第十八章 はじめまして、国王様
ゆっくり開いてくれと念じていたのに、思った以上にすんなりと開いてしまった扉。
「………ぅ」
その先に待ち構えていた予想を遥かに超えた空間に、思わず喉から変な声が漏れてしまった。
物凄く高い天井、物凄く豪華なシャンデリアはまぁ予想通り。赤い絨毯も、ずらりと槍を構えた甲冑姿の騎士達も、まぁまぁ予想の範囲内。
私の予想を遥かに超えていたのは、その見物人の多さだった。
(こっ…国王と宰相様だけなんじゃなかったの!?)
長い長い通路の先には玉座に鎮座まします国王様。その横にいる女性は恐らく王妃様。そして周囲を取り囲むようにして座っている方々は…王太子様と王女様、だろうか。それら全員がきらびやかな装飾のドレスを身に纏い、これまたキラキラした笑みを浮かべてこちらを見ている。…ダメだ。心臓、壊れそう。
「ハイドシーク・エル・リアーシュならびに異端者アイリ、ただいま参りました」
ハイドは騎士の最敬礼を取り、私はラデューに言われた通り膝を曲げ、中腰の姿勢のままお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。アイリ・ハセガワと申します。この度はご挨拶が遅れましたことをお詫び申し上げます」
よっしゃ、何とか噛まずに言えた!
「そなたがアイリ殿か。会えて嬉しいよ。堅苦しい挨拶などよいよい、楽にしなさい」
私は顔を上げて国王様を見上げる。顔の下半分は白い髭で見えないけれど、その目はとても温かくて優しい笑みを浮かべている。それでいて近寄り難いオーラを纏っているその姿はまるで太陽のようだ。
「よく来てくれたね。私はこの国の王、ラナン・アルディット・レイランド。ほっほ、話の通りとても聡い瞳の輝きをしておるね」
ラナン国王が弾んだ口調で自己紹介してくれる。と、
「ようこそ我が国へ。わたくしはマリエット。本当は主人とクイール宰相だけの謁見だったのだけれど、わたくし達も貴女とお会いしたくて来てしまいましたわ、ごめんなさいね」
おっとりとした口調でマリエット王妃が謝る。輝く黄金の髪にオリーブのような瞳がとてもゴージャスな雰囲気だけれど、その雰囲気は国王様と同じくぽかぽかと温かみがある。私は自然と肩の力が抜けている事に気付いた。
「ねぇ、異端者様!アイリ様とお呼びしてもよろしいかしら?あたくし、異端者様の住んでいた世界のお話をたくさんお聞きしたいんですの!」
待ちきれないといった様子で椅子からぴょこんと立ち上がったのは王女様。年のころは12歳ぐらいだろうか。王妃様譲りの金髪にくるくると活発に輝くすみれ色の瞳がとても可愛らしい。
「メイリア、異端者殿はまだ父上とのお話が終わってないだろう。もう少し我慢しなさい」
その横でメイリア様をたしなめているのは…
「はじめましてアイリ殿。ハイドシークから話は聞いていたが、これほどまでに美しい方だとは。私はテオドール。よろしくお見知りおきを」
銀髪蒼瞳。完璧な美形のテオドール様が私に近寄り、手の甲にキス…するかと思ったら、なんと頬にキスをされてしまった。かぁっと頬が熱くなる。…う、横にいるハイドから黒い空気が漏れてる気がする…
「あぁん、ずるいですわお兄様!あたくしもアイリ様とご挨拶するんですの!」
長いドレスの裾をものともせず器用に段差を飛び降りたメイリア様が私に飛びついてきた。
「わ、と、と…っ」
受け止めきれずに数歩よろめいた瞬間、履きなれていないヒールのせいで足をぐきっと捻ってしまう。
「きゃぁっ!?」
メイリア様を抱き締めたまま後ろ向きに倒れかけた私を、ハイドが危なげなく支えてくれる。危なかった…ハイドがいなければメイリア様に怪我させるところだった!
「ご、ごめんなさいですのアイリ様!勢いを付けすぎましたわ!」
あわあわと謝るメイリア様が可愛くて、
「大丈夫です、王女様。王女様こそ、どこかお怪我はありませんか?」
「あたくしは大丈夫ですわ!それよりもあたくしの事はどうぞメイリアと呼んでくださいませ!ねぇアイリ様、今度お茶をご一緒しましょう?あたくしの知らないお話、たくさん聞かせて下さいましな!」
全身から好奇心が溢れている。そのキラキラした瞳に思わず頬がほころぶ。
「メイリア、アイリ殿が困っておるではないか。すまないね、アイリ殿。娘はこの通り好奇心旺盛でね。もし良かったら時間がある時で構わないからそなたの国の事を色々と話してやって欲しい」
「は、はい!喜んで!」
「まぁ、ではその時はわたくしもご一緒させて頂こうかしら。貴女の国の文化やファッションがとても気になるわ」
頭から音符が出そうな勢いで王妃様も便乗する。
「ふむ、それは羨ましい話だ。私もぜひ参加したいものだね」
顎に手を置き、テオドール様まで乗ってくる。…な、なんか、予想してた国王一家とはイメージが違う…もちろん良い意味で。もっと威厳があって、私なんか見下されるんだろうと思っていたのに…
……あれ?そういえば。
「ね、ハイド…」
私は小声でハイドに話しかける。
「ん?」
「宰相様はどちらにいらっしゃるの?」
確か本来は国王様と宰相様が…という話だったはずなんだけど、姿が見えない。
「クイール宰相は」
ひそひそ話が聞こえたのだろう、テオドール様が代わりに答えてくれる。
「本日外交関係でどうしても外せない用事が出来てしまってね。なぜ今日なのかと地団駄踏んで悔しがっていたよ。父上より君に会いたがっていたから、もしかしたら魔道室に押しかけるかもしれないね」
「え、え…っ!?」
「大丈夫、宰相殿は面白い人だから。きっと緊張している暇なんてないと思うよ」
…どんな紹介なんだ、それ。良い人じゃなくて面白い人っていう評価は非常に不安だ。
「アイリ、大丈夫。本当に面白い人だから、あの人」
ハイドがフォローにならないフォローをする。…いや、余計不安になるんですけど。
「ハイドシーク、本日はわざわざご苦労だったね」
「もったいないお言葉にございます」
国王様の労いに頭を下げるハイド。
「アイリ様は今アベル大神官の下でこの世界の事を学ばれているとのこと。何か不自由はありませんか?」
王妃様が気遣ってくれる。
「いえ、皆様にとても良くして頂いています。本当に、私なんかには勿体無いと思っています」
これは本音。皆本当に優しいし、私の事をとても心配してくれている。
「…だから、早くこの世界に慣れて、皆の役に立つことでお礼をしたいなって、思います」
少し俯きながらぽつり、と呟く。このままお世話になりっ放しなのはとても申し訳ない。だから勉強も頑張りたいし、魔力の制御も完璧にこなせるようになりたい。
「アイリ様…」
最初に言葉を発したのはメイリア様。その瞳は最強レベルに輝いている。
「素晴らしいですわ!あたくし感動いたしました!あたくしに出来る事がありましたら何でも仰って下さいませ、何を置いても真っ先に駆けつけますわ!」
私の手を握り締め、ぶんぶん振りながら興奮した様子で言ってくれる。うう、嬉しいなぁ。
「もちろん僕もだよ。君に何かあったなら真っ先に馳せ参じよう。そうだ、ハイドに飽きたらこちらにおいで。君はとても聡明との事だから、たくさん話をしてみたいものだ」
…言ってる事は非常に嬉しいんだけど、どうもこの軟派な口調と行動が、ねぇ…
「テオ、その辺にしといてくれ。アイリは誰にも渡さないから」
私がどう返事をしようか困っていたら、ハイドが私とテオドール様の間に割り込み、にっこり笑って言い放つ。…けど、その目は全然笑っていない。コワイデス…
「おやおや、随分アイリ殿にご執心のようだね、ハイドシーク。あまりにも重い束縛は女性から嫌われる種になるよ?」
「お前みたいに女性と聞けば誰でも口説く人間よりマシだろ。そんなんだからいつまでも結婚相手が見つからないんだ」
「おや、私はちゃんと将来を考えていますよ?だからこうして聡い女性を探して知恵をお借りしようとしてるんじゃないですか」
……な、なんだろ、この二人。仲、悪いのかな?
どうしたらいいのか分からずに数歩後ろに下がると、いつの間にか傍に来ていたメイリア様が扇を広げて口元を隠し、こそっと耳打ちする。
「大丈夫ですわ、アイリ様。この二人、いつもこうなんですの。お兄様は今でこそあんな口調ですが、一歩お父様の傍を離れるとハイドシーク様と同じ話し方になりますから。こうやって言い合いはしますけど、騎士団内ではお互いがお互いを尊重しあっているようですし、なんだかんだ言って仲良しなんですのよ」
「そ、そうなんですか?良かった…てっきり仲が悪いのかと」
「あの二人は仲良しですけど、もう一人の聖騎士であられるラデュリス様とお兄様とはあまりうまくいってないようですわね。時々お兄様が悩んでいらっしゃる姿を見ますわ」
「えっ、どうして?」
ラデューは寡黙だけれど、そんな人の好き嫌いがあるとは思えないけど…
「ここだけの話しですわよ」
メイリア様は話を区切ってハイド達の方を見る。私とメイリア様が話しているのを見てか、今は国王夫妻を交えて雑談をしている。こちらに意識は向いてないようだ。
「昔、ラデュリス様とお兄様は恋敵でしたの」
この言葉に私は大きな声を出しそうになるが、慌てて口を押さえる。ラデューとテオドール様が、恋敵…!?
「もちろん表立って争う事はありませんでしたけれど、当時はどちらもピリピリしていらっしゃったわ。ユミル様も相当お困りになっていらしたようで、一時期かなりお痩せになりましたの」
メイリア様はふぅ、とため息をつく。
「結局ユミル様はラデュリス様と婚約なさったのですけれど…でも、お二方の婚儀が執り行われる事はありませんでしたわ」
当時を思い出したのか、メイリア様の表情が沈んだ。
「あたくしが最後にお会いしたのは、ユミル様がお亡くなりになる3日前でした。城内でお見かけしたのでお声を掛けさせて頂いたら、とてもにこやかにお話して下さいました。ユミル様は誰にでも分け隔てなく接する、誰からも愛される華やかなお方でしたの」
そこで私の顔を見上げ、にっこりと笑う。
「アイリ様はユミル様とは違う明るさをお持ちですわ。ユミル様が場をぱっと明るくするお方なら、アイリ様は太陽のようにその場を照らすお方。これから何が起ころうとも、あたくしはアイリ様が好きですわ」
「メイリア様…」
さっきまでの年相応の子供っぽい顔とは違う『王女』のそれと言動に、私は何を言うべきか戸惑う。
「さ、女の子の内緒話はこれでおしまい!」
扇をぱちん、と閉じて満面の笑みを浮かべる。その顔はさっきの無邪気さ溢れる表情だ。
「仲良くなるにはまずはお互いを良く知らなきゃですの!アイリ様とは数日以内にお茶が出来るようにしたいですわ!ね、ハイドシーク様?」
話を振られたハイドはメイリア様ににっこりと笑いかける。
「そうですね、アイリさえ良ければいつでも」
「私はいつでも大丈夫ですよ、メイリア様」
ハイドに視線を送られ、私は返事をする。
「嬉しい!では近々招待状をお送りいたしますわ!たくさんお話しましょうね?」
輝く笑顔に、私の顔もほころぶ。…太陽なのは私じゃなく、メイリア様の方だ。
「はい、喜んで!」
場の空気が和んだところで本日の謁見はお開きとなった。
国王様と王妃様はまた必ず会いましょうと約束して下さり、テオドール様は何かあればすぐに助けるからねと微笑まれ、メイリア様には意味ありげな視線と微笑みを頂いた。
そして私は来た時と同じようにハイドの腕を借り、謁見室を辞したのだった。




