夕日のように真っ赤なタマ。
──ぽんっ!
昨日は跳べずに、頭から落ちたけれど、今日は上手くいった。
恐る恐る目を開ける。
「あ……」
思わず声が漏れた。
いつもは四本足で立っているのに、今は二本で立っている!
(し、視界が高い……)
普段と違う視界の高さに、少し目眩を感じる。
フラフラとよろけつつ、僕は両の足でしっかりと踏ん張った。負けるな僕! 頑張れ僕!!
けれど二本足で立ってるってことは、初めての変化に成功したってこと。それを思うと、じわじわと喜びが溢れてくる。
「ぼ、僕、人になってる。……本当に、人になってる……? やった……やったぁ……!」
ふるふると慣れない二本足を震わせながら、僕が静かに喜んだ。
『おお~!』
タマから驚きの声が上がる。
その声に、やっぱりちゃんと人形になれたのだと実感する。
(凄い……。出来たぁ……出来たよ)
初めての変化に、僕の顔がほころんだ。
「うむ……! なかなかの変化ではないか……っ」
瑠璃姫さまの感嘆の声が上がる。
「着物も申し分ない……!」
瑠璃姫さまのその言葉を聞いて、タマも喜んでくれた。
『すごい! できたニャん! 正直こんなに早く習得できるとか、思ってニャかったニャん』
タマが誉めてくれる。
「良かった……出来た……」
一応、人になれることが分かって僕はホッとした。だってどう考えても難しそうだったから。
水干も、どうにか再現することが出来ている。
(出来なかったら、どうしようかと思った……)
けれど成功……ではない。
すぐにダメ出しが来る。
「うーむ。しかし、言ったであろ? 髪と目は《黒く》……じゃ。全てが真っ白じゃぞ?」
瑠璃姫さまがクククと笑う。
『むむ。けれど美しいニャ。長く白い睫毛の奥に光る金色の瞳。それから形の整った唇は……桃色!? 雄のくせに、そんなに儚げで色気振り撒いて、どうしようと言うのニャん……!』
パチコーンと猫パンチが飛んでくる。
瑠璃姫さまは笑う。
『そうじゃな。ついでにその白い狐耳と、ふさふさのしっぽも、問題じゃな』
クククと、とても楽しそうだ。
僕は改めて自分を見る。
ついでに言うと、来ている水干も真っ白だ。
「……」
これじゃ人とは言えない。すぐに妖怪だってバレてしまう。バレれば一巻の終わり。すぐに人間に祓われてしまう……。
人にはなれたけれど、本当の意味では大失敗。僕は、はぁ……と溜め息をついた。
けれど、《初めての変化にしては上出来だ》と言って、瑠璃姫さまは頭を撫でてくれた。僕はご機嫌になる。パタパタと勝手にしっぽが蠢いた。
「ふむ。しかしこれは、……なかなかの美少年であるな……」
瑠璃姫さまが唸る。
そこにタマがムスッとして、口を挟む。
『そもそも、狐の変化で美形じゃニャかった話は、まず聞いたことがニャいニャん』
タマが、ずるいと言って眉をしかめる。
言われて、僕は困る。
そこまで考えて変化したわけじゃない。
「顔かたちは、そんなに考えていなかったよ……」
素直にそう言って、しゅん……と耳を垂らした。
瑠璃姫さまは、そんな僕の頭をぽんぽんとはたき、困ったように笑う。
「顔は、生まれながらに持ったモノだからの。変化では変えられぬ」
瑠璃姫さまに言いきられ、今度はタマがしゅんとなる。
『ニャんだ……。気合いで変えられるかと思ったニャん……』
タマの言葉に、僕と瑠璃姫さまは苦笑する。
「タマだって、十分、可愛いじゃないか……!」
僕がそう言うと、タマは喜んだ。
「しかし、これではまだ人の前になど出られぬな……」
指を口許にあて、ボソリと瑠璃姫さまが呟いた。
「……」
確かにそうだ。どうにかしないと……。
「出来るだけ、黒髪黒目を目指すのだ。それと、耳としっぽも出していてはダメだぞ? 自分はキツネだと言っているようなモノだからな……」
言いながら、自分の持っている薄衣を、僕の頭からフワリと被せてくれた。
「!」
「どうしても消せないときは、このような衣で隠すといい。たいていの人間ならば、騙せるであろう。……これはそなたにやろう。吾の狐火であるが、そう簡単には、消えはせぬゆえ……」
そう言って、瑠璃姫さまが被せてくれたその薄衣は、春の花の優しい、いい匂いがした。
「……はい!」
僕は薄衣を両手で掴み、自分の頬に寄せる。
うわぁ。もらっちゃった。
僕はとても嬉しくなって、フワリと微笑む。
笑った僕の顔を見て、タマが目を丸くする。
「ん? タマ、どうかした?」
言って首を傾げると、今度は真っ赤になって目を伏せる。
え。……ホントどうしたの……。
心配して顔を覗き込むと、タマはプルプル震えだし、ぷぅと頬を膨らませる。
……今度はいったい、なんなの……。
するとタマは急に叫ぶ。
『タマも、……タマもキツネに生まれたかったニャん!』
ジタバタともがきながら、言うタマの言葉に、僕はは苦笑する。
「タマは、タマでいる方が、僕はいいと思うよ! だって、こんなに可愛いんだから……!」
そう言って、タマの頬をその薄衣と共に包み込んだ。
これは嘘じゃない。
タマの少し丸いその顔は、愛らしいと表現するには十分だ。まるで絵巻物に描かれた姫さまみたいだと、僕は思う。
『……っ!』
タマが息を呑む。
『狐丸! お前まさか、本当に自覚してニャいのか!?』
今度は真っ青になって叫ぶ。
……ホントいったい何なの……。
「ふふ。変なタマ」
僕に触れられて、タマの頬はまた真っ赤になる。
まるで沈む寸前の夕日のように、飴色に蕩けてしまいそうだった。
× × × つづく× × ×




