠璃姫さまやタマが言ったような、真っ黒な瞳じゃなかった。少し淡い青色を含んだ灰色の瞳……。

 え? てことは、この人も妖怪……?

「……」

 一瞬、そう思いかけて、僕は慌てて頭を振る。

 違う違う! タマが言ったじゃないか! 陰陽師だって。妖怪が陰陽師なんかになれるはずがない! こいつは人間だ! 騙されちゃだめだ!


 ……けれど、すごく綺麗な色……。

 鋭く射すくめるような、澄真(すみざね)の灰青色の視線が、僕の心臓を鷲掴みにし、僕は震えるように、息を吐いた。


 ドクンっと心臓が跳ねた。

 今まで感じたことのない、感覚。

 な……なに……?


 未だ感じたことのないその感情に、僕は戸惑う。

 ぎゅっと胸の(ころも)を握りしめる。


「……っ」

 言いようのないこの気持ちの揺れに、僕はどうしたらいいのか分からなくなった。


 分からなかったから、これは《恐怖》なのだと、僕は必死になって自分に言い聞かせた。





 × × × つづく× × ×


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