揺れ動く心
澄真は、僕を見て目を見張り驚いた。
じーっと薄衣越しに見てくる……。
え、ちょっと困るんだけど。
僕は焦る
すぐに薄衣の前を閉じて、これ以上見られないように頑張ったけれど、距離が近い。すごく近い。
必死に隠しても、薄い衣を通して、澄真の視線が突き刺さる。
たまりかねて身を捩ると、落としてはいかん……と思うのか、澄真も僕を抱え直す。
時々、隙をついて衣を開こうとするのが油断ならない……。
あーもう! ホントどうしよう!? これって、どーやったら逃げられるの!?
「……お前は誰だ?」
「……」
囁くように澄真が声を掛けてきた。
僕はビクッと身を震わせる。
そっと衣越しに僕の髪を掬い取り、口を開く。
「色が、……ずいぶん薄い……」
「っ!」
ギクリ……とした。バレたと思った。だけど澄真は続ける。
「私は異国に行ったことがある。お前は異国の者か……?」
「……」
……異国?
聞きなれない言葉だった。
僕はは思わず首を振り、そして慌てる。
僕のバカ! なんで反応したの!?
焦る僕に気づいて、澄真はくすりと笑う。
「ふふ。そうか、じゃあ、この国の者なのだな?」
「……」
僕は黙り込む。
もう何も言わない! ……いや、言ってないけど……もう絶対、こいつには反応しない……っ!
けれど澄真は微笑む。
「……」
薄衣越しでも分かる、優しい微笑み。
僕は……目を伏せて、顔を背けた。
「……」
その様子に、澄真の顔から笑みが消えた。
少し、……怖い。
フルフルと、細かい震えが僕を襲う。
「……もっと、その顔を見せよ」
「……っ、」
言って薄衣を剥ぎにかかる。
必死に抵抗するけれど、今回のは少し、強引だ。僕は焦る。
「い、いや……っ」
少し泪声で懇願すると、澄真の手が止まった。
「……これは、どこの稚児だ?」
僕から目を逸らさずに、澄真は瑠璃姫さまに尋ねた。
瑠璃姫さまは答えず、代わりに僕を奪い返そうと手を伸ばす。僕も瑠璃姫さまの方へと体重を掛ける。
瑠璃姫さまの細い手が、僕に触れようとしたその時──。
「……っ!」
澄真は力強く僕を引き寄せる。反動で僕は澄真に抱きつく形になって、青くなる。
うわぁ、めちゃくちゃ近いんだけど。
ふわりと香の匂いが僕の鼻をくすぐった。
「……くしゅんっ、」
「……」
ぴくっと澄真が反応する。
必死になって、僕を抱き寄せる。
「寒いのか? 私の傍にもっと寄れ。ひどく軽い……ちゃんと食事は摂っているのか?」
耳元で優しく囁かれた。
「……っ、」
僕は恥ずかしさでいっぱいになる。
「は、離してください……っ」
手を突っ張るけれど、向こうの力が強い。薄衣が取れないように気遣う僕に、逃げ道などなかった。
顔が近い……っ、僕は身を捩る。
「……」
澄真は僕を抱き寄せると、その額にそっと唇を落とした。
「……え?」
柔らかなその感触に、僕の肩がふるえる。
澄真の吐息が、僕の額にかかる。
「……っ」
小さく悲鳴を上げて、僕はぎゅっと、身を強張らせる。もう、怖くて何が何だか分からなくて、僕は動けなくなる。
ふるふると震えながら、澄真にしがみつく。
澄真はそんな僕を見て、優しく笑った。
「……」
瑠璃姫さまはふっと息を吐き、軽く笑いながら口を開く。
「澄真……怖がられているではないか? いい加減、その子を離せ……!」
威嚇のように、鋭い言葉が繰り出される。
「……っ」
その言葉に澄真は、むすっとしながら、瑠璃姫さまを見た。けれど僕を離そうとはしない。
これ見よがしに僕を抱き寄せ、衣ごしに頬へ口づける。
「ふぁ……っ」
僕が、思わず悲鳴をあげる。
瑠璃姫さまは眉間にシワを寄せ、続ける。
「……弦月から、教育を頼まれたのだ。まだ人前には出せぬと言ったであろう?」
怒気を含ませ、威嚇する。
けれど澄真は、瑠璃姫さまのその言葉尻をとらえる。
「構わぬ。なんなら、私が教えてやろう。……この者は、体の色が薄い。お前たちと共にいるところを見れば、見鬼の才があるのだろう? 私ならば教育出来る」
言って、僕に微笑みかける。
「弦月和尚から、お前をもらい受けよう。私の屋敷においで……きっと、悪いようにはしないよ……?」
僕の耳元に、優しく語りかける。
甘いその言葉に、僕の体が跳ねる。
僕は驚いて、慌てて頭を振った。
いくら優しく言われても、相手は自分たちを祓う陰陽師だ。ついて行けば、殺される……!
今は人と思われているから、優しい言葉を掛けてくれるけれど、妖怪だと分かれば……!
僕の頭の中で、そんな恐ろしい考えがぐるぐると渦巻いた。
真っ青になり僕は、顔を背ける。
腕を突っ張らせ、距離を置こうとする僕に、澄真は慌てる。
「……っ」
再び抱き寄せようとするが、うまくいかない。
そりゃそうだよ、僕だって命が掛かってる。このまま大人しく抱かれてても、あの世にいくだけだ……!
ジタバタする僕を取り落としそうになり、澄真は焦った。
「……っ、こ、こら、動くなっ!」
その様子にふふんと、したり顔をする瑠璃姫さま。
それを見てムッと、不機嫌な顔をする澄真。
「ほーら見ろ。怖がっているであろ? ……お前になどやれるものかっ!」
再び取り返そうと、瑠璃姫さまは手を伸ばす。僕もその手を取ろうと必死に手を伸ばす。
そしてそれを不愉快そうに、取られてなるものかと、くるりとかわす澄真。
僕を捕まえ損ね、たまらず瑠璃姫さまが牙を剥いた。
「澄真っ! いい加減にしないと、この爪で切り裂くぞ!!」
「……っ」
その言葉に、澄真の目に冷たい殺気が籠る。
その冷気に、抱かれていた僕がゾクッと身を震わせた。
「ひ……っ」
悲鳴が喉をついて出た。
……こ、怖いっ。
めちゃくちゃ怖い。早く逃げないと。
澄真は瑠璃姫さまに夢中だ。
今なら……今らな逃げ出せるかも……!
瑠璃姫さまに、そっと目で合図を送る。
瑠璃姫さまも、それに気づき、そっと頷き返してくれた。
澄真は気づかない。
「……瑠璃姫。私がお前を祓えないとでも思っているのか?」
低く静かに、言葉を紡ぐ。
澄真の殺気が増した。
「……っ」
僕が小さく悲鳴をあげ、身を捩る。怖い。怖すぎる……。
澄真のただならぬ気配に、僕は全身総毛立つ。
助け……て……っ!
のけ反りながら、声にならない助けを呼ぶ。
後で聞いたんだけど、この澄真。かなりの力の持ち主だった。
すごく若いんだけどね、そんなのは関係ないって、瑠璃姫さまは言った。妖力が強ければ、陰陽師の世界では、年若くても上の地位に行くことができる。
瑠璃姫さまを封じ、監視役となった弦月和尚さまは、じつはこの澄真のお師匠さまで、幼い頃から澄真の事を知っていた。
和尚さまの方が師匠なんだけれど、妖力的に見れば、澄真の方がずいぶんと上なんだって。
……当然、僕なんかが叶うわけない。
けれどその殺気を物ともせず、瑠璃姫さまは対等に、澄真を鼻であしらった。
ふふん。と瑠璃姫さまは言う。
「お前など、封じられたこの身、このしっぽ一本で相手してやろうぞ……!」
にやっと不敵に笑う。
「……」
澄真は、瑠璃姫さまの威嚇を軽く受け、抱き上げていた僕をゆっくり地に下ろした。
相変わらず、冷たい殺気を振り撒いている。
「……やるのか?」
澄真の眉間に皺が寄る。
「よいぞ。相手になってやる……」
瑠璃姫さまは、もはや笑っていない。
ギリ……と音が鳴るほど二人は睨み合う。
けど、僕がこの隙を逃す訳はない。
──バッ……!
二人が向かい合ってる間に、僕は身をひるがえし、寺へと駆けた。
タマを抱き上げ、力いっぱい駆けた。
もうホント、死に物狂いで駆けた。
今度捕まったら、本当に殺られるって思ったから!
睨み合っていた二人が、その事に気づく。
「……あっ!」
背後で澄真の哀れな声が聞こえた。
それとは逆に、瑠璃姫さまのホッとした溜め息も聞こえた。瑠璃姫さま! ありがとう……!
「る……瑠璃姫っ!! 謀ったなっ」
「あーはっはっはっはー!! 騙されるお前がバカなのだ!!」
悔しがる澄真の声を背に、僕は、ホッと安堵の息を漏らし黒狐寺を目指した。
瑠璃姫ならきっと、陰陽師である澄真にも勝てるかもしれない。
ううん。負けたとしても、本体は地下にある。
しっぽ一本分負けたとしても、瑠璃姫さまは痛くも痒くもないに違いない。
「……」
けれど僕は、本当は二人に争って欲しくはない。
何故だか分からないけれど、澄真って陰陽師が、そんなに悪い人には思えなかった。
だって澄真が悪い人なら、そのお師匠さま……弦月和尚さまも、悪い人になってしまうから。
あんなに優しいお師匠さまに出会えた澄真なら、きっと優しいに違いないって思ったんだ。
『澄真如きに、瑠璃姫さまが負けるわけニャいニャん』
「……」
プンプンと怒るタマが、僕の腕の中でそう呟いた。
× × × つづく× × ×




