第十七章 嵐の前の嵐
「…………リ」
遠くで誰かが私を呼んでる気がする…
「アイリ……」
誰だろう、聞き慣れた落ち着く声……
「アイリ…」
……まさか、ユミル様?
「アイリ」
「ん……」
うっすら目を開けると、至近距離に人の顔があった。どアップ過ぎて焦点が合わない。
「おはよう、アイリ。やっと起きた」
「!!」
私は今度こそバッチリ目が覚めた。至近距離にあったのはユミル様の顔ではなく、
「は、ハイド!?」
「驚いた顔も可愛いなぁ。抱き締めたくなるよ」
「いや、言いながら抱き締めてますから!」
私はじたばたした。そうだ、確か昨日ハイドに好きだって…!
「あ、そうだ」
私の事をむぎゅうっと抱き締めながらハイドが声のトーンを少し落として、
「アイリ、悪いんだけど今日ちょっと時間貰える?」
「私はいくらでも時間あるけど…どうしたの、急に?」
見上げると、ハイドは何だか微妙に不機嫌な顔をしていた。
「んー、国王がアイリに会いたいって言ってるらしいんだ。俺としてはあんまり会わせたくないんだけど」
「こ、国王!?」
「うん。異端者をぜひこの目で見てみたいって。…まぁ、国にとってもアイリは貴重な人間だから顔合わせはしといた方がいいんだけど」
よく考えて見れば、それはそうだ。私は貴重な異端者という存在。国王が把握しておかないと、どこで何をしているか分からなければ色々問題だろう。
「俺が毎日王太子に状況説明してるんだし必要ないと思うんだけど、どうしても宰相殿と国王が会いたいと言ってるらしい。…アイリ、すっごい面白い顔してるぞ」
ハイドは私の頬をぷにっと指で押す。うん、変な顔してる自覚ありますよ、ありますとも!だって国王とその側近である宰相様のダブルパンチですよ!?学長に会うときですら緊張する私が果たして平気でいられるのか!なんか変な事口走ったらどうしよう!
「そんな気負わなくたって大丈夫だよ。肩書きこそ国王だけど、実際会ってみりゃただのおじさんだから。宰相殿も豪華な服脱いだら普通のおじさん。それに悪いことして謁見するわけじゃないんだから、アイリはドンと構えてればいいんだよ」
「そんな事言われたって…この国で一番偉い人なんでしょ?私、自分の国で一番偉い人なんてテレビで見るぐらいで会った事なんかないし…!っていうか、どんな恰好して謁見すればいいの!?」
私は侍女服と今着ている部屋着ぐらいしか持っていない。国王にお会いするにはどう考えてもそぐわない。けれどハイドはいともあっさりと
「あぁ、もうすぐラデューが持って来てくれるはずだよ。こないだ仕立て屋に頼んでおいたドレスが届いたらしいからね。きっと着付けの侍女も数人一緒に連れてくるはず…と、言ってるそばから」
ノックの音が聞こえ、ハイドはベッドを下りて入り口扉に向かう。ここから姿は見えないが、ラデューらしき人の声と、数人の足音が聞こえた。そして
「おはようございます、アイリ様!」
「さぁ、謁見の準備を致しましょう!」
「まずは湯浴みからですね。ぴっかぴかに磨き上げて差し上げますよー!」
「まぁ、なんて綺麗なお肌なのかしら。これなら香油でマッサージするだけで宝石のように輝きますわ!」
4人の侍女達がいっせいに寝室に入ってきて、口々に色んな事を満面の笑みでまくしたてながら私をかっさらいに来た。
「え、えっ!?ちょ、ちょっと待って!いったい何が始まるの!?」
問答無用で寝室から浴室に運び込まれる途中、応接室でなにやら話し込むハイドとラデューに向かって私は叫ぶ。
「なんだハイド。ゆうべ説明してなかったのか?」
ラデューが眉間に皺を寄せてハイドを睨む。
「あー、ちょっと色々あってな。大丈夫だよアイリ、謁見用に仕立てて貰うだけだから。ああ、その侍女達は全員プロフェッショナルだから全部任せたままで構わない。きっとアイリに似合う最上の装いにしてくれるよ」
ハイドの言葉に侍女たちは俄然やる気を出したようだ。
「お任せくださいハイドシーク様!さ、参りますよアイリ様」
全身をホールドされている私にもちろん拒否権はない。半ば引きずられるようにして私は浴室へと向かった。
「………お待たせ、しました」
浴室に引っ張り込まれておよそ1時間は経っただろうか。私はおぼつかない足取りでゆっくりと応接室に向かう。
何かの書類に目を通していたハイドとラデューが同時に振り返り…同時に硬直した。若干口が開いている。
「な、何…?似合わない?」
どうしよう、やっぱり私にはこんな豪華なドレスなんて似合わないのかな!?まんまアジア顔だし、フリフリのヒラヒラは場違いなんだろうか…
ちなみに今着ているドレスは淡い紫色。ハイウェストになっていて、懸念していたコルセット等の器具は付けられず、全体的に身体にぴったり合うマーメイドデザインになっている。裾は歩きやすいように前が少し短くなるよう工夫されていて非常に有難い。至るところに小さな宝石が縫い付けられていたり銀糸で刺繍が施されていたりするものの、全く重みを感じない。
胸元は大きく開いていて多少気恥ずかしさがあるものの、アメジストのような大きな宝石が付いたチョーカーを付けているのでそれほど嫌らしさはない。…このチョーカー、いったいいくらするんだろう。輝きが眩しくて落ち着かない。
髪はいわゆる夜会巻き。何やらキラキラと輝くラメのようなものを髪全体にふんわりまぶされ、仕上げとばかりに右耳辺りにこれまた宝石がふんだんにあしらわれたヘアピンを飾り付けられた。ついでとばかりに耳には上品な細工のイヤリングを付けられた。
メイクは担当する侍女さんに「アイリ様は薄化粧で十分ですわ!むしろあまり濃いお化粧は陶器のようなお肌が痛みます!」との力説から、ふんわりパウダーを乗せられ、アイメイクを施しただけで終わった。…普段あんまり化粧しないのが功を奏した、のかしら。
ともあれ、頭に思い描いていたようなレースやフリルたっぷりの窮屈なドレスじゃなくてホッと胸を撫で下ろしたけれど…二人の反応が非常に気になる。
「……あ、あの…」
侍女たちは出来上がった私の姿を見て、うっとりとしたため息をついてくれたんだけど…やっぱ、贔屓目だったんだろうか。
「…いや、すまない。あまりに綺麗で思わず見惚れてしまっていた。素敵だよ、アイリ」
まず我に返ったのはラデュー。私を褒めてくれながら歩み寄り、手の甲に軽く口付ける。…なぜか心臓がどきっと跳ねる。
「ほ、ほんとに…?無理やり言ってない?」
「嘘など言うものか。そこらの貴族令嬢より遥かに美しい。ああ、もう少し胸を張って歩いた方が良い。せっかくのスタイルが台無しだ」
「こ、こう?…って、ハイド?」
ラデューに言われた通り、しゃんと背筋を伸ばす。するとラデューの後ろにいたハイドと目が合う。…頬、真っ赤だ。
「いや…うん、アイリ。綺麗だよ。薄い紫がよく似合ってる。やっぱりこの色に仕立てて良かった」
「ハイド?」
ふいっと目をそらしたハイドを訝しむ私に、
「気にするな。ハイドは今物凄く照れている。もうしばらくしたら元に戻るさ」
ラデューがどこか面白そうにばらした。
「ラデュー、言うなって!」
ハイドが抗議するが、ラデューは意に介さない。私の顔をじっと見て、
「本当に…綺麗だ、アイリ」
そう言った後、小さな声で
「…ハイドの傍に置くのは、妬けるな」
ぽつり、と呟いたのを私は聞き逃さなかった。…やっぱり、ラデューは私にユミル様の影を追っている。そう思うと胸が締め付けられるような錯覚を覚えた。
「あー、とにかく、着替え終わったならそろそろ行くぞ。あんまり待たせるとうるさいからな」
ハイドはそう言ってまだ照れくささの残る表情で私に手を差し出した。
「さ、行くぞアイリ。その様子だと支えが必要だろ?」
優雅な仕草で一礼したハイドはいつもの様子をようやく取り戻していた。私はその手を取り、
「うん、ちょっと一人で歩くのは難しいかも。こんな高いヒール履くの初めてだから」
にっこり笑うと、ハイドは私の頬に軽く口付ける。その目は温かくて、私は緊張を少し解く。
「では行って来い。アベル殿には俺から言っておく」
「ああ、頼むよ」
ラデューが部屋を出て行き、続いて私達も部屋から謁見室に向かう。とはいってもハイドの部屋は国王の部屋から程近いのでさしたる距離はない。けど一歩歩くたびに再び緊張が増してくる。ハイドの腕を掴む手にも力が入る。
「アイリ、そんなに緊張しなくてもいいって。アイリが異世界から来た人間だってことは国王も知っている。普通にしていれば大丈夫」
ふわりと微笑んで私の頬をさらり、と長い指で撫でる。その仕草に私はドキッとしてハイドから目を逸らす。
「可愛いなぁ、アイリは。今すぐ抱き締めたいぐらいだ」
「い、今はさすがにちょっと…」
「じゃ、謁見が終わって部屋に戻ってからならいいって事か。楽しみにしておくよ」
う、なんか上手くまとめられてしまった。
そうこうしているうちに謁見室に辿り着いた。室、とはいっても頑丈な門がそびえ立ち、周囲には顔まですっぽり鎧を着込んだ厳しい騎士達が幾人も控えている。まるでお城の中に城壁があるような物々しい造りになっている。…まぁ、国王がいるんだから当たり前か。
「ハイドシーク・エル・リアーシュ及び異端者アイリ、ここに国王の謁見を願い出る」
ハイドが告げると騎士は軽く頷き、ゆっくりと重そうな門を開いていく。
……いよいよこの国のトップと対面だ。うう、緊張する…
なるべくゆっくり開いてくれと、音もなく開いていく門に向かって祈った。




