第十九章 顔繋ぎ
「アイリ、大丈夫?」
部屋に戻って来るなりソファーにへにゃりと崩れ落ちた私の横に座りながらハイドが声を掛けてくれる。が、私には返事をする気力も残されていなかった。
「良い人たちだっただろ?それにしてもアイリはさすがだな。陛下を前に堂々と胸を張っていた。尊敬したよ」
何をどう見たら堂々としているように見えたのか小一時間問い詰めたい衝動に駆られるも、ぐっと我慢する。ただ単に及び腰にならないよう必死で自分を律していただけなのに。
「……それはどうも……」
「よっぽど疲れたんだね。ま、無理もないか。アイリの世界にはドレスを日常的に着る習慣ってないんだっけ?着慣れないものを着た緊張もあるだろうね」
「なんていうか…色々疲れた…ねぇハイド、ドレス、もう脱いでも良い?」
出来ればシワを作ってしまう前に脱いでしまいたいのだけど、残念ながらハイドは首を横に振った。
「悪いんだけど、今日は1日そのままでいて」
とんでもない事を言われてしまい、呆然とハイドを見上げる。
「これから陛下の息がかかった貴族にも披露目をしなければいけないんだ。もしアイリに何かあった時の後ろ盾は必要だろうという事でね。正直俺とラデュー、それにアベルがいれば最強だと思うんだけど、それだと軍事面に限られてしまうからね。他方向でも交流は持っておいた方が安全面は格段に上がる」
ハイドの言っていることは分かる。分かるけど…
「わ、私、夜までこのドレス脱げないの…?」
「そんな悲壮な顔しないでよ。本当は今すぐ脱がせてあげたいんだけどね」
ハイドの脱がせるは着替えるという意味を超越してそうでコワイ。
「でも、アイリは立場的に悪巧みをしている貴族から己の権力を強めるコマに利用されかねない。陛下が信頼している貴族と顔合わせしておけば、いざという時アイリを守ってくれる。だから今日は耐えて」
真剣な顔で言われれば何も反論できない。確かに私はこの世界では曖昧な立場なんだろう。無駄に身分は高い設定みたいだけれど、そうなると権力争いに巻き込まれてしまうのはもはや必然。
守ってくれる人は、少ないより多い方が良いに決まっている。
「今日1日耐え切ったら、さっきの侍女にマッサージを頼もうね。ああ、アイリは特に何もしなくていいから。俺の隣でにこやかにしててくれれば後はどうとでもなる」
「う…うん、分かった…」
「よし、それじゃ行こうか。立てる?」
ハイドの優雅なエスコートを受け、私は意を決して立ち上がった。
「まぁ、貴女がアイリ様ですわね!お聞きしてました通り、非常に可愛らしいお方。ドレスも良く似合っていらっしゃるわ」
「今はハイドシーク様の専属侍女として働いていらっしゃるのだとか。わたくしの娘も花嫁修業として侍女に出しておりますの。どこかでお会いしているかもしれませんわね」
「アイリ様、こちらにいらっしゃいな!美味しいお茶とお菓子がありますわよ」
薔薇のアーチをくぐって庭園に一歩足を踏み入れた途端、私は貴族の女性達にあっという間に囲まれてしまった。
庭園に集まった女性はきらびやかなドレスや色とりどりの宝石を身に着けていて、色んな意味で眩しくて直視できない。でもそのほぼ全員が私の一挙手一投足に注目しているのだと思うと冗談じゃなく卒倒しそうになる。
「ご婦人方、アイリが怯えていますよ。そんなに興奮せずとも彼女はしばらくこちらに滞在予定ですので」
そんな私を見遣ってか、少し後ろに控えていたハイドがさりげなく助け舟を出してくれる。
「アイリにはこの国で後ろ盾が少ないですから、王女として陛下に害をなす者共に利用されるとも限りません。彼女が良からぬ人間に接触しそうになった時、救ってやって頂きたいのです」
ハイドの言葉に、その場にいる全員が深く頷いた。
「えぇ、えぇ!もちろんですとも!アイリ様は私たちの娘も同然ですわ」
「アイリ様、何かあったらすぐわたくし達に言うんですのよ!」
「分からない事があれば、いつでも尋ねていらっしゃい。出来る限りの事を致しますわ」
口々に言ってくれる言葉がとても嬉しくて、私は自然に肩の力を抜いて微笑んだ。
「皆様…私はこの国の事を何も知りません。きっとこれから多々ご迷惑をおかけするかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
深くお辞儀をすると、次々と同意の言葉が返って来た。…一刻も早く全員の名前と顔を一致させなければ失礼にあたる。
「さぁ、ここからは無礼講といきましょうか!」
一際豪奢なドレスを着た婦人が扇をぱちん、と閉じた。するとどこからともなく数人の執事がやってきてテーブルセッティングを始める。
「せっかくこれだけの人が集まってるんだもの、楽しまなくちゃ損よね?」
そしてあっという間に軽食やシャンパンが用意され、場がとても華やかになる。
「まぁ、さすがガーベラ様ですわ!」
「とても美味しそう!」
テーブルに並んだ数々の軽食を見て、途端にはしゃぎだすご婦人方。ガーベラ様と呼ばれた人は満足げに笑い、
「さぁ、好きなだけ召し上がれ!たくさんお話しましょうね」
その言葉と同時に皆いっせいにテーブルへと向かう。…こういうとこは全世界共通なのかしら。
私から軽食に興味が移った人たちをボーっと見ていると、ガーベラ様がこちらを向き、
「さぁアイリ。私たちも行きましょう。でないとめぼしい物がなくなっちゃうわ」
「あ、は、はい」
スッと腕を取られ、私は促されるままテーブルへと向かう。そこにはサンドイッチやカナッペ、スコーンやクッキー等が整然と、かつ大量に並べられていた。
「す、凄い量ですね…」
どう考えても女性十数人では食べきれないような量だ。サンドイッチに至っては4人がけテーブルぐらいあるお皿にびっしり隙間なく並んでいる。
「あら、これぐらい彼女達は平らげちゃうわよ」
「えっ!?」
このフードファイト並みの量を!?
「アイリの国では違うの?」
私は名目上『遠い異国からやってきた王女で、陛下の親友の愛娘』という設定になっている。異端者という言葉はごく一部の人間しか知らないので、異端者と同じぐらい立場が上で、なおかつこの国の情勢に疎い身分は…と考えた結果こうなったのだ。ちなみにこれは国王一家にも許可を取っている。
「私の国では…もちろん人によっても違いますが、これぐらいの人数なら3分の2ぐらいで十分ではないかと思います」
「まぁ!だからアイリはそんなに細いのね。見た感じコルセットを着けていないんでしょう?それでそんなに細いなんて羨ましいわ」
「そ、そんなに細くないですよ!」
私は自分の腰周りを見下ろす。次いでテーブル周りで歓談しているご婦人方を見る。…確かにこの国の人たちは比較的ふくよかな人が多い、かもしれない。とは言っても腰はくびれているし、肌つやは素晴らしい。私の世界よりよっぽど健康的なふくよかさだ。
「私たちは普段家にこもりきりですからね。主人が出張に出かける時に付いて行ければラッキーなのだけれど、大抵は晩餐会や舞踏会以外は家から出ることがないの。そうなると楽しみはオシャレか食べることしかなくなってくるのよね」
ガーベラ様は深いため息をついた。
「わたくしはね、アイリ。もっと女性が就ける仕事を増やしたいの。今は花嫁修業の一環として侍女になるか、地位を全て捨てて女性騎士や魔道師になるか、しかないの。侍女とはいっても厨房には入れないし、その他に出来る事も限られている。社交界にデビューしたとしても、そう毎日何かイベントがある訳じゃないわ。…この国の女性は皆、籠の中の鳥なのよ」
ガーベラ様は遠い目をする。
「…ガーベラ様は、レイランドの方ではないのですか?」
私の質問に、ガーベラ様は驚いたようにこちらを見た。どうしてそれを、という顔だ。
「料理の量を話していた時、ガーベラ様は彼女達、と仰いました。そして今もこの国の女性は、と。…だから、ガーベラ様はどこか他国から嫁いで来られたのかな、と」
もしガーベラ様がレイランド出身であっても、今の状態に疑問を持っていたのかもしれない。けれど、私には彼女がどこか他人事のように話しているようで違和感があったのだ。
「…アイリは、聡いのね。ご両親の教育が行き届いている証だわ」
どこか寂しそうに微笑んだガーベラ様は、その通りよ、と頷いた。
「私は隣国からアスクルゼ公爵に嫁いだの。それ自体は幸せだったのだけれど、レイランドは私の母国と比べて遥かに男尊女卑が蔓延っているわ。彼女達はそれが普通だと思っているのだけど、他国から来た私にはとても物足りないものだった」
主人である公爵に進言してみたものの、女性は社交場で他の貴族との顔繋ぎと夫の引き立て役でさえいればいいと言い切られてしまったそうだ。それ以降ガーベラ様は公爵に何も言わず、こうやって時々サロンを開催して鬱憤を晴らしているんだそう。
「ここでは身分の上下なく接する事が最低限のルールなの。身分に縛られたままだとせっかく得た知識が無駄になってしまうからね」
そしてにっこり笑って扇で口元を隠す。
「だから、安心なさい。ここでは貴女を貶めようとする人などいないから。もしいたとしたら、私が蹴散らしてあげますからね」
「蹴散…っ!?」
「しーっ。これは私とアイリだけの秘密ですからね。…さ、私たちもサンドイッチでも頂きましょうか」
かくしてガーベラ様以下十数人のご婦人方はあれだけあった軽食を優雅に談笑しながら綺麗サッパリ平らげ、次のサロン開催までにまた会いましょうと約束してお開きとなった。
ちょっぴり迷走中。




