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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第一章 古寺に封じられた者
16/50

夕日のように真っ赤なタマ。


 ──ぽんっ!




 昨日は跳べずに、頭から落ちたけれど、今日は上手くいった。

 恐る恐る目を開ける。


「あ……」

 思わず声が漏れた。

 いつもは四本足で立っているのに、今は二本で立っている!

(し、視界が高い……)


 普段と違う視界の高さに、少し目眩を感じる。

 フラフラとよろけつつ、僕は両の足でしっかりと踏ん張った。負けるな僕! 頑張れ僕!!


 けれど二本足で立ってるってことは、初めての変化(へんげ)に成功したってこと。それを思うと、じわじわと喜びが溢れてくる。

「ぼ、僕、人になってる。……本当に、人になってる……? やった……やったぁ……!」

 ふるふると慣れない二本足を震わせながら、僕が静かに喜んだ。


『おお~!』

 タマから驚きの声が上がる。

 その声に、やっぱりちゃんと人形(ひとがた)になれたのだと実感する。

(凄い……。出来たぁ……出来たよ)

 初めての変化(へんげ)に、僕の顔がほころんだ。


「うむ……! なかなかの変化(へんげ)ではないか……っ」

 瑠璃姫さまの感嘆の声が上がる。

「着物も申し分ない……!」


 瑠璃姫さまのその言葉を聞いて、タマも喜んでくれた。

『すごい! できたニャん! 正直こんなに早く習得できるとか、思ってニャかったニャん』

 タマが誉めてくれる。


「良かった……出来た……」

 一応、人になれることが分かって僕はホッとした。だってどう考えても難しそうだったから。

 水干(すいかん)も、どうにか再現することが出来ている。

(出来なかったら、どうしようかと思った……)


 けれど成功……ではない。

すぐにダメ出しが来る。

「うーむ。しかし、言ったであろ? 髪と目は《黒く》……じゃ。全てが真っ白じゃぞ?」

 瑠璃姫さまがクククと笑う。


『むむ。けれど美しいニャ。長く白い睫毛(まつげ)の奥に光る金色の瞳。それから形の整った唇は……桃色!? (おす)のくせに、そんなに儚げで色気振り撒いて、どうしようと言うのニャん……!』

 パチコーンと猫パンチが飛んでくる。

 瑠璃姫さまは笑う。

『そうじゃな。ついでにその白い狐耳と、ふさふさのしっぽも、問題じゃな』

 クククと、とても楽しそうだ。

 僕は改めて自分を見る。

ついでに言うと、来ている水干も真っ白だ。

「……」


 これじゃ()とは言えない。すぐに妖怪だってバレてしまう。バレれば一巻の終わり。すぐに人間に祓われてしまう……。

 人にはなれたけれど、本当の意味では大失敗。僕は、はぁ……と溜め息をついた。


 けれど、《初めての変化(へんげ)にしては上出来だ》と言って、瑠璃姫さまは頭を撫でてくれた。僕はご機嫌になる。パタパタと勝手にしっぽが(うごめ)いた。


「ふむ。しかしこれは、……なかなかの美少年であるな……」

 瑠璃姫さまが唸る。

 そこにタマがムスッとして、口を挟む。


『そもそも、狐の変化(へんげ)で美形じゃニャかった話は、まず聞いたことがニャいニャん』

 タマが、ずるいと言って眉をしかめる。


 言われて、僕は困る。

そこまで考えて変化(へんげ)したわけじゃない。

「顔かたちは、そんなに考えていなかったよ……」

 素直にそう言って、しゅん……と耳を垂らした。


 瑠璃姫さまは、そんな僕の頭をぽんぽんとはたき、困ったように笑う。


「顔は、生まれながらに持ったモノだからの。変化(へんげ)では変えられぬ」

 瑠璃姫さまに言いきられ、今度はタマがしゅんとなる。


『ニャんだ……。気合いで変えられるかと思ったニャん……』

 タマの言葉に、僕と瑠璃姫さまは苦笑する。

「タマだって、十分、可愛いじゃないか……!」

 僕がそう言うと、タマは喜んだ。



「しかし、これではまだ人の前になど出られぬな……」

 指を口許にあて、ボソリと瑠璃姫さまが呟いた。

「……」

 確かにそうだ。どうにかしないと……。


「出来るだけ、黒髪黒目を目指すのだ。それと、耳としっぽも出していてはダメだぞ? 自分はキツネだと言っているようなモノだからな……」

 言いながら、自分の持っている薄衣を、僕の頭からフワリと被せてくれた。

「!」


「どうしても消せないときは、このような衣で隠すといい。たいていの人間ならば、騙せるであろう。……これはそなたにやろう。(われ)の狐火であるが、そう簡単には、消えはせぬゆえ……」

 そう言って、瑠璃姫さまが被せてくれたその薄衣は、春の花の優しい、いい匂いがした。


「……はい!」


 僕は薄衣を両手で掴み、自分の頬に寄せる。

 うわぁ。もらっちゃった。

 僕はとても嬉しくなって、フワリと微笑む。


 笑った僕の顔を見て、タマが目を丸くする。

「ん? タマ、どうかした?」

 言って首を傾げると、今度は真っ赤になって目を伏せる。


 え。……ホントどうしたの……。


 心配して顔を覗き込むと、タマはプルプル震えだし、ぷぅと頬を膨らませる。

 ……今度はいったい、なんなの……。


 するとタマは急に叫ぶ。

『タマも、……タマもキツネに生まれたかったニャん!』


 ジタバタともがきながら、言うタマの言葉に、僕はは苦笑する。

「タマは、タマでいる方が、僕はいいと思うよ! だって、こんなに可愛いんだから……!」

 そう言って、タマの頬をその薄衣と共に包み込んだ。

これは嘘じゃない。

タマの少し丸いその顔は、愛らしいと表現するには十分だ。まるで絵巻物に描かれた姫さまみたいだと、僕は思う。


『……っ!』

 タマが息を呑む。

『狐丸! お前まさか、本当に自覚してニャいのか!?』

 今度は真っ青になって叫ぶ。


 ……ホントいったい何なの……。

「ふふ。変なタマ」


 僕に触れられて、タマの頬はまた真っ赤になる。

 まるで沈む寸前の夕日のように、飴色に(とろ)けてしまいそうだった。





 × × × つづく× × ×


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